第29話 面通しと司法取引
–未知流–
「公爵家の見張りの具体的な方法は、こちらで決めていいか?」
「お願いします」
「マリエンヌの容体を考えるとできるだけ早い方がいいな」
「それは、‥‥‥任せるよ。ジョリーも忙しいだろうから」
オーティスは、早くやって貰いたいと言いたいのを抑えたと思った。幾ら親友と言っても一国の王様だ。自分の都合ばかり通す訳には行かない。
「遠慮するな。早い方がいいに決まってる」
国王陛下はオーティスの気持ちを慮って言った。さすが幼馴染み、心が通じている。
「屋敷には二、三ヶ月に一度しか来ないのなら、街も捜索しましょう。その方が早いでしょう」
アリアムが提案した。
「出来るか?」
「王の命令があれば」
「頼む」
「依頼ではなく命令ですよ、陛下」
二人はいい関係だ。
「次は、その男がクリスタン卿の命令で司教を襲ったことを吐かせる事だな」
「それは証拠が無いから吐かせるしかないのだろう、ミチル」
オーティスに訊かれた。
「そうですね。司法取引はどうでしょう」
「しほう取引?」
慶太以外の三人が口を揃えて言った。
「吐けば、罪を軽くしてやるって取引するのです」
「ほー、司法取引。さっきのは何だっけ」
「面通しですか」
「それそれ、司法取引、面通し、指紋。知識が増えるのは楽しいな」
王様は好奇心と知識欲が強い。いい国王になるだろうな。
「そんな取引は、これまでだってやってきたでしょう」
慶太が訊いた。
「そうだな。そんな言葉がなかったって事だ。じゃ、死刑のところを国外追放くらいにしてやるか」
「刑罰も決められるのですか」
「うん、俺、国王だもの」
強い味方が出来てホントにラッキーだ。
「次は奴隷解放だ」
王様は、議事を進めた。
「その人買いが犯人だとして、そいつは公爵家に奴隷を売っている」
「奴隷を監禁すること自体が罪だから、まずは屋敷に踏み込んで、監禁の事実を確認する」
慶太が続けた。
「踏み込むことが事前に公爵家にバレたら、奴隷を別の場所に隠したり、外に逃したりするかも知れないので、そこはバレないように慎重に進めないといけませんね」
私も続いて言った。
「その人買いを捕らえたことも知られたら厄介なことになりそうです」
差し出がましいようですが、と前置きをしてアリアムが言った。
「そうだな。その男の口から公爵家に奴隷を売った事が漏れると思って先回りされる可能性があるな。いいぞ、どんどん差し出がましく意見を出せ」
王様が応えた。
「公爵はそこまで考えが及ぶでしょうか」
オーティスは、公爵とその息子は頭が悪いと思っている。
「ああ、悪い事をする奴はズル賢いって相場が決まっている」
王様が断定した。
「人買いを捕まえたら、素早く証拠を突きつけて吐かせ、すぐに公爵家に乗り込み、奴隷を解放して、公爵と息子を捕える。そしてマリエンヌを助ける。こういう段取りだ。時間が余りない、急ぐぞ、アリアム」
「すぐに手配します」
「見てろ、モートデルレーン親子をぎゃふんと言わせてやる」
ぎゃふんって‥‥‥
「その奴隷たちは、どうするんですか」
慶太は、その事がどうしても気に懸かるようだ。
「とりあえず、他の魔法使いと同じ牢獄に入れるしかないな」
「ロイスは?」
「その子は今まで通り教会で預かっておけ。その子の事は知らなかった事にするから」
「ありがとうございます」
「ジョリー、マリエンヌはどうなるのか。彼女も奴隷の件は知っていたんだ。同罪になるんじゃないのか」
「そこは任せろ。彼女の健康が心配なんだろ」
「ああ」
「大丈夫だ。悪いようにはしない」
丁度その時、部屋がノックされ、国王陛下は、公務に連れ出された。
–慶太–
国王に挨拶も出来ずに、俺たちは再びオーティスの馬車で教会に戻った。
「国王陛下がマリエンヌを救ってくれると約束してくれました」
オーティスは、ルイードに今日の事を報告して帰って行った。
ルイードは、安堵の表情を隠さなかった。
その二日後、事が動いた。
一台の馬車が教会の前に止まった。中から出て来たのはアリアムと、二人の騎士に捕捉された男だった。ルイードは礼拝中だったので、すぐに応接室に案内した。
男は、特徴通り前歯が一本なく、右目が白く濁っていた。
男と二人の騎士を残して、アリアムが外に出て来た。
「案の定、奴は司教を襲ったことを認めていません」
『歯がないとか、右目が濁ってるだとか、そんな男は国中に幾らでもいるだろうが』
男はそう息巻いているという。
「では、面通しの前に、指紋と靴跡を確認しましょう」
俺は、インクを含ませた布を用意して、未知流を呼んだ。
『何の真似だ』
男は抵抗したが、騎士がガッチリ掴んで、親指の指紋を取った。そして、左の靴も脱がせた。
未知流が以前紙に取った指紋とナイフ、それから靴跡のついた布巾を持って来た。
指紋は一致したが、男は反論した。
「何だってんだ。指紋?みんな同じじゃねぇのか」
「指紋は一人一人全部違うんです」
こんな事を言っても、この時代、知識がないから信じて貰えない。第一、アリアムも含め三人の騎士たちも半信半疑だ。これは証拠としては不十分だ。
次に未知流は、靴跡がついた布巾を広げた。
「ここに特徴があります」
指差したところを見ると、踵に二箇所、溝が欠けている部分があった。
男から脱がせた靴をひっくり返すと、同じ場所が欠けていた。
(同じ靴を履いていてくれて良かった!)
俺は安堵した。いつも同じ靴を履いているとは限らない。
「全く同じだ」
これには三人の騎士たちも納得した。
「踵が欠けた靴を履いてる奴なんて国中に大勢いるだろ!」
「こんなに全く同じ場所が欠けている靴をか!」
アリアムは、低く通る声で凄んだ。
最後に面通しをした。礼拝が終わり、人々が教会から出た後、ルイードを呼んだ。
ルイードを見て、男は一瞬たじろいだが、すぐに目を逸らした。
騎士は男の顔を抑えて、司教に向けた。
「あの時の男です」
司教は、はっきりと認めた。
「協力ありがとうございます。あとはこちらの仕事です」
二人の騎士が男を馬車に乗せている間、アリアムが礼を言った。
「見つかるの早かったですね」
たった二日で見つかるとは正直思っていなかった。
「やはり公爵家に奴隷を連れて行った時に行き合わせたのです」
「タイミングがよかったのですね。公爵や息子達には彼を捕えたことは知られてないですか」
「勿論です。そこは抜かりなく」
「それはそうですよね。失礼しました。ではあとはよろしくお願いします」
「ケイタさんは、地下室を探索されたということでしたよね。場所を教えて頂きたいのですが」
「あ、そうか。それでしたら見取り図が。ちょっとお待ち下さい」
俺は、ロイスに描いてもらった公爵家の見取り図を部屋からとって来てアリアムに渡し、説明した。
「助かります。これで踏み込んですぐに探せます」
マリエンヌ様がご無事で救われますよう、願っております」
ルイードがそう言って、馬車を見送った。




