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34話:消える魔球を考える(真面目編)

さあ、真面目に考えましたよ。(笑)

 消える魔球は可能か否か。

 打者がボールの存在を見失う……と定義するならば、それは可能である。

 タイトルに再びの注目を。

 真面目編である。

 消える魔球は可能である……少なくとも机の上の議論でいうなら、十分に可能性はある。


 日本のプロ野球において、いくつもの伝説が存在する。

 職業野球と呼ばれた時代、伝説の投手とされる彼の投じた速球はホップした、と。

 昭和後期、多くの人がこの伝説を馬鹿にした。

 ボールがホップする訳無いじゃん。

 この一言で、殆どの人間が黙り込む。

 しかし、漫画世代の野球少年は微妙に納得できないものを感じていた。

 速い球、よく曲がる変化球など、細かいことにとらわれがちだが、投手の本質は相手が打ちにくい球を投げることにある。

 よく、糸を引くようなストレートと形容されるが、確かに美しいものだ。

 純正逆スピンが利いた、まっすぐのボール。

 しかし、打者にとっては速さはともかく、打ちにくいボールではない。

 今の時代、投手はストレート(まっすぐ)ではなくファストボール(速球)を投げることを強いられる。

 打者の手元でほんの少し変化する……変化を見、スイングに修正を入れる労力を打者に求めるボールだ。

 それとは別に、投手ではない野手の場合。

 早く正確に、そして『相手が取りやすい』球を投げる必要がある。

 その練習方法として、ゴムボールを使うというのがある。

 軽いボールは空気抵抗を受けやすいというか、その軌道を乱されやすい。

 それを使ってまっすぐ投げられるということは、球に与えられるスピン軸が傾いてないことを意味する。

 野球少年は、自分の目で見て知っている。

 このボールに対し、一定以上の速度とスピンを与えるとホップすることを。

 このゴムボール、大きさ、形状は野球のボールと同一に作られており、違うのは重さである。

 今の俺達では力が足りないが、プロの選手なら実際の野球ボールをホップさせられることができるのではないか?

 残念ながら、彼らにはそれを科学的に語ることができなかったし、ボールは落ちるもので、そもそも浮かないという周囲の固定観念を打ち破ることはできなかった。

 しかしながら、スパコンの発達により、投げられた野球のボールの軌道計算がある程度気軽に行えるようになって、それまでの固定観念は敗北した。

 時速150キロ、捕手のミットに収まるまでの上向きスピン数41回転以上……理論上、ボールはホップする。

 一応、某速球投手のボールは、4センチの落下にとどまるそうな……あと一息。

 

 ただ、かつての伝説投手のそれが、本当にホップしたかどうかはまた別の話である。

 ホップすることと、ホップしたように見える事とは別だからだ。

 一応説明しておくが、投手の投げたボールは自然落下の軌道とは異なる。

 実際にホップするには至らないが、上向きスピンによって得られた浮力が働いて、自然落下の軌道よりも上を通過していく。

 上向きスピンが多ければ多いほど、得られる浮力は大きくなり、軌道は上へ上へと修正されていく。

 つまり、その伝説の投手の速球が、ほかの投手と比べて余りにも異質だった場合。

 頭に思い描かれる、ほかの投手の速球の軌道が基準となっていると、かの伝説の投手の球は予想よりも上へ上へと伸びてくる。

 錯覚する可能性は多分にあると思う。


 さて、それとは別の伝説がある。

 偶然はさておき、おそらく日本で初めてフォークボールを投げた投手のそれだ。

 タイトルにもある、『消える魔球』のネタは、この伝説から始まる。

 当時の野球界において、ボールの球種は、ストレート、カーブ、チェンジアップに、今は絶滅種のドロップぐらいか。

 ざっくりいうと、速ければストレート。遅ければ変化球。

 誤解を恐れず書けば、ものすごく速いボールを投げられる投手しかプロになれなかった時代だ。


 ここから先、話がちょっと専門的になっていく。

 毎日毎日きちんと練習をしているが、地区でベスト16にも入るか入らないぐらいの高校のチームが、全国屈指の速球派投手を擁するチームと対戦したとしよう。

 普段目にする速球は時速120キロぐらいで、130キロになると『速い』と実感する選手たちが、いきなり150キロ近くの投手の投げる速球に対応できるかどうか。

 悲しい現実だが、これはほぼ間違いなく対応できない。

 まず最初は振り遅れる。

 試合中に必死にタイミングを取る努力して、タイミングを合わせることができたとしよう。

 しかし彼らは、そこでさらなる絶望を知る。

 タイミングが合っているはずなのに、バットにボールが当たらないからだ。

 彼らのスイングは、きまってボールの下を通過する。

 悲しいことに、これは彼らが熱心に練習したからこそ起こる。

 彼らは毎日毎日反復して練習し、時速120キロの速球の平均的軌道を細胞レベルで覚え込んでいる。

 さっき述べた、上向きスピンによる悪戯で、彼らが予測する速球の軌道の遥か上を、時速150キロの速球は通過していく。

 人間の目というのは、ものすごく優秀な仕組みによって支えられているのだが、ある意味融通が利かない。

 前話で述べた、情報が脳に到達して判断するまでのタイムラグの存在。

 動く物体に対して、人間の目は動く物体を追いかけるというよりも、『その軌道を予測して、視線を先回りさせている』のだ。

 人間がハエの動きを見失うのは、その動きが人間にとって不規則だからである。

 遠くから見ている分には良いのだが、近距離において集中して見ようとすればするほど、気まぐれな動きがこちらの予測を外し、『あれ?』と姿を見失ってハエたたきのやり場をなくす経験は誰もがしていると思う。

 速度が上がれば上がるほど、人間の視野は狭くなっていく。

 まあ、周辺視という技術もあるが、それはここでは置いておく。

 予測と実際のズレが誤差で収まるうちは良いのだが、この『見失う』というのが、消える魔球の肝となる。

 打者が予測する軌道から大きく外れれば外れるほど、打者はその存在を見失う可能性が高くなる。

 その助けとなるのは、速度だ。

 速度があればあるほど、打者の視野は狭くなり、見失うレベルの誤差のハードルは下がっていく。

 日本で初めてフォークを投げた投手。

 対して、生まれて初めてフォークを見た(?)打者。

 変化球の球種が少なかった時代、投手の手元を離れた瞬間の速度が速球とそれほど変わらないフォークに対し、打者は『ストレートだ』と判断し、軌道予測とコースを導き出しただろう。

 が、投じられたボールは、途中で打者の予測を大きく裏切る。

 空気抵抗による減速と、自然落下軌道によって。


 彼の視界からボールは消え、ここに消える魔球の伝説が成立した。


 まあ、フォークという球種が認知されることによって(以下略)。



 可能性というなら、消える魔球は大いにアリだ。

 もちろんそれは、人間の目というシステムの不備をつくというか、錯覚を利用したものであり、ロマン主義な方々には認められないかもしれないが。


 野球経験者ではない人間が、高校野球を見てつぶやいた。

「さっきからこのチーム、バウンドするようなクソボールをくるくる空振りしてるよな?なんで?」

 説明はできる、出来るのだが面倒くさい。

 ロマン的に言えば、あれも打者の視覚を利用した魔球なのである……それを狙ってやっているかはさておいて。(笑)

 野球経験者は、投手の手元からボールが離れた瞬間、『カーブか、それ以外か』の球種の判断をする……と言われても、ピンとこないかもしれない。

 打者はほぼ無意識に投手の手と、ストライクゾーン(もしくは自分の目の高さ)の間に線を引いている。

 カーブは、曲がり落ちてくる変化球。

 ストライクゾーンに投げるためには、速球よりも上をめがけて投げなければいけません。

 つまり手を離れた瞬間に、カーブだけがボールが上にはねて見えるのだ。

 相手の投手の持ち球にもよるが、その瞬間打者はカーブ一択の判断を下して軌道を予測する。

 ちなみに、カーブなのにボールが上にはねて見えなかった場合、『地面にバウンドするようなクソボール』になります。

 相手投手がそこそこの速球を投げ、球種はストレートとカーブのみ。

 さて、どうなるか。(笑)

 変化球のタイミングで待っていると、速球が来たとき反応できません。

 だから、打者はヤマをはるケース以外は、速球のタイミングで待ってのちの変化に対応しようとします。

 つまり、速球を待っているところに『速球だ』と思わされた時点で、ほぼ負け。


 ボールが投手の手から離れた。

『まっすぐだ』

 即座にストレートのタイミングでスイングを開始する打者。

 しかし、途中で違和感を覚える。

『あれ、これまっすぐじゃ…』

 ボールはまだ来ない、しかも地面にバウンドしそうなクソボール。

 でも、身体は正直で、もうスイングが止められない状況。

 肘をたたんで最後のあがきも、悔しいけど振っちゃう。

 クソボールを空振りしたおまぬけさん(観客から見て)一丁上がりである。


 ……ほかのスポーツでもそうですが、わずか0.2秒ほどでこれだけの判断と行動開始が求められます。

 投手にしても、これを投げるにはかなりのリスクを伴う。

 そもそも、打者が変化球を待っている場合、ふつーに見送られる。(笑)

 地面にバウンドするようなボールは、捕手が後ろに逸らす危険が有るのは言うまでもなく、ランナーがいる場合はほぼ無条件で進塁を許す。

 勇気と、覚悟と、確かな技術。

 一見無様に見えても、そこはものすごい駆け引きの結果でありますの。

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