第21話 エト姫と俺
「あー、でもこんな金額になると、税金が……確定申告とかいるんですっけ?」
「金額が金額ですので、茅原様には納税義務が生じます。しかし、当社の税理士に無料で相談できるサービスもございますのでご安心ください!」
四方さんから今まで見られなかった焦りを感じる。
俺というカモを逃さないようにしているのか、それとも別の理由があるのか……。
普段クールな四方さんの焦る顔も味わい深いものがあるが、俺の疑いは深まるばかりだ。
ゲームは気になるけど、ここでやめとくのもアリかな……。
あまりにこの治験、不安が多い。
不安の85%程は俺に優しい世界過ぎて詐欺にしか思えない、というものである。
裏カジノとかパチンコでもある程度当てさせて沼に落として調子に乗らせてから所持金を搾り取ると言う。
俺はそう言うのに弱いことを自覚している。なぜなら今引いても引けないと解っているガチャを深追いするタイプだからである。
つまり、ビギナーズラックの間に撤退すれば収支はプラスのまま終われるのだ。
今なら軽減費が1円ももらえなかったとしてもあまり損はない。話の種にはなるだろうし。
「うーん、やっぱり事務手続きとかも面倒だし、やっぱりここでやめようかなと……」
事務手続きは本音ではあるが本音のうちの10%ほどだ。今までなかなかない体験もできたしここが引き際であろう。
そう言うと、四方さんの顔が一瞬で絶望の色に変わった。
「あのっ、実は私まだ一回もこの機器の治験完遂させてなくって! 次もテスターに逃げられたら絶対首が飛びますっ! どうして辞めるなんて言うんですかっ!?」
うわ、クールな眼鏡美女が涙目になっている。
可哀想な気もするけど、でも怪しすぎるんだよな……。
「その無駄に高い負担軽減金が怪しくて……」
「この機器の開発、巨額のお金が投資されてて失敗させられないんです……10桁の金額のお金が動いてるんですよ……新薬開発より1桁2桁安いですけど、でも失敗できないんです……」
四方さんは眼鏡を外して涙を拭いた。10桁。っていくらだ。一、十、百、千、万……十億単位?!
「じゅう、おく……」
「そうなんです……ビッグプロジェクトなんです……」
俺は少し同情した。
そりゃ失敗できないし、俺の治験の費用くらいはした金だよなあ……。
「誠意は示したいですけど情報開示も出来ませんし……私達みたいな医療機器開発会社が示せる誠意なんてお金しか無いじゃないですかっ!」
確かにそうだな……。
口だけで耳障りの良いことだけを言うことを誠意ということも出来る。
しかし、万人に共通する価値観である金銭を差し出してくれるのは、企業にとって誠意がこもっていると言えるのではないだろうか。
札束で頬を殴っているだけ、と言えなくもないが。
確かに奇妙なほど待遇は良かったし、部屋も綺麗だったし、飯も上等だったし看護師さんも技師さんも優しかったけどそれにも全て金がかかっている。
それは誠意と言っても差し支えないものだろう。俺は四方さんの言葉に納得した。
「……わかりました、怖いけどよろしくお願いします」
「助かります! ありがとうございますっ!!」
四方さんは勢いよく頭を下げ、初めて四方さんの顔が明るくなる。
いつもの感情を押し殺した営業スマイルではなく、心からのホッとした表情に見えた。
その後、四方さんと数分雑談をした後、明日の予定などを聞いた。
明日の午前中は機材の準備で午後からが本番らしい。緊張するなあ。
「なので、明日朝のお食事から暫くお食事がなくなりますので、何か食べたいものがあれば今晩のうちにどうぞ。なんでも準備させますよ」
あ、そうか、VR中飯食えないもんな。だから先週のテスト中も休憩を入れて水を飲んだりトイレに行ったりしながらやってたわけだし。
「えっ、なんでも良いんですか?」
「入手できるものでしたら」
俺は悩んだ末に海鮮丼、できればいくらの乗ってるやつをお願いした。デザートは? と聞かれたのでチョコレートパフェをお願いした。俺、結構甘い物好きなんだ……。
「かしこまりました、それではまた明日に」
そう言って四方さんは談話室をあとにした。
その後、約束通りに夕食は海鮮丼(俺の大好きないくらと中トロが乗ってるやつだった)の後に緑茶とチョコレートパフェが出される、といういまいちバランスの取れていない食事だった。
しかし、回転寿司とかでも寿司の後にパフェとかアイス食ったりするし、全然ありだろう。
翌朝、歯を磨いてヒゲを剃り、軽い朝食を取りシャワーを浴びた。これから暫くVRの中だからなあ。
今のうちに少しでも清潔にしておきたい。
俺が飯を食ってる横で、いつもの技師さんや看護師の吉田さん、いつもの医師に前回やってきたベテランエンジニア達や四方さんがあれこれとセッティングや準備をしていたが、聞こえてくる会話は専門用語が多くさっぱりわからなかった。
俺は準備ができるまでの間、今週最後のメテクエをエンジョイしていた。
『ゴミ共、これが法の裁きだ!』
ゲームの中の美女が、そう叫ぶと、派手なエフェクトともにいい感じのダメージが出た。よしよし。今日も快調だ。
今日はLv1のエト姫でどれだけダメージを出せるかの実験だったが、なかなかいい感じだ。低レベルクリアもゲームの楽しみの一つだよな。
ちなみに俺はLv1からLv100までのエト姫をLv10刻みで所持しており、その他に、Lv100エト姫を1凸2凸3凸……と10凸まで所持している。
いくらかかったかは計算してないが、エト姫にぶっこんだ金額だけで車は余裕で買えるはずだ。
何がここまで俺を狂わせたのかわからない。魔性の女だと思う。
俺の最推しであるエト姫は「エトワール・ド・ラ・フォンテーヌ」という長ったらしい名前だ。20歳で高等司法官という職業をしているのだが、とある陰謀に巻き込まれて嫌々ながら主人公に力を貸すという設定だ。
エトワール(プレイヤーの通称をエト姫という)の性格は悪い。
すぐに仲間やプレイヤー、そして敵の法律上の瑕疵を見つけ出し、有罪だの懲役だの叫ぶ。だいたい言うことが正論しかないので作中のキャラも反論しにくい。メテクエの中でも微妙な立ち位置のキャラである。
「これで暫く聞き納めか……」
俺はため息を付きつつ、キャラクター詳細を開いてエト姫のセリフを再生させる。
『カス共め、貴様らには死刑でも生ぬるい!』
『貴様らが酸素を吸うのは資源の無駄だ、すぐに止めてもらおうか』
『貴様には血税の分はキッチリ働いてもらう』
『なんだ、ゴミのくせに口があるのか。さえずるな』
『法に従わぬなら今すぐ消滅しろ、強制執行を開始する!』
はー、美声……。そしてこのくらいの強い塩味のセリフが俺は好きだ。
この声優さん、一応名前は発表されてるんだがエト姫以外のキャラを演じているのを見たことも聞いたこともない。
存在の全てがミステリアスなのもエト姫の魅力だ。
スキルもテクニカルで使いこなすのが面倒な物が多いが、それもこのキャラらしくて俺は好きだ。一ターン後に相手のスキルを封印するとか、じわじわとステータスを弱体化させていく奥義とか。
短期戦には全然向いてないので、俺みたいなマニアしかやらないが、最大まで凸したエト姫は高難易度ステージを単騎でクリアするだけの地力もある。
本当にメテクエとエト姫は素晴らしい、毎日遊んでいたい……。
サ終したあともエト姫には新しい可能性をいくつも見つけている。なので、俺はガチャで溶かした分の金額は十分元を取ったとは思っている。
それと現在のお財布事情は別物であると思う。……思いたい。




