第167話 身支度あれこれ
「地球人には対魔力がほとんどない」という衝撃的な情報に、俺はちょっとショックを受けていた。いや、大分かもしれない。
でも納得はした。魔法に触る機会がないのに対魔力があるわけがない。
地球にだけ魔法使いがいない理由が気になって、一応聞いてみた。
ファビエ社長によると、地球にはそもそも他の星には普通にある魔力性元素が少なく、魔法を使っても魔石などの回復手段を持ち込まない限り地球上で使った魔力はなかなか回復しないのだそうだ。肉体からの自然回復に頼るため、スキルはあまり使えないらしい。
ただ、例外の回復手段がある。薄々察していた通り、生き物を魔力に変換する方法だ。
「あのさ、そういう生き物を魔力にするのって人間じゃなくてハエとか蚊とかの害虫じゃ駄目なの? それだったら皆が得をすると思うんだけど」
ハエや蚊も、一つの命であることに変わりない。不快害虫が減ってスキルの足しになるなら一石二鳥か三鳥だと思うのだが。
「体の体積と思考密度などが高いほど魔力に変換しやすくなるからねえ……地球の虫は小さすぎて駄目かな」
「生贄の儀式って、一応そういう技術的なバックボーンがあるんだ……」
もしかして、過去には地球に何処かから迷い込んできた魔法使いとかがいたのかもな。
「人間から魔力を抽出するのは最新設備があっても大変だから、普通はやらないよ。安心してくれ。僕達は定期的にテオネリアに帰ったり、魔石でMPを回復させるようにしているんだ」
「……」
何と返せばいいのかわからず、俺は黙り込んでしまった。
もちろんファビエ社長がいう事に疑いはない。ただ。ヴェレルは異常なやつだからな……。そういう目にあった人がいない、とは言えない。
そして、はたと気がつく。最後まで二人に着いていく気満々だったけど、俺、いないほうがいいんじゃね?
俺は正気になってしまった。
他の人には効かない雑魚魔法で魅了でもされて、グリセルダとおタヒを傷つけるようなことにはなりたくない。エト姫はなんとなく大丈夫そうな気がする。
俺のステータスの回避はカンスト、幸運も色々あった末にカンスト+補正値99で人間が得られる最高級の運を得ている。
あるよな、敵のクソ強中ボスが仲間になったけど、仲間になるとびっくりするほど弱いやつ。あれの逆バージョンが俺の可能性。
そんな事態が予測できてしまうと、色々カッコつけたけどどうやって別れを切り出すべきか。そんな事を考え始めてしまった。
浜辺で鬱になり始めた時、おタヒが笑顔でやってきた。
「チケン! これあげる!」
「なんだこれ?」
おタヒが自信満々でくれたのは、小さな白絹の袋だった。
「お守りよ。中に私が全力で書いた護符がみっちり詰まってるわ。悪霊退散、武運長久、家内安全、邪視避け、呪詛返しを浄化した紙に詰め込んだ特別な厄除けよ。生半可な呪詛は全部鏡みたいにに跳ね返してくれるわ!」
手に持ってみると、ほのかに暖かく、柔らかい気持ちになる。魔力ゼロの俺にも何となく分かるほど、お守りの周りには清浄な空気が漂っていた。
「ありがとう、おタヒ……すごいなこれ。どうやって持っておくか悩むな」
「水にも炎にも強く作ったから、肌身離さず持っておくといいわ」
「そうする。紐でもつけて首から下げとこうかな、社員証みたいに」
お守りを首から下げる紐でも貰いに行くか……と思っていると、グリセルダがやってきた。
「チケン、これをつけるがいい」
グリセルダは、そっと俺の手には大きなブレスレットをはめた。ぶかぶかだったそれは、俺の手にはめられた途端サイズを変えジャストフィットする。
おそらく銀かプラチナでできていて、細かな細工がしてある手の込んだ品だ。いくつか宝石も嵌っている。幼女がするには豪華すぎる逸品だ。
「これは?」
「先程の説明を聞いた感じ、私には護身のアミュレットは不要なようだ。先祖代々引き継いだ品だが、最下層につくまではお前が持っているがいい」
一瞬悩んだ。そんな大事なものを受け取ってもいいのだろうか。ひんやりとしたブレスレットはすぐに肌に馴染み、つけてることを感じさせなくなった。
「お前に呪いが降りかかれば、その宝石が身代わりになるはずだ」
「こんな大事なものいいのか? あとおタヒ、お守りとアミュレット、効果が被って相互作用で問題起きたりしない?」
「大丈夫よ、そんなやわに作ってないし、どちらもチケンを守るために働くはずだわ」
「そっか。ありがとう。……これがあったら俺でも二人の迷惑にならないで済むかな?」
二人は少し怒ったような顔をする。
「今までチケンが迷惑だったこと一度たりともない、これからもだ」
「そうよ、迷惑なわけ無いじゃない! たまにおかしくなるけど、そういうところも含めて面白いから一緒に行きましょう?」
やはりおタヒは一言多い。でも、嬉しくないといえば嘘になる。
「そうだな……これなら変な魔法を喰らわなくても済みそうだしな。良かった、大事にするよ、ありがとう、二人共」
礼を言うと、ふたりとも満足げな顔になった。ここまで防御を固めれば安心だろう、と思っていると、遠くから俺に声を掛ける人がいた。
「チケン氏~! ここにいたんすか!」
「茅原さん、お渡しするものがありまして」
カハールカさんと、清野さんのコンビだ。珍しいな。清野さんは手にハンガーに掛かった真新しい子供服を持っている。
「これ、魔力抵抗を持つ布で作った服なんですよ。現地の皆さんが手伝ってくださいましてね。魔力抵抗の他に、対炎、耐冷コーティングもあって気温の変化にも強いです、仕様にはなかったんですが僕の一存で自動浄化機能もつけてあります。ずっと着ていても清潔さは保てるようにしましたよ」
清野さんが俺にその上等そうで便利な服を手渡してくれる。
「えっ、いいんですか?」
「あのクソジジイの相手をするんだからそのくらいあっても全然オッケーっすよ。ヴィルステッド村とマウ族のみなさんも手伝ってくれたんすよ!」
こんな短時間で作ってくれたのか……。軽く服を当ててみるとぴったりそうだ。しかし、そんなにしてもらっていいのだろうか。と思っていると、後ろに黒モヤの人々が現れる。
「チケン様、どうでしょうその服は!」
「ありがとうございます、でも、いいんですか? 俺お世話になってばかりじゃないですか?」
「いいんですよ、私達はすっかりチケンさんのファンになってしまいましてね……」
「そうですの! お小さいのに勇敢にターボ婆ちゃん様と競争をなさるお姿や、勇敢に怪物と戦う姿に胸を打たれましたの。せめてもの応援になったら嬉しいですわ!」
「その服の生地、例の蜘蛛の糸で作ったんですよ」
清野さんが教えてくれた。
そういえばヴィルステッド村の人にドロップ品の糸を渡した気がする。しかし、なぜターボ婆ちゃんとのレースをを知っているのか……と疑問に思っていると、遠くて黒いモヤが親しげに俺に手を振っていた。
王太子の仕業かあ……。一体何を見せたのやらと思うが、結果が良いので良しとしよう。
「チケンさん、よかったら着てみて欲しいマウ! マウたちのなかで一番仕立てが早くて上手い達人が仕立てたマウよ!」
「刺繍などは私達もお手伝いしましたの」
「インテもお手伝いしました! 主に対衝撃コーティングを!」
「ジェーンも手伝いました! 主に耐温度コーティングです!」
「そんなに沢山の人とインテとジェーンが……皆、マジでありがとう……!」
まさかの合作だった。俺は皆に心から礼を言い、嬉しさに泣きそうになりつつサクッと着替えて戻ってきた。
以前ヴィルステッド村で作ってもらった服によく似ていた。王子さま風の少女服とでもいえばいいのだろうか。
フリルの付いたシャツと、胸を飾る虹色のリボン、動きやすい王子さま風のズボンに裾の長いジャケット。これはメテクエに出てきそうでかっこいいな。
この体には似合っている。リアルの俺に絶対着せたくないが。




