二七 この世の終わり方
「世界が、終わる?」
私は弥生に聞き直す。
「そうです。この世が終ってしまうのです」
弥生の顔は真摯なものだった。悪ふざけや冗談の類ではないようだ。
「つまり君は、その特別なチカラをもってして、世界が終るという未来を見た、そうゆうことだね」
弥生はゆっくりと頷いた。
目が乾いたわけでもないのに、私は幾度も、小鳥の羽ばたきのような瞬きを繰り返す。
「この世は、どんな終わり方をするのかな?」
弥生の言葉の意味をあまり理解する間もなく、私はたずねていた。
「全ての人類が死ぬことになります。大人も子供も、金持ちも貧乏人も、例外なく死にます。人間は絶滅するんです」
私の目の前に、死体の山が浮かび上がった。交差点に、大学のキャンパスに、地下鉄の駅に、百貨店の食品売り場に、遊園地に、何千何万という死体が転がっているというイメージが見えた。
「なんで、人類は死んでしまうんだい?」
「ウイルスです」
弥生は即答した。
「死至率百パーセントのウイルスが蔓延します。対抗手段はありません。詳細にはわかりませんが、発症までの潜伏期間が長いのです。そして、極めて感染力が強いウイルスです。人類は気付かぬ間に全員がこのウイルスに感染し、なにもできぬまま死んでゆくのです。発症から一日で、バタバタと死んでゆくのです」
ウイルスで世界が滅びるという話は、映画や小説で何度も見るパターンの一つだ。しかし、映画では世界が滅びる前に、主人公たちの活躍によりその蔓延が阻止される。或いは、世界は完全には滅びず、僅かに生き残った人々が復興の希望となる、という結末が多い。
弥生の話では、誰ひとりとして助かることはなく、人類は絶滅するのだという。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ」
私は両掌を弥生に向けていた。
「仮に、仮にだよ、君のその話が実際に起こるものとして、この僕になんの関係があるんだい。話が大き過ぎて、とてもついてゆけない。君のチカラを僕が信じようが信じまいが、どちらにせよ僕に何ができるっていうんだ」
「あなたは死んでもいいんですか? 綺麗な奥さんや、可愛い息子さんが、恐ろしいウイルスで死んでしまってもいいんですか?」
「いいわけないさ。いいわけないけど、だとしても、この僕になにができるって言うんだ。マスクでも付けて、家族で山奥にでも籠ったらいいのか?」
「そんなことは無意味です。そのウイルスは、空気感染するうえに、呼吸はもちろん皮膚からも浸入してきます。宇宙にでも逃げない限り、ウイルスから身を守ることはできません」
「じゃあなおさらだ、僕にはなにもできないじゃないか。甘んじて、その運命を受け入れるしかないじゃないか」
私は、自分の声が震え始めていることに気がついた。
「あなたは、世界を救えるただ一つの希望なんです」
弥生は、私を睨むように見つめてそう言った。