四五 殺害への歩み
電車に揺られている間、ずっと私は震えていた。恐怖心はもちろんあったが、それ以上に緊張していた。
駅には、指定された時刻の十五分前に到着した。
どこかで時間を潰さなければならないと考えながら改札を通ると、内ポケットに入れていた携帯電話が鳴りだす。
「そのまま真っ直ぐ歩け。電話は切らず話を聞け。段取りを教える」
益本だった。
私は辺りを見渡したが、それらしい人物は見当たらない。然程大きな駅ではないが、周辺は飲食店で賑わっている。そのどこかで、益本は私を見ているのだろう。否、見張っているのか。
「そのマクドナルドを左へ曲がれ」
言うとおりに進むと、人通りの少ない暗い路地に出た。
「西上はどこにいるんだ?」
「名前を言うな」
鋭い声で益本に注意される。
「そのまま百メートルほど進むと、ヤスキ第二ビルという汚いテナントビルがある。そこの三階に行け。エレベーターは使うなよ。三階の四号室にあいつがいる。奴は、ファイルを見ているはずだ」
「ファイルって?」
「なんでもいい。とにかく、夢中でそのファイルを見ているはずだ。奴はお前にいくつか質問するかもしれない。お前はその質問に、すべて『新人なので分からない』と答えろ。後で別の者がくると言え。それで奴は納得するはずだ」
「僕は、どうしたらいいんだ?」
「奴はファイルを見続けるはずだ。部屋の隅に、電気ポットと急須がある。それで奴に茶を淹れてやれ。ただし真似でいい。電気ポットが置かれたテーブルの下に、金属バットを置いている。そのバットで、奴の後頭部を叩け。奴はファイルに集中して、お前に背中を向けているはずだ。思いきり、叩け」
私は立ち止まった。そして、後ろを振り返る。
顔が確認できないほどの距離に、男が立っていた。益本だろう。
「どうした。早く歩くんだ」
携帯電話を通して促され、私は再び歩き出す。
私の双肩に、六十億人の命が乗っている。その中には、聡子と裕樹も含まれる。私は自分を鼓舞し、一歩一歩歩みを進めた。
「そこだ」
ヤスキ第二ビルが目の前に建っている。古く小さなビルだった。
「あまりその辺を触るなよ。終わったら、ドアノブとバットの指紋を拭き取れ。それ以外にも、触った憶えのある場所があったら、拭き取るんだ。入口で待っている」
益本の電話は切れた。