22.媚薬を盛った犯人はsideライナス
「おーい!ライナス、何の知らせだ?」
「……フローラが侯爵家を出たと、執事からです」
「どこへ?」
王太子殿下が怪訝な顔をする。確かにこんな時間に穏やかでない。
「外宮の外にある、宮中演奏家の住まいだそうです」
「なら明日明後日にでも帰るときに迎えに行けばいいだろう」
そうだ、離れているが同じ王宮の敷地内にいるんだ。しかし、迎えに行ってどうするんだ。フローラは私を待っていない。
「──どうやら、私はフローラに好かれている、というわけではなかったようなんです」
「──え、ウソ」
「嫌われてしまったのか、もとから好かれていなかったのか……。とにかくフローラが私に媚薬を盛ったのは他になにか理由があったのでしょう。舞い上がって深く考えなかった私の過ちです」
「そんな馬鹿な……」
言葉にしたら冷静さが戻ってきた。アルフレッド殿下の方が困惑した様子だ。
「──ごめんライナス。僕、お前に話さなきゃいけないことがあるよ」
ため息をつくように、殿下がうなだれてそう言った。
「今回の媚薬の事件は、内宮でやり取りされた薬の一部が王弟にも流れていることがわかった。それで、結局のところ陛下に内密にしたままでは話を進める事が出来なくなった」
「そうですね。殿下が独自に処理をすればかえって禍根を残すことになるでしょう」
「それでだな……お前に嘘をつく理由がなくなった。ライナス、お前に媚薬を盛ったのはフローラ君じゃない。ミリアーナだ」
「──っ!?」
声にならない声が出た。
「フローラ君には高位貴族の不良息子たちの弱みを陛下に隠れて掴みたいだとか、ミリアーナへの処罰を回避したい、と言って犯人役をお願いした」
「そんな理由で……!」
「待て!殴ろうとするな!実際は!父上に知られればミリアーナはモルスラードの第二王子との婚約を破棄されて、ライナス、お前との婚姻を進められただろう」
「まさか……」
「そもそも、お前はミリアーナの降嫁先候補だった。だが結果として国内でトラブルを起こしすぎて母親である側妃自ら国外に嫁がせるように陛下に進言したんだ。だが陛下はミリアーナを今も手放し難く思っている。──僕はお前とフローラ君が相思相愛だと確信を持っていた。だからこそ、お前とフローラ君がこのままくっつけばいいと、まぁ……いろいろ嘘をついた」
「──そんな」
衝撃と後悔に涙が滲む。
いつも冷静で正義感もある。そんな彼女が、媚薬を盛るなんて──。
確かに私は最初アルフレッド殿下から話を聞いた時、そう思ったはずだ。そうだ、フローラが媚薬を盛るなんてありえないだろう。
彼女を少し知っていれば疑いそうな嘘をあっさり信じた。嬉々として家へ連れ帰り、強引に住まわせた。
媚薬を盛られた事を都合良く利用して迫ってきた男──嫌われるに決まっているじゃないか!
顔を覆って天を仰ぐ。ついさっきまでプロポーズしようと、浮かれると同時に緊張までしていた自分に気持ち悪さから鳥肌が立つ。
「それと、歌劇場でフローラ君に自分はライナスの女嫌い克服のための練習台かと聞かれた」
「は!?」
「肯定した。ついでに練習に付き合ってくれとお願いもした。練習台にされてる、としか受け取られないような接し方をしているのかと、ちょっと焚き付けてやろう、位の気持ちだったんだが」
「何がどういうことか、さっぱりわかりません」
頭が真っ白になる。
女嫌い克服のための練習台?フローラは私が女嫌いだという噂を知っていて、信じていたんだろう。女嫌いなはずなのに媚薬を盛られたからと迫ってくる男。
〈ライナス様は女嫌いなのに、媚薬を盛った犯人が私だと知った途端に迫ってくる。王太子殿下に聞けば女嫌い克服のための練習台にされてるんだって。気持ち悪すぎるから夜会の後にそのまま逃げ出そう!〉──つまり、こういうことか?
いや、真面目で心根の優しいフローラだ。きっともっと真剣に考えて傷つき、苦しみ、恐怖しただろう。私に対しても戸惑いは見せたが礼を欠くような事はしなかった。ずっと王太子殿下の命だからと我慢していたのだろう。
突然、媚薬を盛った犯人にされて、王宮を辞めさせられた。懸命に、誇りを持って仕事をしていたのに。傷ついただろう。
突然、かつての同僚──私がやってきて強引に侯爵家に住まわせられることになって、驚き戸惑っただろう。
突然、私に抱き寄せられてキスされて、恐怖しただろう。初めてのことだったかもしれない。悲しんだだろう。
殿下に女嫌い克服の為の練習台だと知らされて、憤っただろう、苦しんだだろう。
それでも、私に笑顔で接してくれた。今日だって、私の選んだ衣装も素敵だったと、笑って言ってくれた。
年甲斐もなく涙が溢れそうになる。
「ライナス、申し訳ないが僕を殴るのは事件を解決してからだ!」
「殴りません。私がフローラに殴ってもらいたい」
「じゃあ後で二人で殴って下さいってフローラ君に土下座しよう」
「駄目です。殿下はフローラに触れちゃ駄目です」
呆れたように殿下が笑う。笑い事じゃない。殿下を殴りたい気分だった。フローラに何という役目を押し付けているんだ、と。しかし、もし殿下の嘘がなければミリアーナ殿下と結婚させられる可能性があった……。
この二ヶ月間のフローラとの甘く幸せな日々を知ってしまえば、ミリアーナ殿下はもちろん、他の人間が隣にいるなど想像ですら耐えられない。
「なあライナス、僕の観察眼を信じろ。大丈夫だ。フローラ君も絶対お前を憎からず思ってる」
「……はい」
殿下はシルク殿の隣で笑うフローラの笑顔を見ていないからそんな事が言えるんだ、と思うと同時にその言葉に縋りたくもなる。
フローラは今頃、あの宮中演奏家のシルク殿といるのだろうと思うと、胃の中がグラグラと湧くような感覚がした。
それから夜中まで既に集まっている証拠の精査とまとめと、追加で必要な情報収集を行った。王弟殿下が絡む以上、アルフレッド殿下も無茶は出来ない。
夜が明ける前に仮眠を取ることにした。フローラの事を考えると、胃がキリキリと痛む。そうして思考は浮つくけれど、それでも仕事が出来て、睡眠が取れるのは子どもの頃からの日々の賜物だな、とぼんやり思いながら眠った。
目覚めたら寝ながら食いしばりすぎたのか、奥歯が痛い。
昨日の夕方までは、今頃幸せな朝を迎えると呑気に夢見ていた自分に自嘲する。
「ミリアーナが脱走した?何やってんだあいつ。父上はなんて?なら護衛をつけているんだろう。あーあ、どのみち父上には筒抜けだよ」
朝、王太子殿下の声がした。
「起きたかライナス。早速だが顔を洗ったら宮中楽団のホールに向かう。そこで証拠が得られれば解決までは早いぞ〜」
気怠げに伸びをしながらアルフレッド殿下が身支度を始める。不敬ながら、殿下と朝を迎えた自分がひどく惨めだ。
「殿下、騒ぎになりますから警備に先触れを出しておきます。それから、お召し物は控えめに」
フローラはどんな朝を迎えているだろうか。ただ会いたくて、目頭が熱い。




