4章18話 仲間じゃねえ
石畳に両足を固められた赤毛の中肉中背の少年が、はっと顔を上げる。
頭領は鼻で笑った。
「返すも何も。俺達は、仲間じゃない奴のお陰で迷惑被ったって事か。――おいランツォ。子守りはここまでだ、お家へ帰れ」
ランツォ君の表情が動揺に染まる。
「いや、俺も――」
「帰ってこいって言われる場所があるくせに逃げ出して来るような、甘ったれはいらねえ」
「そんな言い方……俺だって、帰っても居場所なんか、ねえのに」
カルミアさんが口を開く。槍先も目線もブレないが、言葉はランツォ君に向けられていた。
「君は帰りたくないのかい?」
少しの間の後、彼は俯いて吐き捨てた。
「帰りたくないですよ。何を考えても何をしても否定され続ける生活に、戻りたい奴はいないでしょ」
そんな彼に、頭領が静かに問う。
「否定され続けて憎いなら、全員殺せばいいだろ。その後で戻って来いよ。出来るよな?」
黙り込んだ少年。頭領の若者は、傷だらけの身体を震わせていた。
「ほら、そうだろ。お前は戦いもせず逃げて来ただけだ。ふざけんなよ。――お前は俺達の仲間なんかじゃねえ。消え失せろ。二度と、そのツラ見せんな」
ランツォ君は項垂れ、最早言葉を続ける事はなかった。
事を終わらせにかかる。ログマとウィルルの霊術力と集中力が心配だった。
「ケイン。アルコールの場所は?」
「広場周辺に散らばったまま。近くには無し。燃える匂いもなし」
「よし。――お前達の計画も、ここで中止してくれるよな」
頭領は大袈裟にため息をついた。
「あーあ、諦めるしかねえなあ。この状況に限ってはな」
芝居がかり、含みのある言い方に警戒を強めた。
「どう言う意味だ」
「俺達の目的は社会への復讐だ。手段も過程も――なんだっていいんだよ!」
その場で強く踏み込んだ頭領の右脚から白い光の輪が広がり、ウィルルとログマの手元でパンと大きな音を立てた。
石畳と男達の視界が元に戻る。狼狽えていた男達は、次々に体勢を整えた。
「動ける奴、フードの女を殺してそのまま大通りへ散れ! どこでもいい、片っ端から撒いて火をつけろ!」
「ひえっ――」
杖に寄りかかり息を整えるウィルルが身体を強ばらせる。前衛が二人固まってヒーラーを一人にしてしまった、俺の油断だ。
「カルミアさん、ここを頼む!」
叫びながら駆け出す。
ウィルルは小さな悲鳴を漏らしながら氷のシールドに縮こまり、襲い掛かる刃物に備えている。シールドの耐久力は分からないが、ウィルルの霊術力が消耗していることだけは分かってる。
腹の底から気迫を発した。
「こっち見ろてめえらァ!」
剣を最後尾の男の肩へ容赦なく振り下ろすと、ごきんという鈍い音と共に血が飛び散った。
絶叫して倒れた仲間の姿に慄いた奴らは、ウィルルを放ってシールドの横から次々大通りへ抜けていく。
俺の追撃、ケインの射撃、ログマの火術でその場に転がったのは三人。残り五人を逃してしまった。
「カルミアさん、俺達は奴らを追う! ウィルルと協力して、頭領とその辺の怪我人を行動不能にしておいてくれ! すまない!」
「こっちはなんとかする! 行ってきてくれ!」
刃物を剥身で持った五人が駆け出してきた事に気づいた人々がざわつく。そこに血に濡れた剣を携えた俺が飛び出した事で、いよいよ騒然としてしまった。
正面の路地へ二人が消えていく。一番近くのアルコール缶がその方向にある。
「ケイン、ログマ、正面の缶へ向かった二人を追ってくれ! 俺は広場へ向かった三人を仕留める」
「え、でも――」
「構うな。行くぞ!」
心配してくれたケイン、任せてくれたログマ。二人とも良い仲間だ。
走り出す彼らを尻目に見送り、ざわめく人混みを縫って単身で駆け抜けた。




