94話:設定を考えるのは面白い。
まあ、それぞれの考えはあるでしょうけど、私は、設定というものは物語に奉仕するモノであるべきだと考えます。
いくら緻密な設定を組み上げたとしても、それが物語の意図する方向へ貢献しなければ意味がありませんし、設定が物語を阻害するのであれば、これは本末転倒と言えますね。
物語のモブの一人の外見程度ならまだしも、好きなもの、嫌いなもの、生まれてからの出来事、交友関係などなど、それらを設定したところで、主要人物とカタコトの会話を交わす程度の役割でしかなく、それも誰でも良いなら設定を詰める必要はないと思います。
そこで『このモブはこういう人物だから、こんな会話は成り立たない』などと言い出したら、そのささやかな日常イベントによって主要人物を描き出そうとしたはずが、歪んでしまいかねません。
……なんと言いますか、『ここがおかしい!』と感想欄に書き込む前に、『その疑問は、物語の根幹に関わるのか?』と、他人の作品の感想欄を読んでいて首をかしげたり楽しくなったりする私。
まあ、どういうことかというと……具体例ではなく、私が思いついた例を。
色々なスタンスの方が居るようですが、異世界転移や転生物。
当然作者は、主人公が異世界であれこれ活躍したり、空回ったりする物語を書きたいのだろうと、思われるわけで。
そこで、『なぜ、異世界に転生したのか?』とか、『元の世界の、家族や知人の扱いがないのはおかしい』とか、ツッコまれても困るでしょう。
なぜ異世界に転生したのかの設定やら、元の世界に戻るわけでもないのに、家族や知人の焦燥や悲嘆の場面を延々描かれても……物語にどれだけ貢献できるやら。
そういう意味で、お約束やテンプレは便利です。
はい、トラック転生で、終了。
ここにツッコんでも、仕方ない。
そういう意味では、異世界での農業革命に対して『同じ畑の中でも、肥料の量が変わってくるのに、ノウハウなしにいきなり画一的にできるわけない』などのツッコミの方が、まだ生産性がありますね。
まあ、作品の内容にもよりますが、作者が農業革命をメインに書きたいのかどうかで、そのツッコミが暴投になる可能性はあります。
極端な話、スポ根物語において主人公が絶体絶命の危機に陥ったとします。
主人公の迷いなど、葛藤を描き出した上で、それを乗り越える、もしくは乗り越えなければいけない背景を描き出す。
それさえできれば、『主人公が逆転勝利を収めたのは言うまでもありません』だけでお話は完成します。(笑)
嘘だと思うなら書いてみましょう。
逆転のシーンがなくても、成立しちゃうのです。
1万人の兵士に対し、ひとりの男が立ちはだかる。
無理・無茶・無謀の3無主義舞台。
ここで、延々1万人と戦うシーンなんか描き出してもギャグにしかなりません。
必要なのは、彼が勝たなければいけない理由です。
守らなければいけない何か。
負けるわけにはいかない何か。
それを描き出せたら、いきなりボロボロになった主人公が敗走していく兵士を見送るシーンでオッケー。(笑)
ここで重要なのは、主人公がそれを乗り越える背景に矛盾があってはいけないということ。
これがおかしいと、炎上待ったなし。
と、いうわけで。
どうせなら、『ここがおかしい』と感じたなら逆に考えればいいのです。
『どういう設定を作ったら、これがおかしくなくなるか』
作者はたった一人の読者のために物語を書いているのではありませんから、自分が納得できない部分は自分が考えてしまえばいいのです。
植生がおかしい?
だったら、こういう植生が成立するような自然環境や植物そのものを考えてみよう。
大量虐殺可能な大魔法使い相手に、数万人の兵士が集団で突っ込んで来る?
た、たぶん、対抗策があるに違いない。
500人で3000人を包囲殲滅したぁ?
うん、島津家って頭おかしい……じゃなくて、可能な地形を考えてみよう。
などなど、自分の想像の翼をはためかせていろいろ考えるほうが楽しいです、たぶん。
これを続けると、確実に自分の引き出しの数が増えます。
もしかすると、他人とは違う視点を持つことができるかもしれません。
創作活動に限らず、それは日常生活においても役に立つかもしれません。




