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みかんのきもち  作者: 名前はまだない
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6.5 七尾と千愛2(サブエピソード)

 昼休みの教室で、千愛(ちあい)がキャピキャピした数人の女子に(から)まれている。うちの真横(まよこ)で。

 まあ、珍しい事じゃないので驚きもしないんだけど、さっきからチラチラと助けを求める様な視線をこちらに送ってきている。


千愛(ちあい)ちゃんのお弁当ちっちゃーい! お腹空かないのー?」

「……うん」

「口もちっちゃいもんねー。かわいいー」

「そんなこと……ない」

「そう言えば千愛(ちあい)ちゃんってどの辺に住んでるのー? 」

「……ないしょ」

「えー! めっちゃ気になるー!!」


 (うつむ)き気味でお弁当のおかずをパクパクと口に運ぶ千愛(ちあい)の表情はやや固い。


 ……まつ毛長い、めっちゃ可愛い。


 引っ込み思案(じあん)千愛(ちあい)でなくとも、あんな風にキラキラした女子高生に囲まれて質問責めに合えば、大抵の人はたじろぐだろう。


 ……困った顔も可愛い。やばい抱きしめたい。


「てか千愛(ちあい)ちゃんって色白だよねー! 日焼け止めとか何使ってるのー?」

「化粧とかしてないのー?」

「あ……えっと……」


 そんな矢継(やつ)(ばや)に質問されても答えられないって。まったく、おしゃべりな人達だ。

 千愛(ちあい)もたぶん迷惑してる。ただ、いつも意地悪されてるから、困ってる千愛(ちあい)を横目に、素知(そし)らぬ顔でうちもお弁当を口に頬張る。いつもの仕返しというわけだ。


「肌もすっごい綺麗だよね! 触ってもいいー?!」


 ガタッ!!


「わ! び、びっくりした。五六(ふのぼり)さん、急にどうしたの?」


 唐突(とうとつ)に、椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がったうちの顔をみんな不思議そうな顔で見ている。


「あ、いやー、なんだろうね。なんか足()りそうになっちゃって」

「そ、そうなんだ。大丈夫?」

「ごめんごめん。もう大丈夫」


 我ながら訳わからないと思うけど、なんとか話題を()らす事に成功した。

 千愛(ちあい)もやっと解放されたと言わんばかりに安堵(あんど)の表情を浮かべている。


 キーンコーンカーンコーン


「あ、やばっ!次移動教室じゃない?! 準備してないー!」

「私もー!急げー!」


 そんなやりとりをしながらドタバタと去っていく彼女たちを見送り、「はぁ……」とため息をつきながら再び席に着く。


七尾(ななお)……ありがとう」

「ん、別に……」

「……? 七尾(ななお)、おこってる?」

「え? なんでうちが怒るの?」

「……」

「別に怒ってないって」

「やっぱり……おこってる」


 力なく答えるうちの袖口(そでぐち)をキュッと掴んだまま立ち上がる千愛(ちあい)に引っ張られる形で腰を浮かせる。

 そのまま無言で歩を進める千愛(ちあい)。移動教室とは逆方向だ。


千愛(ちあい)、どこ行くの?」

「……」


 階段をどんどん(のぼ)っていく途中で、うちにも目的地の見当(けんとう)がついた。


 最後の一段を越えてたどり着いた先にあるのは、ドアとそれに付いているシルバーのダイアル式の鍵。

 カチカチと数字を合わせる千愛(ちあい)の背中を見ながら、なんで番号知ってるの? って聞きたくなったけど、寸前(すんぜん)で言葉を飲み込んだ。


 ガチャンっと重厚な音を立てながら解除されたロック。

 ドアを開けて外へ出て行く千愛(ちあい)に続く。


 屋上って初めて来たけど、意外と風が強いなとか、日差しが強いなとか考えているうちに、千愛(ちあい)は申し訳程度に存在する日陰(ひかげ)に入り、ぽんぽんと地べたをたたいている。


 「はいはい」と返事をしながら、言われるがままに腰を下ろす。

 すると千愛(ちあい)はうちの右足と左足の間に、うちに背を向ける形で三角座りをした。


 手を伸ばせばすぐに後ろから抱きしめられる距離。例えるなら……うちがピンク色のカーディガンで千愛(ちあい)がプロデューサーみたいな位置関係だ。


 座ったはいいものの、やや重めの沈黙(ちんもく)がその場を支配する。

 (なか)ば無理やり連れてきておいて、何も喋らないとはどういう了見(りょうけん)だこんちくしょう。

 うちは決めた。千愛(ちあい)が話すまで、一言も喋らないと。


「……」

「……」


 ……暑い。日陰(ひがけ)にいるとはいえ周囲の雰囲気温度は高い。

 千愛(ちあい)の肌はいつも冷たくて気持ちいいんだよなあ。

 (さわ)りたい……な。


 どれくらいの時間が経っただろう。千愛(ちあい)はうちに背を向けたまま何も話さない。空を見上げ、雲がゆっくり流れていくのをぼーっと見ている。

 うちと千愛(ちあい)の流れる時間の速さは違うのかな? 我慢の限界と言わんばかりに、千愛(ちあい)の|(ほほ)にそっと手を伸ばす。


七尾(ななお)


 ……いやいやいや、このタイミング、絶対わざとやってるでしょ。我慢比べはうちの負けってことか……


「なに?」

「なんでおこってるのか教えて」

「いや、怒ってるっていうか……千愛(ちあい)に……あの子たち……」

「あの子たち?」

(さわ)ろうとするから……」


 そう言った瞬間、背を向けていた千愛(ちあい)がこちらに振り返る。


「な、なに?」

「さわられるの、イヤだったんだ?」


 ニンマリと笑う千愛(ちあい)の顔を見て全てを(さと)った。全部わかっててやってるよ、この子。


「それは、まぁ……うん」

七尾(ななお)はやっぱりかわいいね」


 千愛(ちあい)には(かな)わない。さっきまで凄くもやっとした気分になっていたのに、その一言だけで飛び跳ねたいくらいに心が(はず)む。その気持ちを表に出さないようにするだけで精一杯(せいいっぱい)だ。


「どくせんよく?」

「そう……なのかな? よくわかんない」


 これは嘘。誰が聞いてもバレバレ。(まぎ)れもなく独占欲(どくせんよく)だ。

 千愛(ちあい)を独り占めしたい。誰にも()れられたくない。うちだけに()れてほしい。

 なんて(あさ)ましいんだろう。言いたいことは割とすぐ口に出してしまう性格だと自分でも思っていたんだけど、千愛(ちあい)の前だとどうにも素直になれない。

 こんな(みにく)い心の中を、千愛(ちあい)にだけは見せたくない。


「あのさ、千愛(ちあい)はうちが他の人に(さわ)られても平気?」

七尾(ななお)は私だけのもの。だれにもさわらせない」

「えっ……」

七尾(ななお)にふれていいのは……私だけ」


 胸の(あた)りに感じる千愛(ちあい)の呼吸。さっきよりずっと距離が近い。

 小さな体でぎゅっと力強く抱きしめられる。

 負けじとこちらも抱き返す。


七尾(ななお)、キスしたい?」

「……したい」

「したいんだ」

「うん」

「どうしようかな」

「意地悪しないで……んっ」


 まだ喋ってる途中なのに。うちの口は千愛(ちあい)の柔らかい唇で塞がれてしまった。


七尾(ななお)、いじわるしてほしくないの?」

「えっ? な、なに言ってるの?」

「いじめてほしいんでしょ?」

「そんなこと……あっ」


 もう一度キスをした後、首筋に千愛(ちあい)の唇が()れる。

 軽く吸ったり、チロチロと舐めたり……全身がゾワゾワする。


「あっ……ちょっと、千愛(ちあい)……待って……」

「いじめてくださいって、いわなきゃ……ね?」

「ぅ……ん」

「うん?」

「……ぃじ……てく……さい」

「なに? きこえないよ」

「い、いじめてください……」


 クスりと笑った後、「いいよ」と言いながらうちの頭を()でる千愛(ちあい)の目は、いつもと同じ三日月の様になっている。

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