37:好きだとか! 嫌いだとか! 8
好きだとか! 嫌いだとか! 8
俺は空からバッグと一冊のノートを受け取った。
ノートの間には一枚の紙が挟まっており、そこに地図のようなものが新たに書き込まれていた。本当は住所の番号くらいしか書いていなかったのかもしれないけど、サービスのいい親友の計らいで分かりやすい仕様になっているらしい。
俺はその地図の通り近所を徘徊し、目的の場所である女に出会った。
全体の雰囲気というか、所々のしぐさや相手をしっかり見つめることのできる大きな瞳の所が奏に似ている女だ。
それは俺の創造が正しければ奏の母親に違いない。
そして奏がここへ来た理由の人でもある。
♪♪♪
近所を歩いていた。
「昨日、手伝ってもらった礼に、いいところ連れてってやるよ。――といっても、小学生のときによく行ってたところだけどな」
今は俺と奏で二人きりだ。となりにいる奏は身長差のためか、上目づかいで見てくる。
いつもいないようで隠れている榊は、「たまには留守番でもしていよう。ちょうど連ドラがいいところなんだ」と専業主婦のおばちゃんが好きそうなものにはまっていた。
家に残った榊のことを考えていると、何故か奏の機嫌が悪くなっている。
「斗貴に彼女ができたらこうゆう所に連れてくるんじゃないわよっ」
怒らせた覚えはないんだけどな……。
「他人の家と家の間の裏道を通って行くなんて――変態ね。変なことする気満々じゃない! ……まあ、彼女くらいになっていれば、その、いろいろ許してくれるかもしれないけど。……むしろデートとしては悪くないかもだし……」
『変なことする気満々じゃない!』の後から奏は口をすぼめて話すせいでうまく聞き取れないが、俺はこいつに変なことする気なんて微塵も思っていない。
そんなこと考えるのはロリコンだ。変な言いがかりつけるなよ。
「まあ、もうちょい付き合えよ」
「あんたと付き合った覚えはないわよ!」
人の家の裏で大声を出す奏。それがどんなに騒がしくても周りには何も聞こえないし気付かれもしない。そんな奴の、他人事に首を突っ込もうとしている俺も十分あれだな。
目的の場所に着くと、奏は玄関の花壇に水やりをする女性のことを遠目にじっとみて、下を向いたと思えば唇を噛んでぶつぶつしゃべりだした。
「こんな所へ連れてくることのどこがいいことよ。……何も知らないくせに。笑わせないでよ」
下を見たままかたまっている奏の顔はとても笑っているようには思えなかった。
その様子は喜怒哀楽の感情全てがまじりあったような顔を一瞬見せた。
「あたしを捨てた女の所へ連れてきて! 斗貴は何がしたいのよ! 他人の気持ちなんて何も分からない大バカ斗貴!!」
奏はそのまま来た道を走り去っていってしまった。
昨日知ったばかりのことを奏に突き付けたのは失敗だったのかもしれない。でもな、ここまで来て俺がやらなきゃいけないことは決まっている。
目の前の女は遠くから見てくる変な奴が見えているだけで、いろいろな感情が混じり合った表情の女の子がさっきまでいたことなんて知りもしないんだ。
「どこかでお会いしましたでしょうか?」
「いや、なんでもないです」
あと一歩勇気が出なかった俺は、ここまで来るのに使った地図を乱暴にポケットに押し込んだ。
そのとき地図がパリッと二つの紙に分かれるのが分かって、押し込むのを止めて二枚に分かれた紙きれを広げた。
どうやら薄い二枚の紙が、ノリのようなものでくっついていたらしい。
その紙に書いてあったのは、俺が見ていいような内容じゃなかった。
電子化されている現代で、女子中学生がするには古典すぎる代物だ。
まさか、自分の親に手紙を書く女子中学生が身近にいるとは思わなかった。
俺はその人のそばまで歩いて行った。
「この間、家族以外に大切に思える奴に出会ったんです。
そいつは運動音痴だけど、勉強はすごいできる奴で、俺よりは全然すげえ奴で。
男勝りの女に夢中になったり、ルールも知らないスポーツに全力で声援を送ったり。
口数の少ない和服の奴とも仲良くなろうとしたり、そもそも俺なんかと仲良くなろうとしてくれた奴なんです」
「どうしました? どこか痛いんですか?」
俺はどんな表情で見ず知らずの奏の母さんに話しているんだ。
使い慣れない敬語はうまくできているだろうか。
「痛くない! 俺は全然痛くない!」
「本当に……だいじょうぶ?」
自分でもわかっていないことを駄々っ子のように叫んだ。
俺はここまでにいろいろ考えた――何もしゃべらない奏の本音は、榊が遠まわしに伝えようとしていることで間違いないはずだ。
あいつがここにいる未練ってのは、絶対に過去の奏自身のことじゃない。
親友みたいな華麗な推理は俺にはできないが、奏はきっと昔の天才と言われた自分と今の自分を比較して生活してきたんだと最初は思っていた。あいつの手紙を見つけるまでは本当にそうだと思っていた。
でも本当にあいつにとって大事だったのはその前後だったんだ。
自分が有名人になる前と後で、家族にかけていた負担はずっと大きくなった。
奏のケースでいえば、周りからの期待が、ある時期を境に全く別のものになって奏の家族を蝕んだ。
奏の証明は、いまのところ口頭だけでしかできていない。当時の奏じゃ紙に数式を書くことも、難しい言葉や決まった定理を使ったってことも自分じゃできなかったらしい。
これじゃあまるで、誰かが言っていたことを真似して言っていたように取られてもおかしくない。
ちょうど本当に証明した人が日本に来ていた時期も一致している。
それが致命的になったのだ。
親友からのおまけで、ほぼ村八分扱いでまともな生活が出来なくなった柚木家の話を聞いていたから、俺はそこまでの結論に達することが出来た。
そこから先は奏次第だった。
奏の母さんが首をかしげている。そこから180度反対方向から反抗的な声が聞こえた。
「なにバカみたいに考え込んじゃってるのよっ」
奏が俺の後ろにいた。
「榊さんは言ってなかったと思うけど、あんたが考えていることは大体伝わってくるのよ……斗貴の気持ちが直接、あたしん中に流れ込んでくるのよ、バカ斗貴……」
「お前ほどじゃねえよ、家出娘」
奏は家を出ることにした。
周りからの冷たい視線は、きっと奏が大きくなって、時間を掛けて忘れさられるまでずっとなくならない。
その時間の間、奏は家族たちと離れることを決意した。
「お前は誰にも捨てられてねえし、お前だってそう思ってないんだろ」
「分からないわよ――そんな昔のことは思い出せないわ」
「思いだせないわけないだろ! 奏にとって一番大事だったのは、ああやって自分の母さんと一緒に花壇に水をやったり、普通にスポーツの応援や家で料理作ったりすることだろうが!」
「かんちがいしないで!」
俺の声にビクッと肩を震わせる奏母だが、少しだけ待ってくれ。あんたの娘がようやく素直になりそうなところなんだ。
「あたしが家を自分から出たのは本当だけど……あたしはあの女に捨てられた! 引っ越して、たった一日であの女はあたしの前の家から姿を消した! あの人があそこでいつもどおりに暮らせることを支えに、これから頑張っていこうと考えたてたっ! それなのに……っ!」
普段茶化してくる奏の言葉とは全然違う言葉の重さを俺は感じる。
自分に対するゴールのない迷路のような葛藤が苦しいだろう。だが俺はそれにどう答えていいか分からない。でも、それに答えたのは予想外の人物だった。
「私には、目に入れても痛くないほどかわいい娘がいます。今は遠くで離ればなれですけど、きっと元気に暮らしていると思います」
これは誰への言葉だろう。
「奏は――」「奏はすげえいい奴だと思うぜ」「――とても頑張り屋な子ですから」
きっと、見えても聞こえてもいない奏のことを、どこからか感じ取って言った、俺はそう思う。
頑張り屋で強気な女の子は、俺の見えないところで俺の背中に顔をうずめてグッとこみあげてくる何かに耐えている。耐えるのも限界に達したそれは、ぐずぐずの奏の顔に溢れ出していた。
奏の泣き顔なんて見たことがないから、俺の後ろにいるその子がどんな顔なのかは分からないが――それは悪いことじゃないと思う。
奏の母さんが、にっこりほほ笑むその間に、俺の後ろにいたものは消えていた。
それは、榊や奏自身も言っていた未練が晴れて俺の所にいる必要がなくなった証だと思う。
「奏と知り合いだったんですね。あの子は元気にやっていますか?」
「いや、それは……」
俺がそれをどう答えていいか迷っているとき、奏は完全に俺の中からいなくなっていた。
それは二つの考え方が出来る。
一つは、未練がなくなって俺の所にいる必要が本当になくなったこと。
もう一つは、俺が親友の空に指摘されたことだ。
奏のまだ生きている体の状態。
ニュースの報道では死んだことになっているらしいが、実はまだ生きているらしい。だが、それでも生きているというには程遠いほどの状態でいつ死んでもおかしくないほど衰弱しきっていた。
親友が調べた時点で奏はそういう状態だったのだ。
「もしかして、奏の身になにか……」
「いや、だからそれは――」
「あの人からの手紙には何も書いてなかったのに……いや、でも長期休暇中だと――からは無理ですよね」
「どうゆうことだよ」
「実は――」
奏の母親が口にした“手紙”――それが奏からのものと考えることはできなかった。
なぜなら奏はその送り先を知らなかった。
なら、一体どこから行方不明で、区役所の人すら居場所のわからない奏の家族に手紙を送ったんだろうか。
その正体を聞いたことで、普段眠っている俺の頭が一年ぶりに動き出した。
「どうして奏を捨てたような行動を、あなたが取ったんだ」という俺の中で数回出てきた疑問の答えや、奏が一人暮らしを始めなければならなかったのも、その家族が奏の前からすぐに姿を消したのも、奏が遠路はるばるここへやってきたのも全て同じ原因だったんだ。
その元凶がまだいるなら、この話は、ここで終わらせるわけにはいかなくなった。
次回で完結
ここまでくると、意外と短くまとまっていなかった~、と思います
この話に里佳と遥とおっさんと榊のシナリオを組み込むと、なかなか想像を絶する量になっていた気がします。
それはまた時間があるときに――――ということで。
まだまだ続きます、ランダムワーク!!




