第20話 謎の好待遇
俺はいつもの談話室で治験の継続について死ぬほど悩んでいた。
流石にガチ入院レベルの医療行為を受ける覚悟はなかったからだ。
採血や点滴、投薬は覚悟していたけど、予想よりも医療行為のレベルが高い。
静脈栄養も怖かったが尿道カテーテルも怖い。
俺にそう言う趣味はないので。
そういう趣味のある人間なら嬉しいのかも知れないが……。
無論、病気での入院や手術に伴うものなら受け入れる覚悟はある。
しかし、俺は健康な人間である。健康なうちにそれを受け入れるには度胸が必要だ。
検索画面を眺めながら、俺は悩んでいた。
断るしか今しかない。でも金は欲しい。でもちょっと怖い。でも金は……この気持ちがぐるぐる心の中で残像になりそうなほど高速回転して、どちらにするか決めかねていた。
「茅原さん、今日は難しい顔してますねえ~」
「あ、はい。明日からの検査がちょっと……」
看護師の吉田さんが声をかけてきた。よっぽど俺の顔がアレな感じだったんだろうか。
というか、吉田さん日曜も出勤なのか。医療関係に土日はないもんな……。
俺が外で体力測定してた日とかに休んでたんだろうか。
「あ、そうそう、四方さんがまた来るらしいですよ。お話があるんですって」
「えっ、何だろう、やっぱり治験は中止だとか?」
だったら嬉しいんだけどなあ~。
「それはないと思いますけどねー。そういえば、ここだけの秘密なんですけど!」
「え、それって業務上の秘密じゃないんですか」
「まあそうですけど、明日には解っちゃうことですよ?」
聞いていいことなんだろうか。これを聞いたことで俺や吉田さんに悪い影響があるのでは……と不安になる。
「どんなことですか?」
「明日やるゲームですよぉ!」
「えっ、知ってるんですか!?」
俄然聞きたくなってきた。
「もちろんですよ~、私はこれでも研究棟ナースで一番長いんですよ? ちゃ~んと見たことあります!」
「えっ、どうしよう、知りたいかも……」
あのフィールドウロウロするだけのゲームもめちゃめちゃ楽しかったしな~。次のゲームが何かってのは確かに気になってたんだよ!
俺は誘惑に負けることにした。
「ここだけの秘密ですよぉ」
吉田さんは俺の隣に座るとコソコソと耳打ちしてくれる。
(あのですね、超本格的な3Dダンジョンゲーなんですよ! ローレンツェンの会社の関連会社が作ったやつで超リアルで、VRとコンシューマーで発売する予定のやつなんです)
(えっ、そんなの作ってるんですか? でも発売の話聞いたことありませんけど)
そのローレンツェンの会社の作ったVRアクションRPGもめちゃめちゃ楽しかったのに、しかもダンジョン物……!
俺はメテクエにハマる前は売れてるゲームを適当に遊んでる派だったので、ちょっと懐かしい気分にもなった。ローグライクもソウルライクも好きだし、コマンド型のRPGも大好きだった。
(なんか、スキル一杯あってめっちゃ楽しそうなやつなんですよ。絶対発売されたら私もやります。発売は一年以上先なんで、今遊べるのは大分アドですよぉ~、スキルとか内容とか解ったら教えて下さいね)
3Dゲームってそんなに制作や発売に時間がかかるもんなんだ。知らんかった。
最近スマホゲーしかしてなかったけど久々に遊んでみると手の込んだゲームを遊ぶのも楽しかったんだよな。
しかも3DでVRで俺の好きなダンジョン物だし……そう言われてみると気になってきたな……。
「ココだけの話ですよ、てへへ」
「わかりました、秘密にしときます」
「あと10分くらいで四方さんが来るらしいので、よかったらここにいてくださいね」
そう言って吉田さんはカートを押してどこかに去って行った。
5分後、四方さんが相変わらずクールで感情の伺えない表情でやってきた。
「茅原さん、今お時間大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ」
そう言うと四方さんは俺の対面に座った。
「前回お話し忘れていたことがございまして……大変申し訳ありません」
「えっ、なんですか?」
「あの、検査予定についてはあと一週間といいましたよね?」
「そうですね」
もしかして中止とかになってくれないだろうか。そうすると俺はお金をもらってこのままトンズラできるので……。
「それ、もう一週間伸ばせませんか? 検査の後に経過観察期間があるのを忘れておりまして……ただ入院していただいて、何も無いか確認していただくだけの期間です」
「えっ、それってつまり、ここに居るだけでお金もらえるってことですか!?」
四方さんの説明によれば本当に影響がないかどうか、ある程度の期間追跡調査をするらしい。
見せてもらった書類によると一週間いるだけで1日15000円、その後半年に一回定期検診に来てくれればそのたびに30000円支払われると言う。
えっ。あまりにも、あまりにも美味しすぎる。
……あれ、もしかして新手の詐欺か?
俺は四方さんの顔を見つめたが四方さんは相変わらず真面目でクールな顔をしており感情は伺えない。
この人が俺を騙そうとしているようには見えないが、この人が俺を騙そうとしたら簡単なんだろうな、という感じはする。
「あの、その追加の入院期間中に用事ができたら外出とかって出来ますか?」
「なにかご用事があるのですか?」
「今はないですけどこれ終わったらアパート探そうと思ってて。内見とか行くかも知れないんで……」
「それは大丈夫ですよ、様子を見る期間というだけですし、体調に変化があるときはすぐご連絡をいただければ」
うーん、それは嬉しい。退院したら実家orホテルorネカフェ暮らしは辛いなと思っていた。寮も退去しちゃったし。
最悪、実家の縁側に寝袋置いて寝るとかすればいいんだけど、あまりにもわびしい……。
どっちにしろ、治験中に退去期間の最終日が来るから寮の退去はしなくてはいけなかったのだが。
それにしてもあまりにも俺に都合が良すぎる……。ありえないレベルで。
「な、なんでこんなに好待遇なんですか? 都合が良すぎて怪しいんですけど」
俺は思わず口に出してしまった。あまりにも都合が良すぎて詐欺に思えてきたので。
「VRは体質によってできる人とできない人がいて、その調査のためというのがございまして。まずできる人の体質から調査したいとの上の意向でございます。それに、脳や神経に連結することへの恐怖や、長い期間の点滴やベッドでの拘束時間など、やってみると辛いと言って逃げ出してしまう人が多いんですよね……」
あー、言われてみれば確かにそうか……俺もこえーもんな。
「そのへんについてはあまり痛みのない新しい手法の器具を用いて施術するらしいです。ほら、あの接続器具全然痛みがなかったでしょう? あれの応用で出来た当社の新商品でございまして」
そういえばめちゃめちゃ細い針で電気信号を神経に流しているって話だったけど全然痛みがないんだよな。あれの応用なら大丈夫なのか? なのかな?
うん、考えたけどなーんもわからん。
「ちなみに一週間の経過観察をさせて頂けると追加金額はこのように……」
四方さんが見せてくれた試算によると91万9800円になるらしい。ほぼ92万……。
きゅうじゅうにまんえん……。あ、でもよく見るとこれ源泉徴収されてない。
俺、事務手続き苦手なんだよな。
今更後悔してきた。やっぱやめようかな……。




