執事長4-引っ越し
本格的に地下魔界へと進む朝です。
翌早朝――
「それじゃ、アオ兄♪ せ~のっ♪」
アオとサクラが、サクラの屋敷を持ち上げた。
「爽蛇、礎底石の片付け、頼んだよ。
移築先には設置しているからね」
「畏まりまして御座いますぅ、アオ様♪」
「もっかい、せ~のっ♪」
アオとサクラが曲空した。
そして、アオの屋敷の壁に立て掛け、鈴蛇が支えていた鏡から、アオが戻って来た。
サクラが鏡から顔と手を出す。
「ラン~♪ 俺達の家だよ~♪」
「では、兄様方、お気をつけくださいね」
虹藍が、地下魔界に進む事を心配しつつ、鏡をくぐった。
サクラが出て来た。
「移築完了~♪ みんな、くぐって~♪」
サクラの屋敷の蛟達が、アオの屋敷の蛟達に挨拶し、礼をしては、双掌鏡をくぐって行く。
「なあ、爽兄……あの鏡は何だ?」
「あれは、双掌鏡という竜宝ですよ。
サクラ様のお屋敷と繋がっているんです。
これからは、アオ様のお屋敷と、サクラ様のお屋敷を、自由に行来して頂くんですよ」
「アオ、もう一組だ」アカが現れた。
「急に言って、すまなかったね。
ありがとう」
「磊蛇、鈴蛇、一枚ずつね~♪ はい♪」
「サクラ様……この鏡は、まさか……」
「いつでも会えるからね~♪」
「それぞれの部屋に置いたらいいよ」
「ありがとうございます!」二人、うるうる。
「蓮蛇、愛蛇が探していた」
アカの後ろから女中が顔を出した。
「あっ、申し訳ございませんっ、アカ様っ!」
あわあわわっ!
「構わない」肩に手を置く。「行くぞ」
「皆様っ、お先に失礼致します!」礼っ!
「磊兄ちゃん、鈴ちゃん、お幸せにねっ♪」
執事長夫妻を連れて、アカは曲空した。
「愛ちゃんは、蓮蛇を探して来たのではなく」
「磊蛇と鈴ちゃんを見に来たんだろうな……」
双子が呟き、二人を見ると――
二人は真っ赤になっていて……
「箜蛇、屋敷に行くぞ」クロが肩に掌を当て、
「魁蛇殿、帰りましょう」フジも掌を当てた。
「磊蛇、鈴蛇、幸せにな」
「恒兄……」「兄さん、ありがとう」
キンと恒蛇が微笑み、消えた。
「ハク兄さん、邪魔はいけませんよ。
爽蛇、鏡をお願い。すぐ戻るからね」
アオがハクを連れて消えた。
「こちらは、またアオ様のお屋敷のお庭に戻るのですね……」
「爽蛇、長~く置かせてくれて、ありがと♪
みんなのお世話も、たっくさん、ありがと♪」
「私は何も致しておりません。
皆様には、大変お世話になりました。
ありがとうございました」
爽蛇は礎底石と双掌鏡を持って、サクラに深く一礼し、アオの屋敷に向かった。
「爽蛇、また後でねっ♪
鈴蛇は、今日はお休みだよっ♪
磊蛇も、お休みでいいでしょ♪」
サクラも消えた。
「ええっと……どうしましょう……」
「そうだな……ここ、庭に戻すか?」
「そうね。それがいいわ♪」
二人は、なんだか、どうしていればよいのか分からず、サクラの屋敷が建っていた場所を庭に戻すべく動き始めた。
一緒に居られる、協力している、それだけで胸がいっぱいで、土が剥き出しの、その場所には、既に幸せの花が咲き誇っているようだった。
ちゃんと咲いてるよ~♪
二人の心の色がね、
綺麗な花になってるんだよ♪
――――――
少し時を遡り、前夜――
夜も更け、まだ騒いでいる王子達の部屋に、箜蛇が来た。
「皆様、寝所が整っております。どうぞ」
「箜蛇~、俺達は、ここだからな~」酔っ払い。
「承知致しております、ハク様。
御客様、御婚約者様方々、ご案内致します」
優雅だが隙の無い所作で、恭しく礼。
アオとサクラの屋敷の蛟達が案内し、部屋には王子達だけになった。
箜蛇は、ハクの周りの瓶を回収しながら、クロに近寄った。
「クロ様、急な事で誠に申し訳ございませんが、明日の午前中、お休みを頂きたいので御座います」
「いいぞ。半日と言わず、一日 休めよ」
「有難う御座います」
「滅多に休みゃしねぇんだからなぁ。
遠慮せずに、もっと休めよ」
「お心遣い、痛み入ります」
「でも、何かあったのか?」
「喜ばしい事が御座いまして」フッ……
「なんだよ~、いい事なら言えよなっ」
「結婚の祝いの相談を――」
「箜蛇のかっ!?」
「私は、祝う方で御座います」
「なぁんだ……で、誰のだ?」
「磊蛇と鈴蛇で御座います」にっこり。
「磊蛇がどうしたっ!?」「鈴蛇、結婚!?」
ハクがガバッと起き、サクラが跳んで寄った。
「はい。近いうちに」にこにこ。
「鈴蛇チャンって、磊蛇の妹じゃねぇのか?」
「いや、恒蛇の妹君だ」キンも来た。
「磊蛇の家で育っただけだよ~」
「では、執事長の皆さんで相談するのですね?
でしたら、魁蛇殿にも、明日は休むよう伝えてくださいますか?」
フジも寄った。
「有難う御座います、フジ様」
「あ、でしたら、私の屋敷に集まってはいかがですか?
位置的に、お二人に気付かれにくいと思いますよ」
「ああ、そうで御座いますね。
フジ様、重ね重ね感謝の極みに御座います」
「大袈裟だなぁ、箜蛇は~
もっと気楽にしねぇと、嫁なんて来ねぇぞ」
「クロ様、私は生涯、貴方様に全てを捧げる覚悟で御座いますので、結婚など致しません」
「いや、してくれよ……」
勘弁してくれ……
結婚してくれ……
頼むから、もっと気楽に生きてくれ~
でないと、オレが苦しい!
兄弟が笑い出す。
「ん。解った」「急で、すまないね」
「気にするな」「ありがとう、アカ」
背を向けて話していたアオとアカが微笑み合う。
アカが立ち上がった。
「帰る。ワカナの部屋に案内頼む」
♯♯♯♯♯♯
夜明け前――
赤虎工房の隣に移築したアカの屋敷から出た愛蛇は、夜中に突然戻り、作業し続けている主の為に、朝食を運んだ。
「アカ様、失礼致します」
「ん?」作業の手は止めず、チラと見た。
「あの……」
「蓮蛇か? アオの屋敷だ」
「いえ、あの……」
「磊蛇も、他の執事長達も居る」
「では、鈴ちゃ――いえ、鈴蛇様もご一緒なのでございますね?」
「そうだ。
サクラの屋敷の引っ越しの件か?」
「はい。
あの……その、お引っ越しは……既に、決まった事なのでございましょうか?」
「決定事項だ。今、引っ越しの最中だ」
「それは、あまりに酷い事では――」
アカが手で制した。
「心配無用だ。
これは双掌鏡という竜宝だ。
この鏡は天竜王国と魔竜王国を繋ぐ物だ」
「えっ……では――」
「アオとサクラの屋敷と、ハク兄の屋敷は、東西に長い王都の東端と西端だ。
蛟が飛ぶには、かなり遠い。
だから、引っ越しを急いだ。
双掌鏡で繋げば隣室同然だからな」
「あ……ありがとうございます!」
「と、アオが言うから急いで作っている。
サクラも騒がしいのでな」フッ……
「アカ、装飾部品は出来たわよ」
「ありがとう、ワカナ。
急に言って、すまなかったな」
「いいわよぉ、嬉しい事なんだから♪
愛蛇さん、蓮蛇さんをお迎えに行ってね」
「よろしいのですか!?」
「今日は、蓮蛇も愛蛇も休め。
祝いの予定を立てればいい。
フジの屋敷に集まるそうだ。
では、行くぞ」
「行ってらっしゃ~い♪」
――――――
時を戻し、アオの屋敷の庭では――
「私ね……執事になろうと決めたのは……
磊蛇さんの下で働きたかったからなの」
「えっ……恒兄と同じ道を、とか言ってなかったか?」
「うん。言ってた。
だって……恥ずかしかったから……
ずっと……好きだったんだもん」真っ赤。
「そ……ぅか……」真っ赤っか。
「お城の執事として頑張っていたら、いつかは、ハク様のお屋敷で働きたいって希望を出したら、通るかな……って……
女中だったら、そんな遠回りしなくても働けたと思うけど……でも、同じ仕事がしたかったの」
「ありがとう……」
「え? どうして、お礼なの?」
「嬉し過ぎる……だから、ありがとう」
「……うん」
それから暫く無言だったが、やわらかく、あたたかい空気を感じながら、二人は並んで生垣を整えていた。
屋敷の境界にしていた生垣を整え終え、磊蛇が地均しをしている竜宝を止めた。
「あとは……芝生か何か……花も植えるか?」
「あ……あれは――」「芝生だな……爽兄か」
二人で花や木の位置を決め、空いた場所に芝生を配していく。
「小さい頃ね、愛ちゃんとよく、
『一緒にライ兄ちゃんのお嫁さんになろうね』
って言ってたのよ」ふふっ♪
「オレなんかの? 二人とも変だぞ」はははっ
「ライ兄ちゃんは、言葉は乱暴だけど、その向こうに、とっても大きな優しさが見えてたから……だから大好きだったの」
「優しさなんか……
たぶん、そんな余裕なんて無かったよ」
「余裕で生まれるものじゃないでしょ。
優しさは本質よ。
だからね。
本当の兄妹じゃない、って判った時……
すっごく嬉しかったの。
お嫁さんになれるんだ、って思って……」
「そうか……
もっと早く言えばよかったな……」
「うん……私も、怖くて……聞けなかった……」
「やっぱ、オレって怖いよなぁ」
「そうじゃない!
……そうじゃなくて、妹以上には思えない、って言われたら、どうしよう、って……思って……」
「同じだな……オレも同じだ。
二人とも、同じ事 考えてたんだな」
「兄妹だから似るのかな……」
「これから、似たもの夫婦になればいい」
「あ……うん!」
「花、調達しに行くか?」「はい♪」
凜「あ♪ 爽蛇、その子達は?」
爽「アオ様のお屋敷には、
託児所も御座いますのです♪」
凜「その子……爽蛇そっくり……」
爽「えっ? あ……そうで御座いますかぁ?」
凜「いや、そっくりでしょ」
爽「そそそそそんな事は――」
風「とーちゃ、このオバチャだぁれ?」
凜「オバ――」
爽「し、失礼致しますっ!!」
凜「逃げるなっ! その子を貸せっ!!」
キン 恒蛇────┐
ハク 磊蛇─┐兄 │
アオ 爽蛇 │妹 │
クロ 双┌箜蛇 │ │兄
アカ 子│蓮蛇=愛蛇 │妹
フジ └魁蛇 │
サクラ 鈴蛇────┘




