0502 剣先に直面する心
李二はもともとさらなる混乱を引き起こそうと考えていた。なぜなら、混乱すればするほど自分の行動が容易になるからだ。しかしすぐに、李二はそうする必要がないことに気づいた。
都市で「有毒ガス」と「助けて」と誰かが叫ぶと、直接連鎖反応が誘発された。街全体が急速に喧騒に包まれた。多くの民間人がパニックで家を飛び出し、まるで無頭の蝿のように群がった。夜間外出禁止令はもはや維持できず、路上では大量の将棋倒し事故が発生した。
これはむしろ営嘯に近い。人々が厳重に監視され、管理体制が突然消滅すると、人間の集団はたちまち混乱状態に陥る。この瞬間、誰もが混乱を引き起こし、誰もがその混乱の中で何か新しい機会を得られることを期待している。この心理は、平和な日常に飽きた引きこもりが終末ものを好む心理、つまり皆が死に絶え、自分だけが荒廃した地に立つ物語を好む心理に似ている。
警官服に着替えた李二は、すぐに別の服に着替え、混乱する群衆の中に紛れ込み、まっすぐに三人の標的のもとへ向かった。
毒ガスはこの世界において、核兵器のように畏怖の対象である。地球の第二次世界大戦後期、核兵器の恐怖は「リトルボーイ」と「ファットマン」が都市で引き起こした甚大な殺傷によるパニックから来ているが、化学兵器は都市に大規模に投下されなかった。化学兵器が都市に大規模に投下されれば、その殺傷力は核兵器に劣らない。例えば、インドのボパール化学工場漏洩事件だ。これは化学兵器ではないが、化学兵器の都市襲撃の殺傷力を研究するための事件として、三十数トンの猛毒化学物質が三十数トンの爆薬よりも遥かに恐ろしいことを十分に証明している。三十数トンの爆薬が都市のどこで爆発しても、一年間で二万人の死傷、五万人の失明、二十万人の被災をもたらすことは不可能だ。
地球の21世紀において、化学兵器と比較すると、核兵器の人類文明に対する脅威は実際にはやや劣る。21世紀の地球上の各工業国の化学工場がもし化学兵器の生産に転換すれば、核兵器庫よりもはるかに恐ろしい。
この世界の三百年前、かつて二大望族の戦争で化学戦が勃発し、直接砲兵により大規模に都市を砲撃した。七つの都市で、合計四十六万人が死亡し、その後各方で化学兵器条約が定められ、人々に骨の髄まで刻み込まれる恐怖をもたらした。そして今、毒ガスが漏洩した。それは地球の21世紀の人々がミサイルの襲来を聞いた時の心情と同じである。暗闇の中で、ほとんどの人は何が起こったのかわからず、ただ都市に毒ガスがあることだけを知っている。毒ガスがどこにあるのか、誰が運んできたのか、毒ガスの種類、現在の風向きは、すべてこの人々には無視されている。
李靖天が運んできた毒ガスは、実はそれほど猛毒ではなかった。化学式にリンを含む毒ガスに比べれば、マスタードガスはかなり穏やかなもので、下水道に流し込むことでようやく効果を発揮する程度だ。比較的開けた場所で放出し、誰もが家の中に閉じこもっていれば、たとえ数トンのマスタードガスがすべて漏れ出したとしても、大きな死者は出ない。一晩が過ぎれば、街の人の皮膚に水ぶくれができる程度だ——この街には高齢者がいない(詳細は0499章を参照)。そして、その暗夜の中で我先にと逃げ出そうとした人々による将棋倒しがもたらした死者数は、あの貨車から漏れた化学兵器による殺傷をはるかに上回っていたのだ。
風上に移動した後、李靖天たち三人は都市の混乱した光景を目の当たりにし、表情をひどく強張らせた。李靖天は腰の得物を逆手に引き抜くと、刃が冷たい光を放ち、傍らで衣服を乱しながら逃げ惑う警察官を一瞬にして刺し殺した。
李靖天は付き従ってきた警察官たちに罵声を浴びせた。「何でついてくるんだ!ただのマスタードガスくらいで、全員とっとと戻れ!下民どもを檻のようなあの建物へ追い返すんだ!」
周囲の者は恐れ戦き、直ちに李靖天から遠ざかった。その時、傍らにいた李靖浩が地元の治安責任者に命令を下した。「防護倉庫に行って防護服を探し、一隊を駅へ派遣して状況を確認させろ。他の者はガスマスクを着用し、秩序を維持しろ。従わぬ者は殺せ!」
この治安官は顔には笑みを浮かべながら、心には怒りをため込み、すぐに人を連れて去って行った。
地位の高い望族の弟子が起こした理由のない怒りに対して、周囲の人々は寒蝉のように口をつぐみ、次々と遠ざかり、誰も火中の栗を拾おうとはしなかった。
多くの人々が街のあちらこちらに戻って忙しくなり、李靖天の周りの人はたちまち少なくなった。
人々がほとんど去った時、李靜瑤は李靖天を慰めて言った。「お兄さん、怒らないで。あのネズミを捕まえたら、彼の体に何度も切り込みを入れて、塩水に浸けてやりましょう。」
こんなに美しい少女が今、鶏の殺し方を紹介するかのように、一人の人間への罰を語っている。明らかに、この世界の善悪の基準は、望族の子弟に賤民の命は命ではないと思わせている。
そしてこの言葉は、すでに到着していた李二の耳に入ってしまった。
自分の命がこの世界でこんなにも軽んじられた時、李二は自分の論理を変えた。
ここは文明を発展させるための世界ではなく、そもそも人工知能が支配するゲームなのだ。ゲームであるなら、このサーバーをクラッシュさせるのも玩家にとって最大の楽しみだ。たとえば、『World of Warcraft』の「三季稻」のようにゲームの世界で人を遊ばせる玩家を見習い、この世界の人々にゲームの世界でしか起こりえないことを見せてやるのだ。
李靜瑤が李靖天に話しかけていると、李靖浩の目に複雑な色がちらついた。彼の視線の端に、小走りに近づいてくる警察官が映り、突然何かがおかしいと感じ、すぐに振り返って叫んだ。「止まれ!」
この警察は即座に停止したかのように見えたが、実際には停止しなかった。ところが、この顔に弱虫な表情を浮かべた男(李二の普段の表情がこれで、顔の筋肉が長年そうなっているため、自然な状態だと弱虫に見える)は、足の動きを突然速め、三人に向けて猛然と加速した。
この動作は非常に奇妙に見え、まるで突然ブレーキをかけ、その後すぐにアクシェルを踏んだかのようだった。李二が急に足を緩めたのは、李靖浩と振り返った李靖天に一瞬の隙を与え、次の尋問の準備をさせただけだった。その刹那、李二は機会を掴んだ。李二は極めて速い速度で二丁の拳銃を取り出し、交互に掃射した。
この拳銃の掃射は、命中時の威力は申し分ないが、走りながらでは命中率が格段に落ちる。実のところ、李二はただ三人の世家の子弟の取り巻きを片付け、火力で制圧していたに過ぎない。
李靖浩は即座に傍らの警察官を掴み、卓越した腕力でその男を持ち上げると、すかさず李靜瑤の傍へ寄り、この不幸な警察官を盾にして銃弾を防いだ。危険に際して真っ先に傍らの娘を案じるとは、その深い愛情が窺える。一方、李靖天は猛然と手にした得物を抜き放ち、李二よりも一瞬早く剣を抜いた。長剣が全力で振り払われ、扁平な楕円の軌跡を描いて李二へと斬りかかる!
楕円形である理由は、剣芒の放射長さが常に一定ではないからだ。剣芒は振り出すときにはわずか五メートルの長さで、最大に爆発するときは三十五メートルに達する。この剣芒が最も長くなるのは、ちょうど剣鋒が李二に向かって薙ぎ払われるときである。
李二はロバのように転がって、胴体を切断されるのを避けた。李靖天が反転して薙ぎ払う際に、李二はコイのように飛び起きて、足を切断されるのを避けた。これら二つの動作の後、李二は李靖天まで二十メートルの距離に迫った。
意識の集合体の中で、趙明義をはじめとする意識たちは、相手の武器は確実に自分たちよりも優れていると考えている。長剣から放射される剣芒の長さは、確実に自分たちの手にする剣よりも長いため、少なくとも二十メートルまで近づかなければならない。
20メートルの距離に近づくと、その効果は五九戦車と99式戦車が50メートルの範囲で向かい合ったのと同じになる。この距離では、先に発砲した者が死ぬ。もし三人が息を合わせて連携すれば、李二には全くチャンスがなく、近づこうものなら三人の手にする剣の光が編み出す網で腰から斬り落とされてしま宇田ろう。
李二は三人の名前を知らなかったが、意識群の中で三人の振る舞いから、瞬時に三人の関係を分析していた。
李靜瑤は李靖天に対して言い知れぬ憧れを抱いている。李靖天は表に出さないものの、ふとした時に李靜瑤が自分に向ける憧れをとても気にしている。そして李靖浩は李靜瑤に対して、片思いをしている。
だから、李二は自然に予測を立てた。突然の襲撃だった場合、李靖浩は数秒以内に李靜瑤を中心に、彼女の安全を確認した後に戦闘に参加するはずだ。一方、李靖天は剣を抜いて突進してくるだろう。なぜなら、最も耐え難いのは美女の恩恵だからだ。女の子が男の子を持ち上げるとき、その男の子が誇示するのが通常の心理現象だ。
今、盧安集群の推測が正しかった。三人は一丸となって李二を外側で防ぐことができなかった。
李二は一転がりし、全身埃まみれになりながらも二十メートルまで近づくと、あっさりと拳銃を捨て、背中から両手で二振りの警用長剣を抜き放った。背負った長剣の剣芒が微かに溢れ、鞘が裂けると、両手首を一振りし、双剣は背中から翼を広げるように正面へと転じた。続いて李二は、左右非対称の舞剣動作を繰り出した。この動作では、一本の長剣が大振りに薙ぎ払う一方、もう一本は霊蛇の突きのように伸縮自在な剣芒で、常に最重要目標を狙い定めている。
実のところ、これは双刃流ではなく、まるで二丁の大型拳銃を手にした二丁拳銃流のようであり、一方で掃射、もう一方で狙撃を行う。実戦において、掃射を担当する方の拳銃に照準はなく、ただ火力で制圧するだけだ。
この世界の世家の子弟は、明らかに修練を重んじ、長剣が反射できる長さを重視している。彼らにも実戦技術はあるかもしれないが、この李靖天には明らかに実戦経験がない。李二の疾風怒濤の如き猛攻の前に、李靖天は取り乱してしまった。
これはまるで、若者がテレビのチンピラを真似てナイフを持っても、相手に対してまるで見当がつかないのと同じだ。しかし、いざ命知らずの者と対峙した時、その刃が自分に向けられる感覚は、人を青ざめさせる。実のところ、刃を前にすれば誰もが心の中で動揺する。たとえどれだけ多くの『グーワーサイ』の映画を見ていても、人を刺し殺せる凶器の刃を前にすれば、人間の体は条件反射で後ずさりしてしまうのだ。
李靖天は、刃に直面したとき、少し呆然としてしまった。これは新兵が銃剣で戦う際の大忌である。銃剣戦では、ためらいのために動作を止めてはいけない。人体には慣性があり、考えがすぐに身体の動きを変えることはできない。一度ためらいによって動きが止まると、相手の目には隙として映る。
だから、古参兵は新兵に教えるとき、慌てるなと伝える。たとえ腹が貫かれそうになってもためらうな、刃も相手の喉元に向けろと。相手が先にためらえば、死ぬのは相手の方だ。突きを決めたらすぐに身をかわせば、腹に傷がひとつ増えるだけかもしれない。多くの古参兵は心理的資質が非常に高く、刃が自分から1センチの距離にあっても新兵は慌てふためくが、白兵戦を戦う古参兵は刃が自分から1センチの距離にあっても、手にした刃が先に相手を突ける確信が持てる限り、心は一切慌てることがない。
そして李二も今、刃を前にしてためらいがあった。何しろこの意識体にとって初めてのことであり、冷たい刃先を直視するのはどんな生命の本能でも冷静ではいられないのだ。しかし、李二には複数の意識体があり、状況を素早く推測することができる。つまり、李二のためらいは李靖天よりも早く消え去るのだ。




