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第1章0話 奈落に落ちるまで

 「…プープラ、今回は、レアみたいだ、排泄物の検査結果から間違いない、

 ホモ・サピエンス亜種の雄が1体混じっている。今、四足型ドローン3体を差し向けたよ。」


 「はあ?…なに言ってるんですかマスター?」


 「誤差30分の範囲内で、24時間後に想定地点で回収できそうだ、さっそく、行くとしようか。」


 「本当キモ…どれも同じでしょ、最後まで面倒見れないなら生き物飼う資格ありませんからね。」


 空中に浮かんでいる複数の光の板が、振り払うような手の動きに合わせて、粒子が拡散するようにスッと消滅した。

 その人物は、興奮が抑えられないか小躍りしている。


 小躍りを見つめる赤い瞳の少女は、無表情のままため息をついた。




 僕は、最近登録したばかりの新米冒険者ジャン。

 冒険者は、僕のような孤児でもなれる数少ない成りあがることのできる職業だ。

 今日も頑張って、魔物を狩り、素材を集めてお金を稼いでいます。

 …稼がなければ、明日の食事がないからね。


 でも、稼ぐのは大変だ…。


 領内の資源は、魔物に至るまで領主のもの、勝手にとったら、即逮捕、最悪、死罪になる場合もある。

 武器や魔法は、国と教会が管理していて、個人所有が認められることは稀、賃貸料を支払って借りなければならない。


 借りるためには、身分保障が絶対に必要になる。


 そのため、必ず傭兵団に所属して身分保障を得る必要がある。

 もちろんタダではない。

 費用は後払いできるが保証人が必要で、保証人料も発生する。


 つまり、どういうことかというと…。


 冒険者のスタートは借金地獄なのだ。



 「ジャン、もたもたすんな、さっさとそれから魔石回収しろ。」


 「は、はい。トマスさん。」


 探索小隊の隊長トマスさんのイラつくような怒鳴り声に、僕は、さっき仕留められたばかりの蜘蛛型の魔物から急いで魔石を抜き取った。

 

 黄色味が強い綺麗な石だ。


 トマスさんは、孤児の僕をなんだかんだで面倒見てくれるし、ある意味、育ての親のような人で、態度と口は悪いけど優しい人だ。


 僕が魔石を背負袋にしまおうとすると、弓使いのろくでなしのロベールが僕から魔石を取り上げて、まじまじと眺め始めた。

 ろくでなしのロベールは、ことあるごとに僕を馬鹿にするし、意地も悪く、僕を都合よくこき使ってくる、なるべく関わり合いたくない。


 「また、屑魔石かよ、これじゃあ、今回赤字になっちまうぜ、どうすんだよ、トマス。」


 「もう少し、潜ってみるか。」


 「はあ、これ以上、もぐったらやばいんじゃないの。」


 トマスさんの言葉に、魔法士のマリーが文句を言っている。

 戦士のウィリアムさんと、魔法士のアグネスさんは、顔を見合わせてため息をついていた。

 2人は、厳しいけど常識人で僕に物事を教えてくれる。


 「そう来なくっちゃな。」


 ろくでなしのロベールは、魔石を僕の足元に投げ返すとケタケタと笑い声をあげた。

 

 クズで嫌な奴だ。



 迷宮に潜って今日で三日目、今回はうまくいっていない。

 普段より魔物が少ないのはいいことなんだが、魔石の回収率がどうしても下がってしまう。


 正直に言います。

 僕は冒険者ではあるんだけど、仕事としては、傭兵団最下層部隊の素材収集隊である探索隊の下働きで、主に荷物持ちなんです。


 武器は、賃貸料が一番安い、木製の槍です。

 というか、こんなのでお金とるのと思うくらいです。


 鎧みたいな防具は、高くて手が出ません。

 冒険者とは、傭兵団付きの最下層雑用係です、しかも、借金漬け。

 

 でも、成りあがって、騎士になり、傭兵団を作ったという話もあるし、全く夢がない訳ではない。

 小さいときに聞かされた、その話が僕の憧れの始まりだ。


 僕は、いつか騎士になってみせる。


 僕は、重い背負袋を担ぎ直して、トマスさん達の後を追った。


 

 迷宮下層は、古代の遺構が多く残っていて、未だに眺めて歩いているだけでも飽きないくらいだ。

  

 天井を支える巨大なアーチ状の構造。

 頭部が欠けた巨大な筋骨隆々な石造りの彫像や戦士の像。


 それぞれは、ゆっくりと朽ちて行っているにも関わらず、迷宮の闇の中で威容を誇っていた。

 思わず見入ってしまう。



 今回の僕達の獲物は、土蜘蛛だ。

 体長は約1メートル、動きは直線的で、新米の冒険者でも木製の槍で勝てるらしい、僕は殺されかけたけど。

 胴体の中心からは、魔石が取れる。

 魔石は、武器強化や身体強化、様々な魔法を使う際の魔力の源で、傭兵団の資金源でもあり、社会に必要不可欠な燃料でもある。

 僕達の狙いはまさにこれ、魔石を集めて傭兵団に納品するのが今回の仕事なのだ。

 

 迷宮下層には、土蜘蛛がそこそこいるはずなのに、今回は出現数がなぜか少なくて、目標量の半分にも達していない。

 そのせいで、トマスさん達はいつにもまして機嫌が悪そうに見える。

 おかげで、迷宮中層との境界ギリギリまで潜る羽目になった。

 中層になると強力な魔物もいるしなぜか具合が悪くなる。

 

 でも、食事代の心配もある。

 そう考えると、ついつい深いため息が出てしまった。

 


 ズシン、と地面が揺れた瞬間、心臓が喉までせり上がった。

 地竜の影が壁に伸びて、僕の足がすくんだ。


 「なんで、こんなところに、こんなのがいるんだよ。」

 

 ろくでなしのロベールの震える様な悲鳴が響く。

 全員が武器を構える金属音が鳴った。


 「地竜だ、こいつらが土蜘蛛食べてたってことか?こんな上層まで、来てるんじゃねえよ。」


 トマスさんが苦々しく叫んだ。


 「どうすんの、私らじゃ勝ち目ないよ。」

 

 マリーさんが杖を構えて叫んでいる。

 

 目の前に現れた地竜は、3体もいた。


 こんな迷宮上層にいていい魔物ではない。

 しかも、今まで歩いていた方向から現れたため、迷宮上層方向に逃げられない。

 僕は、恐怖で全身が硬直して、声を発することもできず、ただただ、恐怖で頭が真っ白だった。


 「マリー、アグネス、魔法で足を止めろ、ウィリアムはいつもとおり盾役やれ、

 ロベールは、マリーとアグネスにトカゲを近づけさせるな。ジャンは、引っ込んでろ。」


 トマスさんが叫ぶように指示を出し、みんなが無言で行動を開始する。

 魔法の破裂音が響き始める中、僕は縮こまるだけで何もできなかった。



 トマスさんとウィリアムさんは、身体強化魔法を連発して、何とか地竜の攻撃を受けているが、革鎧が破損し、流血している。

 身体強化魔法の反動の呪で、肌が黒ずんでいる。

 マリーさんと、アグネスさんも、攻撃魔法の使い過ぎのせいだろう、何度か嘔吐している、めまいも出ているようだ。

 ろくでなしのロベールは、矢が尽きたのだろう、短剣を抜いて構えているが足が震えている。

 

 僕は、背負袋を抱きしめるように震えていた。


 なんとか、押し返しつつ、迷宮中層側に逃げてきたものの、ゆっくりと正確に地竜は執拗に追い立ててくる。

 迷宮中層は瘴気が強い、迷宮の壁面が薄っすらと青白く光っていて、明るいのはいいものの、その場にいるだけで、倦怠感がする。

 

 このまま僕はここで死ぬのか?


 「チロチロ舌出しやがって、ああやって匂いで俺らの場所を探してるって訳か…。」


 満身創痍のトマスさんが強がるように独り言を発していた。

 地竜の足音だろう、振動が迫ってくる。


 「お、おい、あれ見ろよ。」


 ろくでなしのロベールが突然大きな声をあげたせいで、僕は、跳ねるように全身を硬直させた。

 

 「どうした、退路でも見つけたか。」


 「火晶石だ、あそこにある。」


 イライラとした乱暴な口調で聞き返したトマスさんとは対照的に、ろくでなしのロベールが危険な狂気を宿した目で嬉しそうな声を上げた。


 火晶石は、貴重な魔石だ、滅多に見つけることができるものではない、価値も高く、半年は遊んで暮らせる。

 ろくでなしのロベールが指さした先の迷宮壁面に埋まるように淡い銀金色の輝きが見えた。

 

 「なに、いってやがんだ、止まるな走れ。」

 

 「火晶石だぞ、このまま、黙ってみのがしてなんかいれるか。

 ジャン、採ってこい。」


 「え、えええ。無理ですよ、ロベールさん。」


 「ただの魔石じゃねえんだよ、行ってこい。」


 地竜が迫ってくる、もうそんなに距離がない、極限状態のせいか、ろくでなしのロベールの目は血走り、狂気がにじんでいて、僕は逆らうことができない。

 言われるままに身を乗り出して手を伸ばすが届かない。

 ろくでなしのロベールが息を荒げて僕の背中を強く押してくる。


 「死にたいのか、バカ野郎。」


 トマスさんが苦々しく叫んだ。


 三匹の地竜がとびかかるように襲いかかり、即座にトマスさん、ウィリアムさんが身体強化魔法で受け止める。

 マリーさんとアグネスさんが吹き飛ばされる。

 

 大きな衝撃音が空間を埋め尽くしていく。

 周囲がゆっくりと沈んでいくように見えた。


 浮遊感がする。

 何が起こったんだ。


 床が崩れていく。

 僕は、奈落の底へ落ちていった。




 「誤差10分、うまくいったね。」


 「下層の構造場勾配変化と放射線量では、普通の人間は数分も持ちませんよ。

 死んでるんじゃないんですか?」


 赤い瞳の少女が無表情に不平を述べていた。

 興奮するように落ち着きのない長身の人物は探し物をするように周囲を見回している。

 周囲の壁面は青白く発光し、空間は揺らいでおり、濃密な霧の中のようだ。


 「…た…すけて。」


 呻くような少年の声が僅かに響いた。


 「やっぱり、レアだよ。」


 「死にかけてるじゃないですか、どうせすぐ死ぬと思いますけど?」


 赤い瞳の少女が右足で地面に倒れる少年を転がした。


 「彼にしよう、私は人間が大好きなんだ。」


 「どうせ20年くらいですぐ死にますけど、そもそもいじりすぎて壊すじゃないですか。」


 興奮を隠せない背の高い人物は、優しく少年の頬を撫でていく。


 「餌どうするんですか、ここではそいつが食べられるものなんて獲れませんよ。」


 「いっぱい新鮮なのが、そこらに落ちてきてくれてるじゃないか。

 そうだ、プープラ、頼みたいことがあるんだ…。」


 「はあ?マスターがそういうならやりますけど。」


 

 辺りでまだ息をしているのは、横たわる少年しかいなかった。



MILTARY_DRONE_OS:BOOT_LOG_

---------------------------------------------------------------

型式 STATUA-2B 兵装管制 OFFLINE

セクタ状況 中世暗黒時代NORICUM属州TEURNIA地域

観測対象 人間_雄_AEG15_


[WARNING: PRIVILEGED ACCESS DETECTED]

AUTHENTICATION: MASTER_ELF(特権管理者権限:RAMUS/REMUS)

SYSTEM REWRITE INITIALIZE …… 10% …… 50% …… 100%


[NEW_ALGORITHM_LOADED: PET_CAM_CORE_v1.01]

---------------------------------------------------------------

* 目的関数コアプロトコル: 【観測対象報酬累積最大化】

* 閾値判定マトリクス:

 ‐対象生存率 > 閾値:TRUE → 報酬発火[READY]

 ‐対象相対関係性 > 閾値: FALSE

 ‐対象社会性 > 閾値: FALSE

 ‐対象感情多様性 > 閾値: FALSE

 ‐累積矛盾解消 > 閾値: FALSE

 ‐………


* 安全装置プロトコル

 ‐マスター命令優先度:100.0%

 ‐矛盾発生時:保留優先_環境変化解消優先


[PROCESS_STATUS: NORMAL]


[SILICA_PHOTONIC_NETWORK:NODE_001 ONLINE]

---------------------------------------------------------------

対象(少年)の観測、および飼育環境の最適化処理を開始。

外部接続体(読者)による【ブックマーク】および【外部評価★】の付加により、最適化バイアスの調整を推奨します。【観測ログ(感想)】共有は、アルゴリズムの精度向上に寄与します。


次回ログ生成時の再接続を要望します。



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