縁談
―リミア姫―
たっぷりと斑鳩相手に将棋をうつことができる。
幸せすぎる。
皇帝になってしまった以上、皇国のために尽くそうと懸命な日々のなかでも、彼から届く手紙が楽しみでしかたなかった。それでもやっぱり、こうして会って、彼を目の前にして将棋をうつのは別次元の楽しさがあり、幸せがある。
大京の、斑鳩の宮。
その彼の寝室に将棋盤を運び込み、二人で向かって二刻は経っただろうか。
珍しく斑鳩が長考に入った。
わたしは雉丸殿を呼び、お湯を運んでもらい、緑茶を淹れなおす。彼の手元に湯のみを置き、チラリとわたしを見て感謝する彼に微笑んだ。
わたしも緑茶を頂く。
おいしい。
それにしても、彼が悩むような展開ではないと思うのだけれど……。
実際、盤面ではわたしが劣勢で、彼が銀を動かせばわたしはもう角をあきらめるしかなく、それは一気に形勢不利へと傾いていく。
斑鳩が、緑茶に手を伸ばし、啜りながらわたしを見た。
目と目があう。
「姫……あ、すみません。陛下でしたね、陛下」
「姫でお願いします。貴方の前では姫でいたいのです」
「姫……明日、朝には発つのですか?」
「……残念ながら……発たねばなりません。本当はもっとゆっくりしたいのだけれど、仕事がまだ山のように……それに、ゴートの怪しい動きがあります」
「……そうですね。残念です」
「ごめんなさい」
「謝ることはありません」
「弟が成人するまであと四年……こうして忙しさに追いやられる日々を送るしかないと諦めています」
「お互いに……背負うものがあります、姫」
「ええ……」
彼は盤上を見つめたまま、わたしに問う。
「姫はあの日、皇帝となるよう勧めた俺を怒っていませんか?」
「……あの時は、怒るというよりショックでした。でも……貴方は誠実です。あの時に、わたしに皇帝にと言った貴方は誠実な方です」
「いえ、実はずっと後悔していましたよ」
「後悔?」
斑鳩は、盤上から視線をそらさない。
「周りから、二度とない機会を逃したとからかわれ……たしかにそうだなと。俺のような容姿の男にはもう機会はありません」
彼はそこで、寂しそうに笑う。
わたしは、彼が周囲から妻をとるように再三、言われていることを聞いて知っている。
爺が教えてくれたのだ。
斑鳩は、大和の王だ。だから子を期待する臣下達はおかしなことは言っていない。それでもなんだかんだと理由をつけて、この一年間、見合いをしていないとも聞いた。
わたしは、それはもしかしたらわたしを待ってくれているのではないかと期待していた。
それで、どうしてもそれを確かめたくて、イダニオに大和への訪問を命じるとともに、その護衛に紛れて入り込んだのである。
弟が成人するまであと四年。
それまで、待ってくれようとしているのでは? 聞きたい。
確かめたい。
だけど、訊くのが恐い。
そうやって時間ばかりが過ぎていて、将棋は楽しくさせども、目的は果たせずにいた。
でも、今の話の流れからだと訊くことができそう……。
「斑鳩様?」
「はい」
「妻選びをしてほしいと周囲から迫られておられると聞きました。まだお相手を見つけておられないのですか?」
うん、と答えてほしい。
「ええ、貴女を忘れるのは難しいです――」
!
「――が、今年中にはなんとか」
がっくり……。
「姫こそ、弟君のご成人のあかつきには新しいお相手を見つけねばなりますまい? その人が羨ましいです」
「……」
わたしは答えることができない。
訊くんじゃなかった。
だけど、あと四年も待っていてくださいというのは図々しい。斑鳩が四年も妻帯しないとなると、大和はそれだけで危ないのである。ギュレンシュタインであれば、わたしに何かあっても他の皇族がいるが、大和には現在、彼ひとりしかいないのだ。
早く妻を迎えることは、国のためでもある。
わたしは、待っていてほしいというお願いをしないと決めた。
「姫、これで決まりです」
彼は銀ではなく、桂馬を動かした。
それは銀を動かす手よりも、美しかった。
―リミア姫―
多忙な日々に戻った。
斑鳩とのすばらしい一日を記憶の中にしまいこみ、大切にしておこうと思う。あんなにおもしろい将棋ができたのはとてもいい気分転換になった。
斑鳩に会えたことも……すばらしい思い出になった。
ゴート共和国の動きが活発になり、それは大和の救援を受けた亜人種達の反撃に備えてのものだけではない。彼の国はことあるごとに、ギュレンシュタインを狙う。
キルケーなる執政官は油断ならない人物だ。そして、頭角を現している新しい勢力も彼の国にはあり、それらは遠慮なく他国を食い破ろうと牙を磨いている。
母上が執務室にやって来た。
「リミア、ちょっとよろしくて?」
「はい」
わたしは商人連合会長あての手紙から視線を逸らして母上を見た。
侍女に案内された母上は、ソファに腰かけて、隣へとわたしを誘う。
「何でしょう?」
「縁談があるのよ」
「え……縁談? わたしに?」
「ええ、四年後なんですけどもね?」
「四年後……」
弟が成人したと同時に、わたしは皇帝を弟に継がせる。そして、誰かの妻になる……こうなったらいっそ、それを断ってしまおうか……女将軍として、ゴート共和国を侵略してぶっつぶしてやろう!
「お断りします」
「え? 断るの!? 相手も聞かず!?」
「お断りします!」
わたしはすっと立ちあがり、母上を室から追い出した。
イダニオが顔を覗かせる。
「何!?」
「いえ、喧嘩でもなさったのですか?」
「いいから出ていって!」
「は!」
一人になり、室内の窓を全て閉じた。
「ぶっつぶしてやるぅううううぅううううう!」
叫んだ。
―リミア姫―
皇帝になり、多忙な日々も慣れてきた頃、弟の成人を迎え、そろそろお役御免を言われるのだろうなと思うわたしは、側近騎士達を集めてゴート共和国への侵略戦争の作戦会議をおこなっていた。
亜人種支援を行うにあたり、休戦をこちらから破り攻め込むまで、我が皇国の国力は回復したと見た! というのは建前で、わたしはこれから女将軍として、皇国で生きていくの。
全ての不幸の原因たるゴート共和国を倒す。
それのみを生きがいに!
ああ……思い出してきた!
あの頃、全ての戦争に勝ちたかった頃の自分を!
「陛下、大和には救援を求めますか?」
イダニオの問いに、わたしは頭をふる。
「斑鳩様に迷惑をかけてはいけません。彼の国は今、亜人種支援で手一杯です」
大和の国情は届いている。斑鳩様との将棋も、手紙を介して続いている。
亜人種たちはゴート共和国にどんどん侵攻されていて苦戦の連続なのだ。それがなんとか耐えていられるのは、大和が総力をあげて支援をしているから。それだけ大和も一杯……
斑鳩……三年前までは彼に関する見合い情報を雉丸殿から仕入れていたけど、聞くのもつらくなって一切を教えてくれるなと伝えた。雉丸殿はああいう方だから、何も言わず、斑鳩に関する情報のみを消して、他の件はこれまで通り、教えてくれている。
ここで、室に侍女が入ってきた。
「陛下、お母君がお呼びでございます」
「忙しいの」
「それが……ご縁談のお相手がお見えになっておられるそうでして……」
「なに?」
どういう……あれか! 四年前に断ったやつだ!
母上は、わたしが断ったことを相手に伝えていなかったのね?
なんという……。
騎士達が興味深々という顔でわたしを見ている。
こいつら……なにかを知っているな?
「イダニオ、わたしに隠し事があるようね?」
「ございません、陛下。我が剣に誓って」
嘘だ。
「陛下、待たせては失礼になりますぞ」
「さよう、お相手がもう来られておるのであれば、会わねば」
騎士達の促しはしらじらしい。
お前たち、どうやら母上に取り込められたようね……。
裏切りだわ。
これは裏切り。
とにかく、ここは会って謝り断ろう。
迎賓館へと侍女を伴い進む。
「どういった方?」
わたしの問いに、侍女は微笑む。
「素敵な方ですよ」
はいはい、見てくれだけの男なんていらないの。
将棋がうまくて賢くて優しい斑鳩みたいな……忘れたいのに。
迎賓館が見えてきた。
気付く。
佐々木道元卿が、玄関でわたしを迎えてくれた。
「皇帝陛下、おひさしゅうございま――」
わたしは彼の挨拶を無視して、中へと突進する。
動きづらいドレスはこれだから嫌い! 速く走ることができない!
廊下を駆け、驚く侍女や使用人を無視して、その室に飛び込む。
驚く母上と、立ちあがった斑鳩を見た。
「斑鳩!」
わたしは彼に飛びつく。
「うわ! 姫? じゃなかった。陛下?」
「姫……姫でいい。斑鳩の前では姫でいたいです」
「姫、断られたのですが、諦められなくて来ました。弟君ご成人、おめでとうございます。これからは、わたしの隣にいてほしくて、迎えに来ました」
「うそつき! なんで教えてくれなかったのですか!?」
「うそ? いや、縁談を申し込んだのですが、断られて……」
……四年前の縁談。
斑鳩が相手!?
わたしは母上を見た。
母上は、両目に涙をためて微笑んでいる。
振り返ると、佐々木道元卿の隣でイダニオが笑っていた。
誰かが、拍手を送ってくれる。
わたしは、涙でぼやける視界に斑鳩を見た。
彼が囁く。
「さ、手紙の続き……帰って将棋をしましょう」
わたしは大きく頷き、彼の頬に口づけをした。
―ブサイク王子と武断の姫は将棋をさす―
太古の昔。
人類が今よりもずっと神々の存在を近くに感じることができ、不思議な力が現実におき、人に姿が似ているが違う種族の者達が数多くいた時代は、危険な生物たちもまた多く、魔の力も神々と同じく近くにあった。
その時代は今よりも危険だったかもしれないが、人々は確かに暮らし、国や都市といったものが築かれていた。
中央大陸の大和王国に生まれた斑鳩王子と、ギュレンシュタイン皇国のリミア姫は、そんな時代を生きた二人。
双方ともに、望んで出会ったわけではなかったようです……。
それでも、お互いに魅かれあいました。
二人は、出会ってから五年後に、夫婦になったそうです。
二人の寝室では、夜中まで、将棋をさす音がしていたみたい……
二人の子供は三人いたという記録が残っています。
長男は大和の大君に。
次男は棋聖と呼ばれる存在に。
長女は、亜人種達とともにゴートと戦ったそうです。
彼らのお話は、また今度。
それでは、おやすみなさい。




