第27話 葬儀と犯人
–未知流–
意外と時間がかかったので、教会に帰り着いた時、ルイードとナディシアが酷く心配していた。
「何かあったんじゃないかと思って、もう気が気じゃなかったわ!」
「すみません。国王陛下と王妃とマリエンヌのお兄さんと五人で盛り上がってしまって」
「オーティス殿と会ったのですか」
ルイードが驚いて声を上げた。
「クリスタン卿はマリエンヌさんに会わせてくれないそうです」
ルイードにそう報告をした。
「オーティス殿にも、ですか」
「はい」
「彼女は、まさかもう‥‥‥」
「いや、まさかそんなことはないと思います」
ルイードも私も、最悪の事を想像していた。
その五日後、教会に一台の馬車がやって来た。降りて来たのは、マリエンヌの兄オーティスだった。
「ああ、ミチル。ちょうどよかった」
オーティスはひどく慌てている様子で、たまたまそこにいた私にそう言うと、挨拶もそこそこに開け放たれていた正面扉から礼拝堂に入って行った。
私はオーティスの左胸に黒いリボンを認めて息を飲んだ。
この教会に住み始めて、私は信徒の葬儀を二度経験した。この国では死人が出ると家族は左胸に黒いリボンを縫い留める風習がある。六日間の喪が明けるまで、そのリボンはずっと付けておく。
教会や墓地で行われる葬儀では、儀式を執り行うルイードは白い長衣に黒い細長い帯のようなものを首から下げる。参列者も黒い喪服を着る必要はなく、普段着の左胸に黒いリボンを縫い留めておけばいいのだ。すごく合理的だ。
そのリボンがオーティスの胸に‥‥‥
(まさか‥‥‥)
彼は真っ直ぐに祭壇まで行き、祈りを捧げていたルイードに後ろから声を掛けた。
「ルイード司教」
「何と、オーティス様‥‥‥」
振り向きざまに、やはりオーティスの胸のリボンを見て、ルイードは驚愕の表情を浮かべ言葉を詰まらせた。
「ご無沙汰しております、ルイード司教。あ、いや、亡くなったのはマリエンヌではなく、母上です」
オーティスは、ルイードの視線で心を読んだようにそう言って、胸のリボンの上に手を置いた。
「‥‥‥お母様が。それは、ご愁傷様です」
安堵の表情を隠して、ルイードも左胸に手を置いて祈りの言葉を唱えた。
(マリエンヌでなくてよかった)
母親の死だって痛ましい事ではあるけど、そんな風に感じてしまったことは否めない。
「マリエンヌの事でお話があります」
「‥‥‥そうですか。では、こちらにどうぞ」
「ミチル、貴女とケイタも同席を願えますか」
オーティスが私の方を振り返って言った。
「はい、慶太を呼んで来ます」
オーティスを応接室に案内して、厨房にいた慶太を呼んだ。
–慶太−
「魔法使いは捕えられて牢獄に繋がれている」
国王から受け入れられない事実を突きつけられて、俺は愕然とした。じゃあ、公爵家の奴隷を解放しても、結局同じ事になるのか、しかも、一生牢獄暮らしとは限らない。死刑にされる可能性もあるという。
ロイスだってこの教会にいつまで置いておけるか分からない。
どうしたらいいのか。
とりあえず、ロイスの出身地を聞いてみた。
「僕の家はここキヨルスにあります。うんと南の端の海の近くですけど」
王都にも子どもを売るほど貧しい者が住んでいるのか、俺は驚愕した。それとも、ロイスが魔法使いでなかったら売られたりはしなかったのか。
「それとお爺さんもその近くの生まれです。よく話をしていました」
ロイスを一番可愛がっていた老人もこの王都の出らしい。
「あとの二人はキヨルスではなかったけど‥‥‥」
ロイスは、記憶を辿っている。
「ああ、ジムルは確か東の出身でした。東の海の話をよく聞きました」
ジムルは成長魔法の使い手だという。
「クンロタはどこの人か分かりません。その人とは余り口をきかなかったから‥‥‥」
監禁されている三人中二人はモートデルレーン公爵の領民ではない事が分かった。
では、二人だけは助け出せるのか。
しかし、助け出した後、王宮の牢獄に入るのと、今のまま奴隷でいるのとどっちが彼らにとっていい事なのか。牢獄から出獄できる可能性はあるのか。死刑にされてしまうのか。助け出す前に、もう少し国王と話し合う必要がありそうだ。何とかもう一度、国王と会うことは出来ないものか。
そんな時、オーティスが教会にやって来た。彼は、かなり憔悴していて五日前よりも少し痩せたように見えた。
「母上が三日前に亡くなって、やっとマリエンヌに会えたんだ」
流石に実母の葬儀に娘を参列させない訳にはいかず、クリスタン卿はマリエンヌを幽閉から解いた。しかし、マリエンヌが父や兄に事実を告げるのを恐れたのか、クリスタン卿は、葬儀の間中ずっとマリエンヌのそばを離れなかった。
マリエンヌもオーティスも、彼が離れるタイミングを見計らっていた。
「ルイード様が、そんな!」
クリスタン卿が仕事の関係で呼ばれて離れた隙に、オーティスが、ルイードの事件をマリエンヌに話した。
「怪我で済んでよかった」
マリエンヌは、心から安堵したようだった。
「私、犯人に心当たりがあります」
マリエンヌは、教会から連れ戻され自室に幽閉されたあと、一人の男が屋敷にやって来て、庭でクリスタン卿と何か話しているのを聞いた。ロイスを連れて来た人買いの男だった。
「三階の部屋の窓からなので、全部は聞こえなかったのですが、教会とか司教とか言う言葉が聞き取れました」
間違いない。その男がルイードを襲った犯人だろう。クリスタン卿は、人買いという違法な仕事を生業にしている男なら、何でも引き受けるだろうと考えたのか。
どうにかして、その男を捕えることは出来ないものか。
「マリエンヌは、酷く窶れて、髪も肌もぼろぼろになっていたんだ」
オーティスは、拳を握りしめて怒りに声を震わせた。
マリエンヌは、幽閉されている間、実家に手紙を何度も書いたが、送られることはなかった。使用人に渡しても、クリスタン卿が全て握りつぶしていた。オーティスが送った手紙や伝言も、マリエンヌに伝わることはなかった。
全ての情報が遮断され、使用人が運んでくる食事も喉を通らないほどに心身が耗弱し、絶望していた矢先の母親の死の知らせに彼女の心は崩壊寸前だったという。
「僕はあいつを許せない」
ルイードも、唇を噛み締め、心の痛みと怒りをじっと我慢しているように見えた。
しかしそれでもマリエンヌは気丈に振る舞い、もう一つの情報をオーティスに齎した。屋敷に監禁されている奴隷の出身地の事だ。
オーティスが、国王と俺たちとの話を覚えていて、マリエンヌに訊いてみたのだ。
「彼らは皆、モートデルレーン家の領地の出身ではない筈です。だからこそ、隠しているのです」
「マリエンヌ様は今はどちらに?」
ルイードが絞り出すように訊いた。
「葬儀が終わるとすぐに、連れ帰られたよ。また幽閉されているかもしれない」
ルイードはもう一度左胸に手を当て、何か呟いた。
「僕は喪が明けたら、王宮に行くつもりだ。君たちも一緒に行くかい」
「是非行きたいです!」




