36:好きだとか! 嫌いだとか! 7
好きだとか! 嫌いだとか! 7
頬杖をついてみていた風景は、数分で見る見るうちに変わっていった。
あたしの住んでいたところは、有名な進学高校に毎年多くの生徒がいくような中学だから周りには高いビルや沢山の路線があった。いまでは灰色の道路と山道に入ったことで増え続ける木々ばかりが目に入ってくる。
あたしの故郷が田舎だった、って住んでいる間は一度も思わなかった。
家の近くの河川敷や小さかったけどその頃のあたしには大きかった学校はとてもそうゆう風には感じなかった。
むしろ、自分の世界が狭かった分、それはとても新鮮でドキドキするものだった。
あの日一度だけ会った臭い人の話もとてもドキドキする話だったのと同じだ。
いまは夏休み中。勉強合宿とかいうダルいのは期末試験で全教科トップを取ったから免除してもらったし、生活費を削って溜めたお金も十分集まった。
時間とお金、それとやっと届いたもの。その全てが揃った今だからあたしは小刻みに揺られながら、小さなバスに乗っている。
届いたものっていうのは、ある人の場所を探してもらった探偵からの報告書。
探偵事務所のエースの“鳳”っていう人が調べてくれたA4サイズの簡単な書類だけど、知りたいことの全てがそこに書かれていた。
まだ詳しいことは読めていないけど、その人がいるのは昔一緒に暮らしていた場所だってことだけわかっている。
それを知ったからには中身もよく確かめずに、昨夜届いたそれを持ってカバン片手に行くしかない。
――平坦な山道をバスは進んでいく。その先は、きっと不幸じゃないこれからが待っていると信じて。
◇◇◇
「一年以上前の話だ。それに……、天凛みたいに始めから事件の真相を見透かしたような超能力を俺は持ってないからな。よく見て分かっていこうと思うよ」
『誰のことを?』
電話越しにも不敵な笑みを容易に想像できる女の声に、空は電話を切った。
「お前以外に誰を見ろってんだよ」
高校に入ってすぐに、ちょっとした問題を解決したことから水木空は“名探偵”と呼ばれていた。表舞台で知られていないことだが、校内で空と一緒に“何でも屋”を校長命令で強制的にさせられていたのが当時高一の斗貴だった。
「――ん、電話か? しかもへっぽこ斗貴じゃないか」
『誰がへっぽこだこら……まあいい。始業式以来で突然なんだが、少し用があるんだ』
「依頼料はきっちり取るぞ、元助手………………兼、親友」
『親友から金を取るな!』
「成功報酬でいい。こっちもリハビリ中だからな」
『親友から金を取るな!!』
「で、どんなようだ。簡単なことならタダでいいぞ」
『なあに、簡単なことだ。“柚木”って名前でこの町の近くに住んでいる奴を全員探せ』
「――それだけか?」
『たったそれだけの条件でなんでも解決するのが名探偵だろ、空。それに情報はもう一つあるぜ。“柚木奏”っつう中三女子の娘がいるはずだ』
「名探偵って……一年前のあれは斗貴と俺の二人でやったことだ。それなら斗貴も名探偵だろ」
『うるせえ、あれはてめえがやったことで、俺じゃない。あの問題を解決して感謝されたのはお前で、その名探偵に力を借りようとしているのが俺ってだけだ』
「――わかった」
『助かる』
鳳という名探偵がたった数日前までいた場所でアルバイトをしている空は、親友からの依頼を受けて事務所へ帰った。
♪♪♪
頼れる奴に電話をして、奏とも仲直りした俺は自分の部屋で天井を見つめていた。
正直外国人のことは後回しだ。
奏のことも気になるが、いまは――。
「まだ宿題をしようとしているのか人間?」
俺の背後に榊が現れた。
「人間を下等生物扱いする宇宙人みたいこと言うんじゃねえよ」
「私は宇宙人よりエキゾチックなんだがな」
「毎回巫女服で登場しといてなに言ってんだよ」
「これは私の私服――もといチャームポイントだ」
「ぜんぜんかわいくないな。寒気しかしないぜ」
「一般的な幽霊と同じだからな、今の私は」
「そうだったな。足があることを除けば」
下で夕飯の片づけをしている奏はここにいない。
榊は奏がいないときに頻繁に現れるようになった。そしてどうでもいいことを話すようになった。
「お前は友に恵まれているらしいな。アレはなかなかいい奴だ」
「あいつと直接会った覚えはないはずだけどな。電話を通して相手のことでも感じ取れる超能力が榊さんは使えるのかね」
「アレは、人の痛みが分かるいい奴ってだけさ」
確かに、空はそういうやつだ。隣で泣いている奴がいれば一緒に泣くような優しい奴。俺はだてに親友って名乗っていない。
だが、親友の男を誰かに立てるほど俺は大人じゃない。
「静香ちゃんの父親もそんなことをいってたよな。受け売りか?」
あまりのくだらない返しに榊は姿を消した。
「あーあ、また榊さんに会えなかった。そしてゆとり教育の斗貴は酷いありさまだし」
皿洗いなどを律義にこなして二階へ上がってきた奏がどや顔で部屋に入ってきた。
俺の机の上のみじめな光景に奏さんは非常にきつい言葉を掛けてくれるね。
「はい問題です! この問題の答えはなんでしょう?」
クイズ形式で奏に宿題を丸投げしてみる。
「自分で考えなさい! 将来ろくな人間になれないわよ!」
なぜだろう、俺は人間に見えていないのかな。
「俺には少し難しいんだ」
「中三にも解ける問題を高二が解けないでどうするの?」
どや顔が一転、心配顔に変わる。
「そりゃ、あたしは中学入ってから最初の試験以外は常にトップを突っ走っているけど。もちろん全国模試も総合一位だけど……」
人の心配をしているのかと思いきや自慢話にいつの間にかすり替わっていた。
憎らしいほど学力に関しては栄光の道を突き進んでるな、元天才小学生。
「ほら、冗談はそのくらいにして、さっさと片付けちゃうわよ。こんなの二時間で片付けなさいよねっ。この奏さんが手伝ってあげるんだからっ」
笑顔を見せてくれる女子が俺の近くにいただろうか。
結城や母さんくらいしか俺の周りに女はいないし、俺の中でその二人と奏は何か違う気がするんだ。
それが何なのか俺には難しすぎてわからないけどな。
それから数時間後、奏の予定通り宿題が大体完了していた。
俺は外に出て携帯を耳にあてていた。
「早いな」
『本当はプライバシーの侵害に引っかかって仲間の情報を見ることはできなんだが、今回は特別な事情で見ることが出来たんだ。その中にそれっぽいのがあったってだけ。俺は別になにもしてない』
「そんな事ねえって。さすが頼れる親友だ」
『まあ、俺個人の意見で悪いんだけど――斗貴、あんまり関わらない方がいいと思う』
「どういう意味だよ?」
『お前が考えている以上に、その行方不明中の柚木って名前の奴も、柚木奏って奴も普通じゃない。奏って子の方は……お前に言っていいのかわからないけど、もう助からないところまで来ている。それにな――』
「知ってる。奏がもし死んでいても驚かねえよ」
『いや、その奏って子はまだ――』
親友のおかげで必要以上の情報を俺は得ることが出来た。
だが、俺たちのゴールはすぐ先にあると俺は甘く考えていた。
親友の警告を無下にした罰が下ったのかもしれない。