4章17話 出撃、戦闘開始
4章 帰るところ
昨日のうちに準備は進んでいたようで、指定した時間の前に全員が揃う。
射手装備の凛としたケインが、ウィルルを見ると一瞬で一般女性に戻った。
「ルルちゃん! 何それ可愛い!」
「えへ。昨日慌てて作ったの、可愛いでしょ」
ウィルルは、ログマに言われた通り姿を隠す手段を用意したみたいだ。
柔らかいベージュに赤い刺繍のフード付きポンチョは、彼女によく似合っていた。なんで猫耳が付いているのかは分からないけど……。
ダンカムさんに、受付台から内線する。
「出撃します」
『了解です。携帯連絡機は持ったか?』
「はい。都度連絡します。よろしくお願いします」
『留守は任せろ。必ず五人で帰ってきなさい』
「はい!」
身が引き締まった。
皆を促し、会社を出る。
「行こう。なるべく気負わずにね。夜までかかるから」
陽に明るく照らされた社屋に背を向け、東へ向けて歩き出す。
マイゼン大通りに着いたのは、日が傾き始めた十六時だった。
酒場の開店準備、夜市の始まり、仕事終わり、夕飯の買い出しなどで人が増え始めている。
この足元にアルコールが流れて、火が──と思うと、震える。
賑やかな雑踏の隅で、ログマが静かに地面に両手をつき、目を閉じる。ついた手から黒い光円、次いで赤い光円が広がり、薄く消えていった。
五分ほど手をついていたログマが、鼻先の汗を手袋で拭いながら意地の悪い笑顔で立ち上がった。
「間に合ったな。奴らが固まってる。悪意と火の気が濃く重なった場所があるからそこだろう」
「流石! どこだ?」
「大通りの端、ラタメノ広場付近の裏通りだ。考えてみれば、人も金も良く集まる場所だな」
ログマは早速歩き出した。
「ケイン、ウィルル。広場周辺に絞って探知すればお前らにも分かるはずだ。情報を取れ。向かうぞ」
その背中に、俺は礼を言った。
「ありがとう、ログマ。案内を頼む。皆、念のため立ち位置は整えて」
足早に進む。やがて、翡翠のブレスレットに手を添えていたケインが声を上げた。
「作戦確認の声を拾えたよ。十七時半には配置につき始めて、十八時実行。今はどこから火をつけるかの微調整で盛り上がってる」
カルミアさんが懐中時計を確認した。
「今は十六時半。広場まで三十分かかると考えても、充分間に合うね」
杖の水晶を仄かな黄金に光らせたウィルルが続く。
「土からの情報だと、人数は……重さと足の数からして十四人かな……」
少し眉間に皺が寄った。
「多いな。交渉後の戦闘開始は分が悪い。ログマ、奇襲で弱体化できるか?」
ログマは少し目を伏せて考えた後、俺を指差した。
「前にお前にやった、視界を奪う方法がいいな。ただ、十四人は無理だ。同時かつ長時間なら六人が限度。ウィルル、土術で足元を固める事は?」
「あっ、多分、できるよ。範囲は限られるけれど……」
「だそうだ。リーダー、状況を見て指示しろ」
カルミアさんが俺に笑顔を向けた。
「俺、二人が撹乱してるうちに盗賊団の頭領の背後を取れるかやってみる。頭を無力化したら交渉に入れるよね」
「そうだね。助かる。俺は動けてる手下を処理しておくよ」
ケインを振り返る。
「三人の奇襲のために、最初に奴らの立ち位置をまとめたいな。ケイン、何かで注目を集められる?」
彼女はやる気満々だ。
「任せて。鏑矢っていうのを仕入れたの。威嚇には最適!」
「ありがとう! その後はフリーでメンバーのサポートをしてくれ」
広場が遠目に目視できるくらいになった頃には、行き交う人は増え、通りはすっかり賑わいを増していた。
空は薄暗くグレーとオレンジのグラデーションに染まり、地上の影の中に次々と光が灯り始める。
武装している俺達はすれ違う人々に少し避けられたが、人混みの中では特段珍しい存在でもなく、目立ちすぎる事はなさそうだ。
道中、彼らの反応がバラけた。ケインの探知によると、アルコールを各地に運んで下準備をしているらしい。
ログマが遠くの裏通りを指差した。
「そこだ。アルコールを配置し終わって固まってる」
通りに紛れて、様子を窺う。
皆が頷く。作戦開始だ。
「賑やかになってきたじゃん。人が死ぬ所はまだ見た事ねえからな。興奮してきたわ」
「変態かよ。俺は、俺達が有名になるって事の方が気持ちいいね」
「いやーやっぱ女っしょ。興奮も気持ち良さも一番だって」
「ギャハハ! お前ホント好きだよな!」
「いやいや俺だけじゃねえだろ!」
「拉致るの大変なんだぞ。──ランツォ、お前まだだろ。最高の女探しとくからな」
「アッハハ……俺、緊張しちゃうから遠慮しときます……」
「おいおい、今の聞いた? かっわいー!」
「あんまりからかってやるな。ランツォは今日が初仕事だ、それどころじゃないだろ。女は成功後のご褒美だからな」
「ハイ……」
クズの会話を我慢して聞きながら隙を狙っていたケインが、弓を強く引く。
鋭い音が彼らの空気を切り裂いて、石壁に突き刺さった。
「うわ! ビビった、白けるなあ」
「どこから来た? 攻撃されてる?」
男達の大半は辺りを見回し始めるが、ケインの姿は既に隠れている。
男達のうち数人が、矢に注目し集まってくる。
「見ろよ、これ何か紙付いてる」
「……お手紙じゃね。『せいぜい頭の上に気をつけて』だってさ。ウケる」
「頭の上って──」
はるか頭上から鏑矢が何本も急降下する。
ヒュンヒュンと耳を劈く明確な敵意に、盗賊団はにわかに慌てだした。肩や背中を掠められた男達が悲鳴を上げて空を見上げる。
ケインの反対、大通り側でウィルルの杖の水晶が黄金に光る。頭上を見上げている四人が変形した石畳に足を固められ、次々に体制を崩した。
おろおろと武器を構えながら辺りを見回す彼らの目の前に、ログマが姿を表す。
通りの奥で不敵に笑い、黒いステンレスダガーを向けた姿は挑発的で、彼らを苛立たせるには充分過ぎた。
「お前か? 舐めてんじゃ──はっ?」
ログマに迫った六人が視界を奪われ、目元を押さえて狼狽える。
その間にカルミアさんがウィルル側から駆け出して、真っ先に警戒を強めた男へ突っ込んで行った。
「そぉらっ!」
「チッ──」
頭領は甘くなかった。既に抜いていた腰のショートソードで、槍先を捌いて応戦。そのままカルミアさんと頭領は一騎打ちとなった。
手下に邪魔はさせない。
俺もログマの陰から飛び出す。身体が自由なままの残り三人を行動不能にすればいい簡単な仕事だ。ランツォ君の特徴はこの三人には合致しない。
「ふっ──!」
リーダーを気にかけこちらに背を向けた一人の下腿を、深く沈んで薙ぐ。
腰元のナイフを取り出そうともたついた一人へ踏み込み、太腿を浅く斬り上げて両手首をトトンと刻む。
ダガーを構えて突っ込んできた一人は身体を回転させて流し、よろめいた背中に広い傷を付けた。
どれも急所を避けた浅い傷だが、彼らは大袈裟に喚いて地に転がった。
足を取られたうちの数人が投げた投擲ナイフはカルミアさんには届かず、空中で円を描いて悉く落ちる。ケインの怒りの風はそれだけで収まらず、投げた彼らの手指を切り裂いた。
狼狽え呻く手下達の中で、カルミアさんは頭領と睨み合っていた。
目立った傷がないカルミアさんに対して、頭領の若者は肩で息をし、全身血のまだら模様だ。
頭領の背後から、首元に剣先を添えた。
「俺達の話、聞いてもらっていいかな」
前方に槍、後方から剣。動ける駒なし。歯が軋む音が聞こえる。
「──なんの用だよ」
声に力を込めた。
「ランツォ君を返してもらう。そういう依頼なんだ」




