第2部 第4章7話 赤い髪の悪意
「やあ、ジャン君、私もこっち来ちゃいました。まずい状況ですね。」
瓦礫の隙間には、なぜかラムスさんが居て、僕に笑いかけてきた。
突然のラムスさんの声に心臓が跳ねる。
どうして、下に居るんだ…。
わざと落ちたということなのか?
しかも、どことなく状況を楽しんでいるような雰囲気すらある。
何のつもりだ、何やってるんだこの人は?
すぐさまプープラも身を隠す様に瓦礫の隙間に体を入れてきたため、僕はラムスさんとプープラに挟まれて身動きが取れない。
「ジャン、もっと詰めて。」
「えっ、何、動けない。」
プープラの身体が押し付けられてきて、柔らかい感触がする。
また、違う意味で全身が硬直してしまう。
「プープラ…ち、近いよ。」
「…。」
「ジャン君、狭いから仕方ないけど、時間ないから、ほどほどにね。」
ラムスさんのからかうような言い方のせいで、イラっとして冷静になってくる。
それにしても、ラムスさんも、プープラも、後方支援隊の後ろに居たので、ほぼ通路に居たはず、なんでここにいるんだ?
しかも、ラムスさんには余裕を感じる?
この瓦礫の隙間は、安全地帯ということなのだろうか。
「ジャン君、状況を端的に説明するよ。いいかな。」
「は、はい。」
ラムスさんが、落ち着いた口調で、僕の耳元で優しく囁いた。
冷静さが戻ったことで、僕は短く返事ができた。
「ヴォルター団長とリチャード君は、落下時に瓦礫の下敷きになっている、生きてはいるが、
意識はなさそうだ。マルグリッド君の身体強化魔法がなかったら潰れていただろうね。」
「…。」
「ウィル君とメアリー君は、落下直後に投げ槍でやられているよ。
残りのエリス君達は上に残されたままだ、この場で動けるのは我々3人だけということだね。」
「…そんな。」
ラムスさんの言葉は、優しい口調なのにどこか淡々として聞こえた。
上には、エリス副隊長、ハンナさん、ジャックさん、マルグリットさんの4人。
ロバートさん、ウィルさん、メアリーさんがやられている。
ヴォルター団長とリチャードさんは、行動不能。
この場で動けるのは僕達3人だけ。
完全に奇襲を逆手にとられた、誘引、分断、各個撃破を受けている。
黒翼団がこうも簡単に…。
相手の数も、位置も分からない。
攻撃を受けていたことすら僕にはわからなかった。
僕は、絶望的な状況から、血の気が引く感覚しかなかった。
「来たようだよ。」
「…。」
土埃がさらに晴れてきている。
瓦礫を踏みしめる一人分の足音が微かに聞こえた。
こちらを探しているのか?
「さてと、ジャン君、これを使ってくれ、出来立ての魔石、おお王核石だよ。
プルトニウム239とも言うけど。剣に装填するから、ちょっと待ってね。」
「…ちょっと、まって。」
身動きの取れない状態の僕にお構いなしで、ラムスさんが僕の剣に魔石を入れ始めた。
押された反動で、プープラの身体を押してしまうが、もみくちゃ状態なので、どこを触っているか分からない。
ただ、妙に柔らかい。
「プープラ、ごめん。」
焦って変なところから声が出てしまう。
「…バカなんですか。」
小さい低い声が怒りを感じる。
わざとじゃないんだって。
「そういうのは、ほんと後でやってね。あと、剣のリミッターも解除したから、これで準備万端だ。」
足音が明らかに走る音に変わり、明確にこちらに近づいてくる。
「ほら、ジャン君の声で場所がばれちゃった。」
僕は恐怖で全身が硬直した。
ラムスさんは、楽しそうな笑い声だ。
緊迫している状況なのにラムスさんに緊張感が感じられず、まるで何かを楽しみにしているようにウキウキしているようで、違和感がする。
「さて、頼んだよ。」
「え、はい。」
「私達は大丈夫だから、この場で、剣を二段階起動して、
そのまま一気に決めに行って、手加減しちゃだめだよ。」
ラムスさんが、笑いかけるように囁いた。
足音のおかげで、だいたいの方向と距離はわかるけど、この狭い瓦礫の隙間で魔剣を二段階起動して、本当に大丈夫なのか?
そんなことをしたら、排熱で周囲が一気に吹き飛ぶ。
ラムスさんとプープラがただでは済まないのでは…。
足音が迫ってくる。
時間がない。
結果を想像したとき、ラムスさんとプープラの顔が浮かんだのだが、おかげでなぜか大丈夫な気がしてきた。
ラムスさんが大丈夫という時は、だいたい大丈夫なのだ。
「プープラさん、初撃後、弓で牽制弾幕張よろしくね。」
「…言われなくてもやります、マスター。」
「もう、そこは、分かりましたで良くないかなあ、なんか怒ってる?」
「マスター、うるさい。」
ラムスさんからは、全く緊張感が感じられない。
なんで、こんなに落ち着いていられるんだろう?
「ジャン君、間に合わなくなるよ。」
「…い、行きます。」
僕は、大きく息をすって、小声でつぶやいた。
『エクスペルギスケレ』
『セクンダ・パシス』
巨大な衝撃音が響いた。
樹海竜戦の時とほぼ同様に、剣と全身から青白い稲妻が走り、僕達が隠れていた空間を形作っていた瓦礫は、粉々に爆発飛散している。
僕が蹴りだした足場は、白熱融解して蒸気を上げ、水蒸気爆発により土煙と一緒に周囲に一気に拡散し、良い目くらましになっている。
ラムスさんは、大丈夫なんだろうが、プープラは無事だろうか?
僕は、蹴りだした突進力で、敵がいる方向へ、一直線に距離を詰める。
視界に黒いマントを羽織った人影がこちらに突進してくるのが見える。
こいつがみんなを、ハンスさんを?
とにかく敵ということだ。
完全に不意をついた要撃になった。
渾身の素早さで、黒マントに剣を振り下ろす。
空間が歪み、青白い閃光が周囲に走る。
土煙で視認できなかった敵の姿がはっきりと見えた。
これは絶対に当たる、この威力では、相手が粉々になってしまうが、いいのか?
剣速は、トップスピードに達しているので、もう止められない。
重さを無くしたかのような音を超える速度で剣が振り下ろされていく。
止めた訳でも、迷いがあったからということではない。
なにが起こった?
僕の渾身の一撃が、剣で受けられて弾かれ、解放された熱と応力と反作用の爆発的な衝撃で、僕は反対の壁まで吹き飛ばされた。
黒マントの背後が広範囲に爆発して巨大な大穴が開くとともに、吹き飛んだ僕が衝突した壁は、粉々に崩れ、周囲は白熱して煙を上げていた。
弾かれた?
あの樹海竜ですら、一撃で粉砕したほどの威力なのに…。
全身がチリチリと焼けるような感覚がしてくる。
身体が軋む。
応力を完全に相殺できなかったのか…。
え?
どういうことなんだ?
理解が追い付かない。
黒いマントが爆風ではだけて、顔が露わになっていた。
プープラと瓜二つ。
赤い髪が爆風になびいている。
二本の長剣を携えた赤い瞳が起き上がる僕を凝視していた。
MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_
---------------------------------------------------------------
型式 STATUA-2B 識別名 PUPULA 兵装管制 ONLINE
PRIMARY-WEAPON:ARCUS FULMINEUS+1
セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州JUVAVAUM地域
観測対象 人間亜種_雄_AEG15_NAME:JEAN
PRIMARY-WEAPON:GLADIUS+1
[UPDATED_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v8.16]
---------------------------------------------------------------
* 目的関数: 【観測対象報酬累積最大化】
* 閾値判定マトリクス:
‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]
‐対象相対関係性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]
‐対象社会性 > 閾値:FALSE
‐対象感情多様性 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]
‐累積矛盾解消 > 閾値:FALSE
‐………
* 安全装置プロトコル
‐マスター命令優先度:57.6%
‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先
[PROCESS_STATUS: CAUTION]
* FILTER TARGET 0
* ENEMY 1
-STATUA-3A: SISTER MODEL
* DANGERROUS INDIVIDUAL 0
[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_055 ONLINE]
---------------------------------------------------------------
対象の観測、および飼育環境の最適化処理を開始。
外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。
次回ログ生成時の再接続を要望します。




