第169話 八層へ
ワイワイしているうちにスフォーのおっさんがやってきた。
「皆準備はいいかな?」
「いいけど、もう夜なのではないの? ほら、陽も傾いているわ」
あの時のような禍々しい赤い夕焼けではなく、温かみのある夕方の光が世界を包んでいた。
「八層には日没も夜明けもないからねえ。あまり状況が変わらないうちに進んで、セーフエリアを探すのがいいだろう。ほら、君たち。ここに集まって」
スフォーのおっさんが言う通りに俺達は集合する。こんなにたくさんの人数でパーティーを組むのは初めてだな。いや、ターボ婆ちゃんと八尺様たちと組んだな。
おっさんは並んだ俺達に、おタヒに貸し出した杖に似た、もっとシンプルな杖を軽く降る。
「【体力回復】!……これで、朝目が覚めた時と同様の体力に戻ったはずだよ。あまり沢山のことはしてあげられないけどね。どうか、無事で」
ふわりと光が俺達を包み、時間経過で降り積もるような疲労感が一気に拭われる、不思議な体験だった。
「チケン君とインテ、リーフェンシュタール嬢、おタヒ姫。うちの者をよろしく頼むよ。エトワールとカハールカ君を特に」
「まかせとけ!」
「畏まりました!」
「えー、私は大丈夫だがー?」
「牛頭くんがいるもの、大丈夫よ!」
「にょわ!」
いつものお札から牛頭くんが飛び出してくる。地味にデザインが違っていて、ふわふわの槍がふわふわの剣、しかも二刀流になっている。
「牛頭くんも強そうになってるな!」
「にょわわーん!」
「そうよ! 符を強化したの! 実戦が楽しみね」
牛頭くんまで強化されたのなら、もう怖いものはないだろう。
「では茅原さん、皆さん、参りましょうか」
清野さんが出発を促したので、俺達は頷いて光の柱に向かう。浜辺の広場から光の柱までは徒歩二十分ほど。
その間、沢山のことを話した。八尺様におタヒと俺が抱かれ、つむぎちゃんはグリセルダに抱かれてキラキラした目で彼女を眺めていた。
ターボ婆ちゃん達と車の話をしたり、カハールカさんとおタヒが意外に楽しそうにゲームの話をしたり。王太子とエミールとグリセルダもいつも通りに会話を楽しんでいる。
入れ替わり、立ち代わり。
マウ族の人と話したり、ヴィルステッド村の人と話したり。スフォーのおっさんはエト姫と一緒に歩いている。
ほんの数日前に復活したのに、元気だよな、このおっさん……。数十年死んでいた分、これからの人生はエンジョイしていてほしいものだ。
こういう時間をずっと過ごしていたいものだが、二十分経ってあっさりと光の柱に着いてしまった。
七層にいたのは三泊四日のことだったが、最悪の気持ち悪さと、人の優しさを改めて知った四日間であったと思う。
この人々ともう一度会うことはあるんだろうか。また会えるといいのだが。
「着いちゃったわね」
「そうだな、名残惜しいが行かねばならぬな、チケン、こちらへ」
「じゃあ皆で手を繋いでいきましょうか!」
吉田さんの提案に皆で手を繋いだ。カハールカさんはめちゃくちゃ恥ずかしそうな顔をしていた。慣れてないんだろうな……。
「じゃあ行きますよ。到着地点が一番危険なので、長官、お願いしまーす♡」
吉田さんがおっさんになにかを要求していた。
「しょうがないねえ。本当ならエトワールがやるんだよ、これは。【物理障壁】!【軽減障壁】!【□□□□の加護】!」
杖を突き出すと同時に一瞬でスキル発動が終わり、ステータス画面には
『物理無効(3回)/物理ダメージ軽減(50%)/確率回避(80%)』という文字列が増えていた。有効期限は一日とある。なんの加護かは読めなかったけど、クソ強いな……。
すかさずおタヒが全員にターン延長をかけた。有能だがこれで15日持つのか。バグかな?
でも、出没地点がある程度決められているなら、全部に罠を仕掛けるくらいあの二人ならやるだろう。なぜなら俺でもやるからだ。たしかに危険だろうな。
「おっさん、ありがとう! またな!」
「うむ、さらばだスフォー氏、魔法に感謝する。ここに居る皆の者に幸多からんことを」
「みんなありがとう、楽しかったわ! また遊びましょうね!」
「ジェーン! 長官を頼みましたよ!」
「長官~! 絶対戻ってきたら紹介状くださいねえええええ!」
「それは一年三ヶ月経ってからって言ったでしょ」
「そんなああああ」
カハールカさんがもう辞めることを考えていて草生える。
流石にそれには皆も笑っていた。あまりにも面白すぎる。
「じゃあ、行きましょう。せーので光の柱に飛び込みますよ」
「了解!」
「せーの!」
全員で手をつなぎ、ぴょんと光の柱に飛び乗った。
一瞬の目眩の後、眩い光が溢れ………………
ドゴーン! ズガーン!
透明な壁の向こうで、轟音が響く。大爆発が起きていた。
わぁ…………。
バリア無かったら死んでたコレ…………。狙撃どころの話じゃねえ、殺意の塊だ。
「ハハハ! 賑やかな歓迎だな!」
エト姫は笑っていた。慣れているんだろう。やっぱエト姫は強い、流石俺の推しだ……!
「【障壁強化】!」
清野さんがスキルを発動すると残り一回に減っていた物理無効の回数が三回に戻った。無くなりそうになるたびスキルを追加していく清野さん。
耳をつんざくような爆音に、グリセルダとおタヒは顔をしかめ、エト姫は何でもなさそうな顔を、吉田さんは笑顔を崩さず……カハールカさんは泣いていた。
「うわああああん! 怖いっす! 爆発オチなんてサイテーっす!」
涙と鼻水を吉田さんにふきふきされながら叫んでいる様子は、とても成人女性には見えない。
更に吉田さんが笑顔になっているのを俺は見逃さなかった。吉田さんは怖い人だよ……。
「それ、ガチの爆発で使っていいセリフなのかな、カハールカさん……」
俺は疑問に思った。殺意のない爆破でしか使ってはいけない言葉の気がする……。あと、始まったばかりで、オチてない。
念入りに仕掛けられた爆弾なのか、着地と同時に五分ほど爆発し続けた。ようやく終わってもまだあたりは金属が赤く変色するような温度なので、清野さんが冷却魔法を使い周囲をゆっくりと冷やしていく。
「清野とやら、吹雪でも吹かせてさっさと終わらせていいかしら?」
「急いで冷やすと壁とかが壊れて、設備から得体のしれないものが流れ出すかもしれませんからね……。万が一おタヒ姫になにかあってはいけませんから。どうか私めにお任せください」
丁寧に一礼した清野さんに、おタヒはまんざらでもなさそうな顔で頷いた。
清野さん、おタヒの扱いなれてるなあ。
「セーレ、障壁維持は私がやる。少し打ち合わせをしよう」
軽くそういうと、エト姫が障壁強化をかけ直す。物理無効が五回に増えていた。物理無効って、温度にも効くのか。言われてみれば温度も物理現象だ。
改めてエト姫とおっさんのスキルにビビる。えげつねえ強さだな……。
エト姫が空中に地図を映し出した。熱で空気が歪んで見えないが、ドアに貼り付けられた地図を修復して投影しているらしい。
地図の一番上部に光る点がおそらく現在地、『クリーンルーム入口』だ。そして一番下に九層への入口。所々に従業員休憩室、と書かれた表示や『分析室』『資料室』『材料貯蔵庫』『混合装置』『鎮魂槽』『分解機』『反応装置』『濾過槽』『製品槽』『品質管理室』――――
……化学プラントというには一つだけ、明らかに場違いな文字があった。
『鎮魂槽』
「これ、化学プラントじゃねえだろ」
「そのようだ……」
エト姫も吉田さんも清野さんももう面白い顔をしておらず、鋭い目線で地図を睨みつけていた。




