伽虞禰12-心の距離
前回まで:伽虞禰の暴動は未然に防げました。
「終わりましたね……」
「はい。お庭の皆さん、笑っておりますね。
あの笑顔は、フジ様が齎したので御座いますよ。
あっ! フジ様、お体の方は――」
「大丈夫ですよ。
私には、私の戦い方が有る、という事もよく解りました。
それでも……やはり、共に戦いたいのです」
「フジ様……」
「ですから、天界に戻って、しっかり治します。
次に魔界に行くまでに、必ず治します!」
「はいっ♪」
「お~い、フジ~」
神竜を連れて、クロが飛んで来た。
「天界、行くぞ。フジも帰らねぇとな」
「でしたら、神竜様は私がお連れしますよ」
「いや、オレも行きたいんだ」
フジの手も掴んで曲空した。
♯♯♯
神竜を深蒼の祠に預け、クロが祠の外でアオの気を探していると――
「クロ兄様、悩み事ですか?」
「まだ帰ってなかったのか!?
リリスさんが心配するだろっ」
「心配……かけているとは思いますが、私はクロ兄様の事が心配なのです」
「オレ!? オレは大丈夫だよ!
何 言ってんだよぉ」
「姫様は、クロ兄様のお荷物にはなりたくなくて、頑張っているのです。
今も……将来をも……考えて」
「将来? 魔界での事か?」
「いえ、中の国を治める、その時の事ですよ。
御自分で、全て担うおつもりなのでは……?
そう、私は思うのです」
「オレは? 名前だけの殿になるのか?
オレが人じゃねぇからか?」
「そうではなく、天竜王族としても活動し続けられるように、ですよ」
「それって……」
「先日、治療に来たサクラに、姫様が付いて来られて、私の病室で将来について話していたのですよ。
その時は、私は夢物語的なものだと思っていましたが……
サクラも婿入りですから、二人は真剣に話していたのです。
サクラから婚約すると聞いて、その事に気付き、今朝、大婆様にお会いしました。
魔竜王国も二王制ですが、今は虹藍女王様のみ。
ですから、サクラは、いずれ王となるでしょう。
しかし、サクラは、二国の懸け橋として、天竜王族としても存在し続けたいと願い出たのです。
その願いをアオ兄様が支え、両国に働きかけているそうです。
それを聞いた姫様は、クロ兄様も同じだと……
ですから姫様は、クロ兄様にも、人界との懸け橋として、天竜王族としても存在し続けて欲しいのだと、大婆様と王に、直接 願い出たのです。
その将来の為に、姫様は、支え合える存在になりたいと頑張っているのですよ」
「話は解った。けど……」
「姫様が遠くに行ってしまったような寂しさを感じるのでしょう?」
「フジ……お前……」
「私も、妃になろうと努力して、日に日に、それらしくなっていくリリスに、そう感じていましたから……
私が、こんな事になっても、気丈に振る舞い、笑顔を絶やさず、時には毅然と……
でも……私は、そんなリリスに、寂しさを覚えてしまっていたのです」
「どうやって乗り越えたんだ?」
「アオ兄様が気付かせてくださいました。
リリスの想いや、私が成すべき事。
私には見えていなかった、いろいろな事を教えてくださって……
互いに、引き離されないよう成長し続け、目を向け合い、心の手を離さなければ、支え合えるので、寂しさなど無い、と」
「そっか……フジ、ありがとなっ。
オレも、引き離されねぇくらい努力する!」
フジが立ち上がり、
「では、屋敷に戻ります」微笑んだ。
「あ、そーだっ!
フジ、数学の問題集、持ってねぇか?」
「え? どうして今頃?」
「アオやサクラに言われても何ともねぇが、姫にまで言われると、さすがになぁ」
「では、屋敷まで一緒に」手を取り、曲空。
♯♯♯
「フジ様、こちらで御座います」
フジの執事長・魁蛇が、問題集だけでなく、教科書や参考書、フジが書いた帳面等々、一式が入った箱を持って来た。
「ありがとうございます」
魁蛇は恭しくお辞儀して去った。
「フジ、ここに通ってもいいか?」
「構いませんけど……」
「教えてくれ! 頼むっ!」拝む。
「クロ兄様……」苦笑。
「暫く養生するんだろ? なっ」また拝む。
「私で、よろしければ……」
「恩に着る!」
「この部屋をお使いください。
私は隣に居りますので、いつでもどうぞ」
「今夜、ここで勉強してもいいのか?」
「構いませんよ」
「ん? これ……中等? 高等のは?」ごそごそ
「そこから制覇してくださいね」
「お前まで~」ぱらぱらぱら……
「未使用の帳面です。こちらに置きますね。
それでは」隣室へ。
フジは寝台に腰掛けた。
(リリス、起きていますか?)
(フジ、お帰りなさい♪)
(遅くなって、すみません)
(そんな事いいの。
フジが無事なら、それだけでいいの。
ね、行っていい?)
(え? 来ていたのですか?)
扉から軽い音がした。
駆け寄り、開ける。
(フジ♪)そっと抱きしめた。
(リリス……)抱きしめ返す。
寝台に並んで腰掛ける。
リリスが、たたんだ紙を差し出した。
(姫様からのお手紙なの。
クロ様が飛ばれてから思い出したって、サクラ様がお持ちくださって)
読んだフジが微笑む。
(天界でも読んで頂けたら、人の存在が身近になりますね♪)
リリスが頷く。
(だから嬉しくて、早く見せたかったの♪)
(サクラが知っているのなら、もう、兄様方もご存知でしょうか……)
(伝えてくださるそうよ)
(でしたら、早急に、こちらの言葉にしなければなりませんね)
(ありがとう、フジ)
(フジ兄、ちょっといい?)
(サクラ、原稿の件ですか?)
(お願いしてもいいの?)
(私に、書かせてください)
(今、持ってっていい?)
(はい)(リリス、サクラが来ます)
「お邪魔しま~す」卓に原稿を置いた。
「兄貴達みんな喜んでたよ~♪
でも無理しないでね、フジ兄」光を当てる。
「次に魔界に行くまでには治したいので、無理などしませんよ、サクラ」にこっ
「じゃあ、よろしくお願いしま~す♪
リリスさん、お邪魔しました~」曲空。
――した先は、隣の部屋。
(なぁに? クロ兄)
(教えてくれ!)拝む!
(いいよ~って、中等!?)
(ここ、何 書いてるんだ?
これだけだから、なっ)
(それはね~――――)
こうしてサクラは、明け方までクロに教える事となってしまった。
(俺、眠~い)(解いてる間なら寝てていいぞ)
(そんな隙ないでしょっ!)(あっ、これは?)
(ほらぁ、またぁ~)(いや、これだけ、なっ)
(それで、どぉして答えだけ埋まってんのぉ?)
(カンで埋めてみた♪)(ふぅん)(ここは?)
(合ってるから、解かなくていいんじゃない?)
(サクラ、見捨てないでくれぇ)(おやすみ~)
(サクラ! なぁ、おい、サクラ?)(や~ん)
(なっ、ここだけだから)(アオ兄、助けて~)
(クロ、サクラは、かなり消耗しているんだ。
休ませてやってくれないか?)
(じゃ、アオ来てくれよぉ)(嫌だ)(断る)
(ルリさんまで、そんなぁ)(俺も眠いんだ)
(アオも消耗している。休ませてくれ。頼む)
(クロ、何時だと思ってるんだ?)(寅か?)
(分かってるんなら、お前も寝ろ)(え~っ)
(起きていたいのなら、自力で解いてくれよ)
(そんなぁ)(頑張れよ)
(なぁ……アオ……
姫は、オレの事……頼り甲斐の無いヤツだと思ってるのかなぁ……)
(お前……姫が、一生懸命、背伸びしている理由が分からないのか?)
(あれは……背伸びなのか?)
(そこすら見えていないのか……
クロと肩を並べようと、健気に頑張っているのに)
(オレと? オレなんかと並ぶ為に、背伸び?)
(人にとって竜は、とてつもない存在なんだ。
その竜と並びたいと思ったら、姫のように常人離れな運動能力を以てしても、必死で背伸びしなきゃならないんだよ)
(でもオレは、そんなたいした――)
(そうやって自分の力に蓋をしているから伸びないんだよ。
クロの力は大きいんだ。
お世辞や慰めなんかじゃなく、本当にね)
(皆、そう言うけど……)
(実感が無いよね?)(まぁ、な)
アオが現れた。
クロの額に掌を当て(神眼 発動して)(おぅ)
(何か見えたかい?)
(湖? 海? 凍ってるみたいな……)
(うん、具体的に見えるんだね。
それなら、どこかに少し、水面が見えないか?)
(ん~~……有った!
解けてる所が有る!)
(それが今、開いてる部分だよ。
因みに、俺のは――)
(あ……何か重なった! ちゃんと湖だ!)
(だから皆の力が大きいと、勘違いしてしまうんだよ。
今、開いてる大きさしか感じられないから。
でも全体を見ると、よく分かるだろ?)
(どうやったら全部 解けるんだ?)
(それはクロが見つけないと。
クロの力なんだからね。
でも、勝手に限界を決めてはいけない事が解れば、それだけでも解け始めていないか?)
(あ……ヒビ入って崩れた!
見やすくなったぞ♪)
(そうか……あとは頑張って――)ドサッ!
(え!? アオ!?)
(眠っただけだ。心配ない)
(ルリさん……すみませんっ!)
(構わぬ。連れて帰るからな)曲空。
(ありがとう!)
(それは、アオが起きたら言ってくれ)
(いや、ルリさんも、ありがとう)
(私は何もしていない。
言ってる暇が有るのなら、その広大な海を早く解かして、アオを助けて欲しい)
(うん……)
(ん? まさか……泣いているのか?)
(いや……)
(大きな力を持っているのだ。縮こまるな。
他との差を感じたなら、取り残されたなどと拗ねる無駄な時を、努力の時に変えて、必死で差を詰めればいい。
姫様は遠くになど行っていない。
常に傍にいたいから、懸命に努力しているだけだ。
そうでなければ、人が竜の力を使い熟すなど到底出来ぬ。
帰ってやれ。待っているぞ)
(え!? こんな時間に!?)
(空を見上げている)
行ったか……世話の焼ける義弟だ。
アオが目覚めた時、ルリの寝顔は微笑んでいた。
凜「あれ? サクラ?」
桜「ん~……ここ……どこ?」
凜「寝ボケ曲空?」
桜「ん……甘いヤツね……とーぜんでしょ……」
凜「寝ちゃった……?」
桜「うん♪ ごちそぉさま~♪」
凜「いい夢……っぽいよね……」




