34章276話 何となく終わる大勝負も
その後、カウンセリングルームにて。俺の稽古相手となるミロナさんは、俺の切羽詰まった相談をにこやかに一蹴した。
「それでいいじゃない」
「えっ」
「今の貴方は、ぐったり疲れていて、いつもよりリラックスしています。愉快なら笑うし、難しい話にはぼーっとしちゃう。それだけ。ほら、また善し悪しをジャッジしないで?」
相変わらず正しそうに聞こえるけども。
「明後日の仕事ばかりはマズいんですよ」
「ふぅん? どうして。言える範囲で」
「え、っと……責任重大なんです。対立する相手も地元で結構揉めてた奴だから、俺自身も上手く戦いたいと思ってます。もっと気合い入れて臨みたいんです。決戦の前にこんなんじゃ……勝てる勝負も落とすよな、と――」
不安ですと言う代わりに欠伸が出た。慌てて噛み殺しながら頭を掻く。
ミロナさんは可笑しそうに苦笑した。
「戦闘業界の方々って、勝ち負けや戦いって言葉がほんっと大好きですよねえ」
「へ? 普通に喋ってるつもり……」
「私は望ましくないと思うんだけれど」
戦士泣かせの一刀両断である。
「まあ今は、理解しやすさが優先かな。乗ってあげましょっか。どんな『戦い』かは知りませんけれどぉ」
唖然とする隙もなく、彼女の柔らかい目線が少し鋭くなる。
「まずは、一つ助言を。地元で揉めていた相手だということについてです。――『過去の記憶』と戦っては良くないですよ」
息を呑み眉を顰める。
「どういう事でしょうか」
「苦い思い出の残る相手なのでしょ?」
「……はい」
「貴方が今警戒しているのは、現実の相手ではありません。過去の記憶に対する自分の不安に苦しんでいる。これを理解して」
つい、強めに不服を口にした。
「俺が妄想で自滅してるみたいな言い方されると、しんどいですよ。そう考えてしまうだけの根拠があるんです」
「うん、根拠のない空想とは言ってませんよ。でも考えてみて。今のルークさんは、ロハにいた頃とは違うでしょ。相手だって同じ。実際に対峙してみなければ、勝敗なんて読めないと思う。萎縮するほどのイメージトレーニングは『今の自分』の足を引っ張るわ」
「うぐ……確かに……」
「分からない事に不安を覚えるのは自然ですが、目の前の相手――敵を正しく見つめなければ、攻防だってちぐはぐになるんじゃないかしら。……そういう助言でした。私は戦わないけれど。あっはは!」
このカウンセラーは、あっけらかんと笑った後、大切で難しい話を続けた。
「気合いの話も同じよ。戦闘前の自分の状態が気になるのは当たり前だと思う。その上で訊きますが、全ての調子や条件が自分の思い通りな事って、どれくらいあるの? もっと『元気だった』『若かった』頃含めて」
少し考えて出したのは、腑抜けた答え。
「…………ない? ……かもです」
「あはは! やっぱり? そりゃ、毎日絶好調な人はいるかも知れないけれど、それでも天気や環境、仲間や敵の調子までは思い通りにならないでしょう。そういうものじゃない?」
「そう、ですね……」
「理想はどうあれ、その淡々とした脱力が今の貴方。そのコンディションに合わせた戦い方があるんじゃないかしら」
環境、調子という言葉が続いたからか。得意な水属性環境下だった湖沼群の仕事、半ギレのケインの指摘が思い返された。
『絶好調を前提にしてない?』
『調子良い時の自分に寄せる必要ないよ』
「……なるほど。確かに、理想の状態へ自分を引き上げなきゃと思ってたかも知れません」
納得はしつつも、反論だって残ってる。
「でもですよ。無理にでも気合い入れる事で、これまで結果を出してきたんです。武技大会も、仕事も、全部です」
「そう。貴方ね、凄く強いのよ」
「…………は……?」
「自分を縛るやり方で、地元じゃほぼ敵なし、国の十六強に入った事もあるのでしょう? ちょっと強すぎたみたい。そのせいで『自分』は締め上げれば思い通りになると勘違いし、そうしなければ勝てないと深ぁく誤解してるわ」
こんなに嬉しくない強者呼びも珍しいな。
勘違い? 誤解? 俺の積み上げた成功体験のハズなのに? 口元に手をやり必死で頭を回す俺に、ミロナさんが視点をずらして続けた。
「貴方は、家庭でも仕事でも、常に命懸けでした。先日のご家族の来訪で、自分が気を張って生きてきた事、再認識したのでしょ。ずっと戦っている状態だったと言っていいわよね?」
「…………はい」
「家庭はずっと窮屈で、感情の振れ幅の大きさも元々持っていた。それらを抑えた分、戦闘での強さが尖ったのかも知れないですね。――でも、今の貴方なら。ありのままの自分でこそ活きる強さや勝ち筋だって、知ってると思うの」
はっとして、泳いでいた目線を止めた。そうか。これまでの俺には戻れない。逆に、今の俺だから活かせる強さだってある。それを、実感し始めたばかりじゃないか。
俺がゆっくりと頷いたのを確認して、ミロナさんはふっくらとした顔を綻ばせた。
「淡々と落ち着いたまんま挑んで、なんとなーく終わっちゃう事だって、あるんです。普通なんです。それが自分にとって大勝負でも、ね」
「そうなんですね。……うん……少なくとも、自分の状態を否定してばかりじゃ身動き取れなくなるってことは、分かってきたところですから……理解できると思います」
「うふふ、そうそう! だとすれば、今すべき『戦闘準備』は、自分の内側を軽くして、地に足付ける事じゃないかなぁ」
「はい……! 俺もそう思います」
強く頷いたが、拳にも余計な力が入った。
ミロナさんはそれを優しさで真似て、胸元で『頑張れ』と言うように拳を握った。
「きっと動揺します。怯えるし、憤ったりもします。それを抑えつけずに受け止めて、適切な戦い方を選んでね。行って帰ってくる、それだけの事です。――ご武運を」




