91話:おにぎりとサンドイッチの地位が低下した。
まんまるおにぎりしか作れなかったのに、いつの間にか三角おにぎりを作ることが出来るようになった……結局、卵の片手割りと同じで、手の大きさが問題だったのか。
おにぎり。
サンドイッチ。
会社で、学校で、誰かが当たり前のようにそれを食べている。
その、当たり前の光景に対して、『ああ、時代が変わったなあ』と私は思う。
大げさな、と思うかもしれないが、その『当たり前』のおにぎりとサンドイッチがどこから供給されているのかに思いを馳せていただければ幸いだ。
最近はスーパーでも当たり前のように売られていたりもするが、主な供給源はコンビニだと思う。
コンビニが日本に登場してから約40年ぐらいだったか。
コンビニが、『当たり前』の存在になったのはもう少し後のことだろう。(ごく一部の地域を除く)
まあ、50歳を目前に控えたオッサンの言うことだ。
愚痴のつもりはないが、そう聞こえたら申し訳ない。
もしくは、そういえばそうだったなあと、昔を懐かしんでくれたなら幸いである。
少なくとも子供の頃の私にとって、おにぎりは特別な食べ物だった。
えーと、寿司や焼肉みたいな感じというと、イメージが沸くだろうか。
遠足や旅行など、何らかのイベントの時だけ、口にすることができるもの。
家での食事の際、おにぎりは食べない。
普通、ご飯を炊いたらそのままお茶碗に盛って食べるだろう。
炊いたご飯を、わざわざおにぎりにして普通の食事として提供するのは結構レアだと思われる。
おにぎりが、普段の食事として存在するためには、自炊と外食という概念の中間が必要というか……まあ、ぶっちゃけ時間の節約ということになるのか。
少々、野暮な意見の気もするが。
まあ、そういうわけで……おにぎりという食べ物が、ハレの日の食べ物という感覚は、ある一定以上の年代の方には理解していただけると思う。
ちなみに、若い人には馴染みがないであろう『ハレ』というのは日本人的な世界感の一つで、非日常というか、イベントみたいなものと考えてください。
私も詳しくはないのですが、民俗学かなんかで使われた言葉だったはずです。
まあ、『晴れ着』の『ハレ』ですね。
そんなわけで、私は今でも『おにぎり』を作ろうとか考えるとちょっとワクワクしてしまいます。
まあ、普段はつくりませんからね。
自分で弁当を作るときも、おにぎりじゃなく、そのままご飯詰めますから。
おにぎりの具を複数作ったり……結局、それだけの手間を惜しまないってのは、やっぱりそのあとに待っている『なにか』が特別じゃないと、面倒だなで、終わってしまいますから。
さて、日本人の裏切り者と言われそうですが、私の中ではハレの日の食べ物としておにぎりよりも格上になってしまうサンドウィッチ。
そう、パンに挟めば砂でも魔女でも美味しく食べられるという素敵レシピ。
え?
嘘つくな、ですか?
ハハハ、サンドイッチ伯爵なんて不思議な名前の人なんていませんよ。
……地名はあるかもしれませんけど。
細かいネタは置いといて。
いやあ、サンドイッチなんですよ。
小学校の3年の時だったと思うんですが……関西の親戚の家にいく日の朝に、母親がせっせと作っていたといいますか。
ええ、これが生まれて初めて(生で)サンドイッチを見た時なんです。
ハム、卵、チーズ、きゅうり。
テーブルの上に広がる材料、大量の食パン。
そして完成品のサンドイッチには、パンの耳が付いたまま。(切り落とすの面倒くさいだとか)
いやあ、あの瞬間……『ああ、今日は特別な日だ』と目と心と体に焼き付きましたよ。
サンドイッチは(おにぎりに比べて)手間がかかる上に費用が高いとのことで、これを含めて3回ぐらいしか作ってくれませんでした。
まあ、兄や私は、普段勝手に食パンにマヨネーズ塗って、ハムやチーズをはさんで『サンドイッチもどき』を食べるようにはなりましたけど。(パン派の母親に怒られるまでがセット)
それでも、あの日の……というか、あの朝の、あの瞬間の衝撃は、多分一生ものなんでしょうね。
大学の時に、サンドイッチ祭りを開催したことはあるんですが、あのワクワク感には遠く及びませんでした。
と、まあ私はこんな感じなのですが……。
対して、コンビニでおにぎりやサンドイッチを買ってそれを食べるのが日常になっている人は……たぶん、このワクワク感を味わうことはないんだろうなあと。
実際私も、コンビニやスーパーでそれらを買って食べても、全くワクワクしませんし。
それが良いとか悪いとかじゃなく、そうじゃない人にとって、『ハレ』の食べ物はなんなんだろうなと。
価値観が細分化していく時代において、多くの人間が納得する特別な食べ物。
おにぎりやサンドイッチが、特別ではなくなってしまうことを少し寂しくは思いますが、時の流れというものはそういうものなのでしょう。
ただ、『ほかの何か』がおにぎりやサンドイッチの代わりの立場と入れ替わるのではなく、特別な食べ物そのものがなくなってしまうのは……少し悲しいような気がします。




