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三七 誓いと決断

 決断までの猶予として、私は一週間の期間を得た。しかし、何を考えたらいいのかも分からない。相談できる相手もいないのだ。

 結局は、単純な二択なのである。

 もし私が第三者の立場で、この選択を見た場合、迷うことなく人類を救えと言うだろう。

 たった一人の命と一人の犯罪者を生むだけで、60億人が救われるのであれば、その犠牲は小さいと思われる。そう、私は悩むべきではないのだ。弥生と、弥生の仲間の力を借りて、西上とかいう研究者を殺めるしか、道は残されていない。

 そう分かってはいるが、私は決断できずにいた。

 会社には直帰すると伝え、私は家に帰ることにする。

「やっぱり、疲れてるのよあなたは」

 昼前に帰宅した私を平然と迎え入れ、聡子は布団を敷いてくれた。本当にできた女房だ。そのときの私は、何より横になって休みたかった。

 そのまま私は、昼食もとらず夕方まで寝て過ごした。

 しかし、一睡もできなかった。

 目を閉じれば、何千何万という人々がもがき苦しむ様と悲鳴が聞こえてしまう。おまえのせいで死ぬのだと、皆が私を責め立てた。

 戸が閉まり、ドカドカと廊下を走る音が響く。

「パパ、病気なの?」

 先ほどまでの勢いを殺し、裕樹はそっとふすまを開けて私の様子を見ていた。

「いや、ちょっと疲れただけだよ。おかえり裕樹」

 もう幼稚園が終る時間なのか。聡子が迎えに行っていたはずだが、彼女が家を出た気配すら私は気付いていなかった。

「じゃあ、遊べないね」

 消え入りそうな声で、裕樹は呟く。

「そうよ、パパは疲れてるの。だからもう少し寝かせてあげてね」

 不満そうな顔で、裕樹はふすまを閉めた。

 やがて、テレビの音が聞こえてくる。聡子が注意したのだろう、ボリュームは直ぐに絞られた。裕樹が好きな、アニメの音楽がかすかに響いていた。


「晩ご飯、どうする?」

 気づくと、妻の顔が目の前にあった。私は眠っていたようだ。

 妻の手が私の額に触れる。

「熱は、ないみたいね」

「ああ、食べるよ」

 気だるい体を鞭打ち、私は久しぶりに起き上がった。軽い目眩を覚える。それでも、腹は減っていた。

「裕樹は?」

 私の問いに、聡子は呆れたように笑って時計を指差す。もう日付が変わりそうになっていた。

「お粥作ってあるの。他にも食べたい物あったら言ってね」

 それでいいと返事をして、私は部屋を出た。

 リビングのソファーに、裕樹は寝ていた。寝室には私が寝ていたため、聡子が気を利かせたのだろう。

「せっかく早く帰れたのに、なんだか可哀想なことしたかな」

 息子の寝顔を見ながら、私は呟いていた。聡子には聞こえず、黙々と食事の準備を進めている。

 裕樹の寝顔を見るだけで、一日の仕事の疲れは癒された。それは今、この状況においても同じだった。

 私は、裕樹が生まれた瞬間を思い出す。真っ赤な顔で、泣き叫びながら生まれてきた小さな裕樹。助産婦がほいと私の手に載せてきた時、私はその軽さに驚いた。こんな小さな人間がいるのかと、戸惑った。そして私はその時誓った。命にかけて、この軽い、小さな存在を守ってやろうと。贅沢はさせてあげられないが、命だけは守ってやろう。そう誓ったのだった。

 この誓いを思い出すことにより、私は決断できた。


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