外伝 片膝指輪パカッ
「未知流〜、ちょっと礼拝堂に来てー」
未知流が浴室掃除をちょうど終えたタイミングで、慶太は彼女を呼んだ。
「何、慶太?」
「あ、未知流、これ持ってて」
シャツを腕まくりし、膝まで捲ったズボンの裾を下ろしながら礼拝堂に入ってきた未知流に、慶太は無造作に花束を渡した。
「ああ、その花瓶に生ける花ねー、てか今朝替えたばかりじゃない?ほらまだ萎れてないし」
「いいから、いいから。それ持ってほら、ここに来て」
花束を持った未知流を祭壇の前に誘導する。
横の扉が開いてナディシアが入ってきた。ナディシアは白い長衣を着て何やら数枚の紙の束を持ってオルガンの椅子に座った。
「何? 何?」
未知流が不審がる。
不審な顔で眉間に皺を寄せる未知流と祭壇の前で向かい合い、慶太は片膝をつく。ポケットから小さな箱を取り出した。
「未知流、結婚してくれ」
取り出した小箱の中にはアクアマリンのついた指輪が一つとシルバーのシンプルなデザインの指輪が二つ入っていた。アクアマリンは、未知流の誕生石だ。
「ええ〜っ!」
ナディシアがオルガンを弾き始めた。
この国の結婚式で使われる曲ではない。これは、木村カ○ラのbutterflyだ。
するとその曲に合わせて礼拝堂の横の四つの扉から人々が入ってきた。左の前の扉から、ルイードと長老とノーディンとエンゾ、後ろの扉からは、ジュールとロイス、それにオーティスとマリエンヌとエリーザ、そして右の二つの扉からは孤児院の十人の子ども達。
入ってきた者たちは、みんなナディシアが弾く曲に合わせてステップを踏んだ。
「ええ〜っ、フラッシュモブ?」
「未知流、指輪」
「あ? ああ、ありがとう」
慶太が未知流の左手をとり、薬指にアクアマリンの指輪をはめる。
「返事は?」
「ええっ、もう婚姻届出してるし、フラッシュモブって流行遅れじゃない?」
未知流はまた思ったことを口にした。
ステップを踏んでいた人たちが、全員凍りつく。ナディシアもオルガン演奏を止めた。
「‥‥‥もぉ〜、お前は何で俺の努力とみんなの協力を踏み躙るようなこと言うんだよ〜」
慶太はガックリと項垂れる。
「ご、ごめんなさい、あの、ありがとう慶太、皆さんもありがとうございます。嬉しかった」
「それでいいんだよ、全く」
慶太が溜め息をついて、皆にお辞儀をする。
気を取り直した人々が二人の周りに集まってきた。
「ケイタ、ミチル、結婚おめでとう〜」
ルイードが祭壇までやって来る。
「では、これより有馬慶太と中西未知流の結婚式を執り行います」
マリエンヌがレースのウエディングベールを未知流に被せた。
「これは母のものなの」
「ええ〜っ、こんな作業着でぇ?ウエディングドレスはぁ?」
未知流のズボンは片方捲りあげたままだった。
「お前って奴は、もう!このおしゃべりな口を封じてやる!」
慶太が未知流の唇を自らの唇で塞ぐ。二十五センチの身長差のため、慶太はかなり背中を丸めてしまう。
「ヒュ〜」
何処からか、からかいを込めた歓声が響いた。子ども達のようだ。
「ケイタさん、誓いの口づけは、まだ早いですよ」
ルイードが苦笑して言った。
その時、礼拝堂の正面の扉が開き、一人の人物が入ってきた。
「間に合ったか?」
「ジョルテロア 国王陛下!」
慶太と未知流が同時に叫んだ。
そこにいた全員がその声を聞いて再び凍りついた。
「え?国王陛下?」
「オーティスから話を聞いてね。二人にはお世話になったから。ケイタ、ミチル、結婚おめでとう!」
「国王自ら参列して頂けるなんて、感無量です」
「ありがとうございます、陛下」
慶太と未知流は感謝の意を述べた。
慶太は、未知流にプロポーズするにあたり、事前に周到な準備をしていた。
まず、日本に帰って指輪を購入。サイズは未知流がニキ酒で泥酔した時にこっそり測っていた。
butterflyの楽譜を手に入れ、ナディシアに渡してオルガンでの演奏を依頼。ナディシアはかなりのオルガンの名手で、ほぼ初見で弾ける。
さらに教会の皆と子ども達、それにオーティスに、曲に合わせて簡単なステップを踏むように頼んだ。オーティスから国王に話が伝わったのは想定外だったが。因みに国王はお忍びで、護衛にアリアムだけを連れて来ていた。
「それでは式を始めます」
未知流の空気を読まない言動で、台無しになった感はあるが、式は粛々と行われた。
指輪交換の風習はこの国にはなく、式を執り行うルイードは少し戸惑った。
☆○
「次はマリエンヌですよ」
式の後、皆からの花びらのシャワーを浴びながら、未知流は花束をマリエンヌに向けて投げた。ブーケトスの風習もこの国には無かったが。
花束を受け取ったマリエンヌは、ルイードの方にちらっと目をやり、頬を薔薇色に染めた。
『星と丸の王国 外伝』 了
※フラッシュモブが流行遅れという事実は今のところございません(ネット検索した限りでは)。




