執事長5-蓮蛇と愛蛇
場所が移ります。
蓮蛇と愛蛇が、アカに曲空で連れられて行った先は、フジの屋敷だった。
「直ぐに皆が来る。
今日は二人共、休暇だ」
二人から手を離し、それだけを言って、アカは曲空した。
アカが言った通り、次々と王子達が現れては、執事長を残して消えた。
磊蛇と鈴蛇を除く執事長達は、各々心の内で優しい主に礼を言い、この日の本題に移った。
「二組目が、まさか磊蛇だとは思いませんでしたよ」
爽蛇が苦笑気味に微笑む。
「爽兄さんが先に進まないから、そうなったのですよ?」
双子が明らかに苦笑している。
「いえ、それは……」あはは……
「まあ、爽蛇には爽蛇の歩調があるさ。
それで、磊蛇と鈴蛇の式は、蓮蛇と愛蛇さんの式に倣うのか、それとも、何か良い考えがあるのか、だよな」
恒蛇が見回す。
「磊蛇自身は、鈴ちゃんが魔竜王国に行ってしまうと思い、慌てて告白したまでで、その先は考えていないと言っていました」
「兄は結婚さえできれば、それでいいんです。
きっと、時間を与えても思いつきませんよ。
鈴ちゃんは、派手な事より、素朴な事が好きですから、私達のような身内で祝う形が喜ぶと思います」
夫婦で微笑み合う。
『私達のように』……懐かしいですね……
――――――
「執事長、今回 採用しました女中達が参りました」
「すぐ行きます」
蓮蛇は書類を片付け、新人達が待っている部屋に向かった。
新人女中、三人の自己紹介を聞き、
「最初は、試験の結果から判断しました得意分野での見習いをして、お屋敷に慣れてください。
後日、希望を伺います。
あ、アカ様は無口ですが、お優しい方ですので、ご安心ください」
柔らかく微笑み、説明した。
「はい」
「こちらは、清掃係を纏めております、清蛇さんです。
清蛇さん、二人、お願いしますね」
「畏まりました、執事長。
琉蛇さん、咲良蛇さん、参りましょう」
「はい。よろしくお願い致します」
三人は退室した。
「では、愛蛇さん、厨に案内しますね」
「はい。よろしくお願い致します」
廊下に出る。
「今は昼の仕込みで忙しい時ですので、調理具を洗って頂けますか?」
「畏まりました」
さて……この方……見覚えが有るような……
蓮蛇は思い出そうとしていたが、厨に着いてしまった。
「紹介は後にしますね。
洗い場は、こちらです。
大きな道具も有りますので、今日は一緒に洗いましょう」
「執事長様が、でございますか!?」
「『様』は要りませんよ。
私は雑用係です」にこにこ。
黙々と洗い続ける。
道具だけでなく、芋なども回ってくる。
あっという間に午後になっていた。
「執事長、新人さんですか?」
「はい。愛蛇さんです。
夕食の支度からは、お願いしますね。
料理長の餐蛇さん。
あとの指示を聞いてくださいね」
蓮蛇は執務に戻った。
しかし、気になってしまって捗らない。
やっぱり、知っている娘さんだと思うけど……
天井を見詰めていると、控えめに扉を叩く音がした。
「どうぞ」
「あの……昼食が、まだなのではないかと……」
「ああ、そうでした。愛蛇さんは?」
「賄いを自由に、と料理長様が。
ですので、お持ちしてみたのですが……」
「ああ、ありがとう。
でしたら、こちらでよろしければ、お召し上がりください。
皆さんと一緒がよろしければ、そちらに」
「あ、あの……
明日は、皆さまに付いて参りますので、今日は……本当に、よろしいのですか?」
「構いませんよ。
こんな、おじさんの部屋でもよろしければね」
♯♯♯♯♯♯
出会ったその日から、互いに、なんとなく離れ難かった、この二人が仲良くなるのに、そう時間は要さなかった。
「執事長、お茶をお持ち致しました」
「ありがとう」
これも、いつものやりとりになっていた。
ただ、この日は――
「今日は、ここまでにするよ。
少し……いいかな?」
「……はい」
「愛蛇さん、随分と歳が離れているけれど、私との結婚を視野に入れてくださいませんか?」
「あ……」
「歳ばかり重ねてしまっていて頼りないとは思いますが、私は……真剣に考えております。
王子様の執事長は一生の仕事です。
私はアカ様に生涯全てを以て尽くす事をお誓い申し上げました身です。
ですが、貴女の事も……
諦めようとしましたが、心が裂けて壊れてしまいそうな程の想いになってしまっていて……
どうしても諦められませんでした。
どうか……
私と一緒に歩んでください」
指輪を差し出し、深く頭を下げた。
返事を待つ、息の詰まる、とてもとても長く感じる間、蓮蛇は、ただ待つ事には耐えられず、つい先程の事を思い出していた。
――――――
「アカ様……」
「……ん?」
何かを彫っていた少年が、一瞬 目を合わせ、微笑みを浮かべた。
「私は……アカ様に生涯尽くす事をお誓い申し上げましたが……
お暇を頂きたく――」
「休暇ならば自由に取ればいい」
作業に戻っていた。
「いえ、そうではなく……
執事長の職を辞したいと……」
手が止まる。「理由……」
「あ、はい。結婚を――」
「すればいい」再び彫り始める。
「しかし、これまでの執事長は――」
「王族会は廃された。
最早、過去など倣うべきものではない。
結婚と両立出来ぬ職では無い筈だ。
これまで通り屋敷に住めばいいが、住居が必要ならば屋敷の近くに用意する」
「アカ様……」
「愛蛇も続けたくば続ければいい。
蓮蛇の助手に配しても構わない」
「えっ……ご存知でございましたのですか!?」
「勿論、祝うつもりだ」片付け、顔を上げた。
「あ……」言葉が続かず、とにかく頭を下げた。
「蓮蛇、俺が選臣の儀で蓮蛇を選んだのは、偶然だとでも思っているのか?」
「あの……いえ、それは……」頭下げっぱなし。
「まあ、赤子だからな。
そう思われても致し方無いが、俺は蓮蛇の背に光を見、その光を捕まえたのだ。
蓮蛇を選んだのだ」
「私……を……」
「蓮蛇が『およろしいのですか?』と震えながら言った事も、俺を抱き上げ、目を潤ませていた事も、誓った言葉も、全て覚えている」
アカは蓮蛇の肩を押し上げ、頭を上げさせた。
「まだ、俺達は何も成してはいない。
これからなのだ。
蓮蛇の力が必要なのだ。
二度と辞するなどと言うな。
……頼む」深く頭を下げた。
「アカ様っ、あのっ」
大慌てで跪き下からアカの肩を押した。
「そんなっ、アカ様っっ!」
「このくらいで慌てるな」フッ……
「慌てますよぉ……」
「休暇を取って、挨拶に行く話だったな?」
「え? あ……あの、まだ……彼女には何も――」
「まさか、同意も得ず、暇を申し出たのか?」
「それだけの覚悟を要したのでございます」
「これから変えていく。
その魁と成ってくれ。
他の執事長達の為にもな」
「あ……はい! ありがとうございます!」
「行け」
「は?」
「もうすぐ茶が運ばれる」
「あっ」
――――――
「――さん? あの……大丈夫ですか?」
「えっ……あ、すみませんっ!」
「いえ……
私が びっくりして黙ってしまったから……
あまりに長くなったから、絶望して気を失ったのかと――ごめんなさい!」
「いえ、あの……」ごめんなさい、なのですか?
「あ、あのっ」
「……はい」
「王子様の執事長は、結婚できないのでは……?」
「それは過去の話です」
「ああ……良かったぁ……
辞めてしまわれるのかと……
もしかしたら執事長が……
処刑されてしまうのかと……」
崩れるように座り込み、両掌で顔を覆った。
「あっ! 泣かないでっ!
そんな事はありませんから。
アカ様は、お祝いくださると仰ってくださいましたからっ」
肩に触れそうになり、慌てて手を引いた。
『ごめんなさい』でしたね……
「あの……本当に、私なんかで……」
え?
「えっと……返事……時間切れ……ですか?」
「いえ! そんな事はありませんよ!
もう一度、お願いし直しましょうか?」
恥ずかしさが押し寄せて来ますが……
「もう一度お聞きしたいけど……
よろしいのですか?
あまりに怖い事ばかり考えてしまって、途中から覚えていなくて……」
「では、もう一度、機会が与えられたと信じますので――」
深呼吸してみた。
それでも落ち着かなかったが、姿勢を正し、
「長々とは、さすがに恥ずかしいので、ひと言だけ……で、よろしいですか?」
いつも通り話しかけたつもりだったが、声は震えてしまっていた。
愛蛇が頷く。
「私と結婚してください」
「はい♪」
え? そんなに……あっさりと……
「本当に!?」
「はい♪
二回も聞けた~♪ 嬉しいっ!」
蓮蛇の胸に飛び込んだ。
「あ……」
「えっと……蓮蛇さん……」
「はい……」おずおずと肩に手を添えた。
「……好きです……ずっと……」ずっと前から!
凜「爽蛇! 待ちなさ~い!」
琉「あ、爽――」
爽「琉蛇さんも乗ってくださいっ!」
琉「え!? きゃっ!」
風「かーちゃ♪ たのし~ね~♪」
凜「爽蛇ってば! その人 誰よ!?」
琉「爽蛇さん……あの方は?」
爽「説明は後ですっ! 急ぎます!!」
凜「は……速い……」ぜ~ぜ~は~は~




