闇拠点9-妻と妹
前回まで:魔王について判った事を
兄弟に報せました。
深夜、アオは屋敷の倉で酒を選び、その瓶に浄化の光を込めた。
そして、曲空した先の卓に、その酒瓶を置こうとしていた。
「なんだ、アオか……どうした?」
ギンが目を覚ました。
「起こしてしまって、すみません。
これから地下魔界に行くので、その前に置いて行こうと思ったんです」
酒瓶を掲げた手から浄化を闇で覆って放ち、ギンの内に入る瞬間、闇を解除した。
「夜中だろ? 今からなのか?」起き上がる。
「はい、魔王が動き出す前に、しなければならない事が、たくさん有るんです」
「それは?」
「千年竜喜です。それでは――」
「なぁ、あの場では言えなくても、今なら教えてくれるよな?
スミレと何を話してたんだ?」
「お伝えしたままですよ」
「神になると性格が変わるのか?」
「おそらく。多少は……」
「それなら言ってるだろ」
ため息ひとつ。
「『本っ当にギンの方がオネショ王子だったんですもの♪』と仰ってました」
言い方、真似る。
「その言い方……まんまだな」
「それでは、お休みの所、申し訳――」
「だけじゃないだろ?」
もう一度ため息。
「本当に聞きたいのですか?
あの場では……皆が居たから、よりも、自分に置き換えてしまって……
だから言えなかったんですよ」
「なら、フッ切るには丁度いい。教えろ」
ため息、三つ目。
「『スミレ様にとって父上は?』と尋ねました」
「ふむ」
「……弟だと……」
「……そうか……」
自嘲の笑いなのか、泣きなのか、ごく微かな声が、顔を押さえ項垂れたギンから漏れ聞こえた。
「俺は……ルリに、そう言われる事を、何より恐れていましたから……だから……」
「ありがとう、アオ」想いの詰まった息を吐く。
「……すまなかったな」
「いえ……」
アオは、そっと治癒の光でギンを包み、頭を下げて、曲空した。
♯♯♯
【――って、分かっても『弟』なのよね~
ルリ、アオの事は、そう思わなかったの?】
(あまりに年齢差が有り過ぎて『弟』とも思えず、生意気でマセたガキだな、と――すみません……)
【アオって、その通りよね~♪】うふふっ♪
【それで、いつから好きになったの?】
(えっ……いや、それは……自分でも、よく分からなくて……)
【あ……それは、そうよね。
私も、いつからコハクが『兄』じゃなくなったのか、よく分からないわ】
うんうん
【コハクは、普段は陽だまりみたいなんだけど、時々『きゅん』って、させてくれるの♪
それが、ギンには無かったのよね~
だから『弟』から脱皮しなかったのよ。
アオは『きゅん』って、させてくれたんでしょ?】
(え……あ……まぁ……はい)真っ赤!
【ホント、おマセさんなんだからぁ♪】
(あの……スミレ様は――)
【スミレでいいわよぉ】
(いえ、無理ですから、ご容赦ください。
スミレ様はアオ様の――)
【伯母なんだけど~
成長を見守ってきた訳ではないし、そんな自覚なんて持てないわ。
私が死んだから、ギンが結婚して、王子達が生まれたの。
私、父が神竜だなんて知らなくて……
私の魂を父が保護してくれて、初めて知ったの。
父は、私の魂も生まれ直さないと、神竜の魂としての永遠が得られない事を知らなくて……知った時には、サクラの卵しか残ってなかったのよ。
だから私は、絆竜のアオではなくて、サクラと一緒に生まれ直したの。
ヒスイも一緒にね。
その時からアオが成人するまで、私の竜としての記憶は封印されてたの。
私とヒスイとサクラは、ひとつの卵から生まれた『三つ子』だと思ってたわ。
私とヒスイの姿が見えてたのは、アオとサクラだけだったんだけどね。
ずっとそうだったから、不思議とも思ってなくて……
天界と神界を行ったり来たりしてたけど、それも、学校にでも通ってる感覚で……
そうして育ったから、記憶が戻るまで『アオ兄様』って呼んでたわ。
だから、伯母って――無理なのよね~
アオも普段は『様』なんて付けないわ】
(ルリ、呼んだかい?
あれ? スミレ、ここに居たのか)
【ルリと話したかったの♪】
(じゃあ、ゆっくりしてて)
(アオ、闇障が必要なのか?)
(いや、大丈夫だよ。
ルリも、ゆっくりしててね)気配が消えた。
【ねっ♪ 兄と妹でしょ♪】
(確かに……)
【同じなのよね……
抜けないわよ。ギンには悪いけど……】
(スミレ様。
どうしようもない事は、気にしてはならないと思います。
ギン王様も、乗り越えようとなさっていらっしゃいますし)
【そうね~】
(あっ、あの……偉そうに、すみませんっ!)
【どうして謝ってるの?】うふふっ♪
【ありがとう、ルリ姉様♪】
(やっ……おやめくださいっ!
あのっ、それっ!)
ルリが、わたわたして、スミレが一層 楽しげに笑った。
――が、二人に緊張が走った。
(アオ!) 【アオ!】
(融合しろ!)【後ろは任せて!】
眼前の鏡から、幻影のように透けて揺らめく魔物が溢れ出で、背後の鏡からは闇黒竜が現れた。
【光輝神雷!】
闇黒竜が降って来た輝きに包まれ、神竜に戻った。
前方の魔物は、ルリが掌握で掴み、それをアオが光で消し去り、瞬く間に戦闘は終了した。
(ルリ、スミレ、ありがとう。
ゆっくりさせてあげられなくて、すまない)
(ちゃんと声をかけろ)【そうよ~】
妻と妹が相乗効果で強さを増した……
そう感じてしまったアオだった。
(ここは?)
(魔王の鏡部屋みたいだ。
用途不明な鏡だらけなんだよ)
【ここ、地下魔界なの!?】
(そうだけど――あ……)(アオ、どうした?)
(神は入れない筈なんだ)(地下魔界の境界!)
(そう。何故――)
【アオの中に入っていればいいの?】
(現に入っているんだから、そうなんだろうね)
(闇障のせいではないのか?)(そうかもね)
【カルサイ様なら、お分かりになるかしら……】
(後で確かめてくれるかい?
今は迂闊に俺から出たりせずに――スミレ!?)
【大丈夫よ♪ 出ても平気だわ♪
あ……とにかく呪を探すわねっ♪】
楽しそうに鏡の間を縫って歩き回っている。
(出たとたん滅されたら、どうするんだ!!)
【そんなに怒らないでよぉ、兄様~
平気なんだから、いいじゃない♪】
(あのなぁ……)(アオ、私が闇で包んでおく)
(頼んだよ、ルリ)(任せろ)ふふっ♪
スミレが光で、ルリが闇障で、呪を探し始めた。
(スミレ様、これは?)【呪だわ】
スミレが光を当て、闇黒色の滲みを浮かび上がらせた。
【掴めるかしら?】(お任せください)
スミレが術を唱え始めた。
ルリが掌握で捕らえると、もがく小さな闇黒竜に雷が突き刺さり、塵となって消えていった。
アオは魔物が現れたら動こうと決め、楽しそうな二人に暖かい眼差しを向けた。
【アオ、ひと通り見たわよ】
(ありがとう、スミレ、ルリ)
アオは掌を翳しながら、鏡の間を歩いた。
(これかな? 二人は少し待ってて)
(君は話せるかい?)
【貴方様は……竜宝の王なのですね?】
(うん、させてもらってるよ)やっぱり照れる。
【私は迸常鏡。
『移動鏡の元祖』と呼ばれております】
(どう使えば、どこに行けるの?)
【私が示します扉や鏡のうち、ご希望の場所にお繋ぎ致します】
鏡の中に扉が映し出された。
次々と扉や鏡が現れる。
(あ、ここは、老竜の神殿だね?)
【はい】
(じゃあ、魔竜王城もあるのかい?)
【御座います】
(あっ、サクラが置いた鏡!
この鏡にお願いします)
【畏まりまして御座います】
「神竜様、天界に参りましょう」
「あ……はい」
まだ状況が呑み込めていない神竜を連れて、迸常鏡をくぐり、魔竜王城の双掌鏡に出、同じ鏡をもう一度くぐり、天竜王城の双掌鏡に出た。
そこから曲空して深蒼の祠へ――
「こんな時間に申し訳ありません。
ムーント様、こちらの方をお願い致します」
「アオ様、ありがとうございます。
少しはお休みになってくださいね」
(そうだぞ、アオ。少しは休め)
(うん、屋敷に戻るよ)
【あら、珍しく素直ね♪】
(珍しく、って……)(その通りだろ?)
(あのなぁ……)(睨んでいないで戻れ)
【私、コハクの所に行くわ♪
また明日ねっ♪】
(行ってしまわれたな)(ルリ、疲れてない?)
(可愛い神様だな)(そうだね……ありがとう)
(どうしてアオが礼を?)(妹だから、かな?)
(本当に、互いを兄・妹だと思っているのだな)
(うん、妹だね。伯母だとは……どうしてもね)
(良い関係だな)(そう? 変な関係だけどね)
(ねぇ、ルリ……)
すんなり受け入れてくれたのは
嬉しいんだけど……
妬いては、くれないのかい?
(寝たのかな?
おやすみ。今日も、ありがとう)
アオは微笑み、ルリの髪を撫でた。
心配するな。
私の知らないアオをたくさん知っている。
それだけで、十分――
――妬いている。
『千年竜喜』という酒は、味も珍しさも
最上級なんです。
ハクのように酒好きな竜にとって、
竜喜は放ってはおけない酒なので、
千年保管するのは至難の技なんです。
白「アオ♪ 竜喜くれっ♪」
青「どうしたんですか? こんな夜中に」
白「匂いだよ♪ 持ってんだろ?」
青「知りませんよ」
白「出せよ~♪」うりうり♪
青「おやすみなさい!」
白「出すまで帰らねぇからなっ♪」
青「そうですか……」キラン
白「おいっ! 何だよ、コレ!?」
青「相殺です。それと――」
白「え!? ……ぐぅ……」
青「治癒の眠りですよ。ハク兄さん」




