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少女たちは青春を刻まない  作者: 赤羽 翼
ネクロフィリアの夢
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選択肢【解決編】


 放課後。僕、彰人、雪村さんの三人は全員無言で階段を下りて昇降口へ向かっていたところ、十束さんに声をかけられた。その後、彼に昨日事件の話をした空き教室まで連れてこられてしまった。中には明月さんと荒川さん、そして明日馬さんと桂川さんが揃っている。……事件関係者大集合。これでは、まるで解決編じゃないか。


「あなたたちが呼び出したの?」


 二人の姿を認めた雪村さんが不快げに尋ねた。

 明日馬さんがミノに目を向ける。


「あなた()()というか、ミノが呼んだんだけど」

「心配しなくても、これで最後にする予定よ」


 座っていた桂川さんが立ち上がる。椅子はいくつもあるが、僕たちは誰も腰を下ろさなかった。妙な緊張感がそれを許してくれなかったのだ。

 ……さっきの今で、もう証拠を見つけてきたのか? あり得ない。絶対に見つけられるわけがない。これはただのパフォーマンスだろう。僕は犯人しか知り得ない情報だけ喋らないようにすればいい。慎重に受け答えさえすれば、乗り切れるはずだ。

 桂川さんが黒板の前まで出てきて、僕と向かい合う。


「晴海明日香を殺害した犯人がわかったわ。昨日から言っていた通り、犯人は風間蒼。あんたね」

「だから! 風間が犯人なわけ――」

「全部説明するから少し黙ってなさい」


 昨日とは違う、桂川さんの冷たくも真剣な目に雪村さんは気圧され、黙り込んだ。これで援護射撃をしてくれる仲間を一人失ってしまった。


「まず、風間は二本のボトルを用意した。一本にはお茶を入れて、もう一本には砂を入れた。砂は先週のうちにでも部室で入れておいたんでしょう。あんたたち二人がいない隙を狙ってね。その隙、あったかしら?」


 彰人が本心では言いたくなさそうに口を開く。


「金曜日、俺と雪ちゃんは二人でコンビニにいったよ」

「じゃあきっとそのときね。晴海にはテキトーなこと言ってごまかしつつ、口止めしておけばいい。懐いてたなら言うことも聞いたでしょう」


 確かに、彼女は僕の言うことなら無条件に聞いてくれた。


「砂入りボトルをリュックに忍ばせておいて、アスマの目の前ではお茶入りボトルを飲んでこいつの印象に残らせる。放課後、お茶入りボトルを机の中に放置すると、部室で喘息の発作の真似事をした。雨宮に自分のリュックの中身を把握させ、鈍器になるものは持っていなかったと証言させるためよ」

「あれが演技だって言うのかよ?」

「馬鹿みたい」


 彰人と雪村さんが小声で呆れたように漏らした。桂川さんは無視して続ける。


「事前に砂入りボトルをリュックから出しておけば、明らかに重量がおかしいボトルを雨宮に触らせずに済む。そしてあんたたちをコンビニへ誘い、自分は財布を忘れたという理由をつけて部室に戻った。砂入りボトルを本棚に被せられていた厚手の布でくるむと、バンドを利用して遠心力をまとわせて晴海の後頭部を殴打。床に倒れ落ちたところを何度も追撃して殺害した」


 雪村さんと彰人の表情が露骨に怒りで歪んだ。しかし桂川さんは気にする様子も見せない。


「ボトルに入っていた砂は、晴海が既に用意していたか自分でダンボールから引っ張り出した箱に注ぎ、そこにミニチュアやらフィギュアやらを置いて、さも晴海明日香は箱庭を作っている途中で殺された風を演出した。問題は五百ミリリットルのペットボトルに入っていた砂の量が多くて、箱に入りきらないこと。だから風間は砂を紙袋に戻した。その際、スコップの上に砂の山を築いた」


 桂川さんがポケットからその写真を取り出して雪村さんに手渡した。彼女はそれを彰人と共に食い入るように見る。


「刑事さんからこのこと聞かれたけど、これは確かにおかしいかも……」

「晴さん、いつもスコップに砂なんて乗せてなかったよな」


 まずい。流れが少し変わった。普通ならそんな事件に関係なさそうな写真、二人が見ることはないと思っていたのだが……。明日馬さんめ。恨めしげに彼女を見るが、早く帰りたいのかぼうっと壁掛け時計を眺めているだけだった。


「風間も当然それは知っていたでしょうけど、金属アレルギー故にスコップに触れることができず、ハンカチだと指紋を消してしまうおそれがあり、そこから小細工がバレる可能性を危惧して放置した。わざわざ箱庭を作る小細工が有用なのは、こいつだけだから」


 桂川さんは一旦言葉を区切り、再び話し始める。


「あんたたちと合流した風間はコンビニの水道で砂まみれになっていたペットボトルを洗う。学校へ戻ったところで事件に立ち会い、明月たちを待っている間にクラスメイトの柳葉を利用して教室に残したお茶入りボトルを回収させた。これはちゃんと柳葉に確認を取ったし、風間本人も認めたわ。よね、アスマ?」


 明日馬さんは興味なさげにこくりと頷いた。この子が本当に昼間の推理を自らの頭で構築したとは思えない。恐ろしい話だ。

 彰人と雪村さんが不安げに僕を見てきた。二人の中にある僕への信頼度は、いかほどだろうか。まだ信じてくれているかな。

 僕は言葉を選びながら口を開く。


「その話は昼間明日馬さんから聞いた。てっきり新しい事実が出てくるのかと思ったよ。返す言葉は同じだ。証拠を出してほしい」


 彰人が頷いてくれる。


「確かにな。今の話じゃ、蒼にも犯行が可能だったってことにしかならない」


 それも昼間僕が言ったことだけど。

 桂川さんが大きくため息を吐いた。諦めのため息、という感じではない。仕方なし、といった具合のため息……。何だ?


「いいのね? 証拠を出しても」


 酷く冷酷な表情に背筋をぞくりと何かが這った。その圧に負けじと返す。


「そりゃ、出せるなら……」


 明日馬さんや刑事さんたちの反応を見るに、三人も彼女が言う証拠が何なのかわかっていないようだ。現に明月さんが首を傾げた。


「桂川。証拠ってのは結局何なんだ? 俺たちゃそれらしいものを見つけてもいないぞ」

「こんな事件の証拠なんて、あたしたちがわざわざ探してやる必要はないのよ。だって――」


 桂川さんの目が僕を鋭く捉える。


()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉にみんながきょとんとする中で、僕だけが愕然としていた。……どうして。


「あんたがどうしてもスコップに触りたくなかった理由を当ててあげましょうか。せっかく極上のネタを手に入れたのに、手が少しでも荒れていたら()()()()()()でしょう? だから絶対にスコップに触りたくなかった」


 本当に、気づいている、のか?

 桂川さんが右手を差し出してくる。


「スマホ貸しなさい」


 ……何で、知っているんだ。

 僕は震える声をどうにか抑えながら答える。


「貸す意味がわからない」

「そこに証拠があるから。あんたが証拠を出せって言ったのよ」

「証拠じゃなくて僕の所持品じゃないか。そんなの証拠に――」

「ぐだぐだ言ってないでさっさと出す! あんたは今、限りなく黒よりのグレーよ。そこから真っ白になるチャンスを棒に振る気? そこの二人だって多少の疑念は持ってるはずよ。友人に疑われたまま一生を過ごすつもり?」

「そうは言っても、プライバシーってものが――」

「金曜日」

「は?」

「下校途中」


 急に、何だ?


「セミの死骸」


 目を見開く。どうして知って――! あのとき、道のずっと後ろにいた、小柄の女子。あれは、まさか……。あれから、悟られたって言うのか。僕の計画は始まる前から、破綻していたのか。だとしたら、もう、抵抗する意味も、ない。


 僕は震える手でスマホを取り出すと、どうにかパスワードを解除して手渡した。わざとパスワードを何度も間違えてホーム画面を開けないようにしてやろうかとも一瞬思ったが、そんなことをしても彰人と雪村さんの不信感を煽るだけのためやめた。


 桂川さんはスマホを少しばかり操作し、画面を刑事さん二人に見せつけた。


「これが証拠よ」

「一体何が――なっ!」

「こ、これは……」


 明月さんと十束さんが驚愕の声を上げ、


「ど、どうしてこんなものを……」


 荒川さんが口元を抑えて気味悪げな声を漏らし、


「なるほどねぇ。そういうことか」


 明日馬さんは何事か納得して、


「う、嘘……何で……」

「ど、どういうことだよ、蒼……!」


 回り込んで写真を見た雪村さんと彰人が悲痛な声を発した。

 桂川さんが僕に画面を見せてくる。そこに写っていたのは、()()()()()()()()()


「さっき事件をおさらいしたとき、意図的に省いた箇所があったの。後頭部を殴られてうつ伏せに倒れたはずの晴海が、どうして仰向けになっていたか。犯人が動かしたのは明白だけど、その理由はこの写真を撮るためだったってわけ」


 念願の真の愛を向けられた相手の顔を、写真に収めないわけにはいかなかった。だから不審に思われるのを承知で晴海さんを仰向けにしたのだ。何のためにそうしたのかなど、誰にもわかるわけがないと思った。だがバレた。


「このフォルダは、このスマホで撮影したものが保管されるフォルダね。あんたがこの写真を撮影できる機会は、部室へ戻ったときしかない。階段にいたこの二人が誰も廊下を通っていないと証言していて、文芸部室に隠れられるスペースはない。部室と階段の間にある空き教室は施錠されていた。だから突如として第三者が現れて、風間の目の前で晴海を殺して、風間がそれを黙っていたという可能性はない。あんたが犯人である、決定的な証拠よね」


 僕は沈黙で答えた。もう言うべき言葉は何もない。弁解の余地もなかった。


「で、でも、どうして彼はこんな写真を撮ったんだい? あまりにも決定的すぎるというか、いち早く現場から去りたいはずの犯人がすることじゃないよね」


 十束さんが困惑しつつ尋ねた。桂川さんは僕のスマホを操作し、


「こいつ、死体愛好家ネクロフィリアなのよ。他にも生き物の死骸を大量に撮っているわ。むしろ、この写真を撮るために晴海を殺したと考えるのが妥当ね」

「それは違う!」


 反射的に声を上げてしまった。晴海さんの遺体を撮影するためだけに彼女殺した? 違う。そんな理由じゃない。


「何が違うわけ?」

「僕は……」


 もうどうでもいい。溜め込んでいた思いを吐き出すのは、きっと今しかないのだろう。


「僕は晴海さんを、本当の意味で好きになるために、手に掛けたんだ」


 完全なる自供だ。もう遅いことだった。

 雪村さんがたちまち涙を流し始め、彰人が僕に殴りかからんばかりの勢いで前へ出たのを、十束さんが押さえた。


「蒼てめぇ! そんな、()()()()()()()()()()()()()()のために、晴さんを殺したのか! 頭おかしいだろ!」


 わけのわからない、ふざけたこと? ああ、そう思われるか。理解されるとは思っていなかった。全否定される覚悟はちゃんとあった。けど、実際に言われると、どうしようもなく……。


「お前に……お前らに何がわかるんだ!」


 これまで出したこともなかった怒号が喉の奥から噴出した。


「そうだよ。みんなからしたら頭がおかしいさ。こっちは好きな人も好きと思えない欠陥品なんだから! 羨ましいよ! 普通に人を好きになれて、普通に恋人ができて、それを変だと思わなくて! 死体しか愛せない僕はさぞ気持ちが悪いだろうね! しょうがないじゃないか。そういう風に生まれちゃったんだから。どうすればよかったって言うんだ! 晴海さんのことが好きでも、本当の意味で好きだと思えない。僕は彼女を愛したかったんだ……。だから……」


 言うべきことはまだあった。でも、もうやめた。彰人と雪村さんは僕の言葉に愕然とし、荒川さんは気味を悪いものでも見るかのような視線を僕へ向け、刑事さん二人は同情するかのような表情を浮かべていた。

 僕は見せ物になるために叫んでいるんじゃない。気持ち悪がられたいわけでも、同情してほしいわけでも、理解してほしいわけでもない。


 別の選択肢を、提示してほしいのに……。僕は間違っていたと、徹底的に否定してほしいのに。誰も僕の話なんて聞いちゃいない。ただの哀れで愚かなサイコ殺人鬼としか見られていない。

 いや、僕を追い詰めた二人は、先ほどから何一つ表情を動かしていない。明日馬さんは興味なさげ、桂川さんは冷めた顔で……。


 桂川さんがゆっくりと僕の眼前までやってきた。瞬間、彼女の拳が僕の頬を打った。身体が吹き飛ぶ。引き戸を倒して僕は廊下に転がった。い、痛い。小柄で華奢に見えるのに、凄いパワーだ。


「ち、ちょっと桂川さん!」


 十束さんが宥めようとするが、直後に明月さんが何かを察して引き止めた。

 仰向けに倒れる僕の腹に桂川さんが馬乗りになった。胸ぐらを掴まれ、彼女に顔を引き寄せられる。


「あたしはね、あんたみたいな加害者のくせに被害者ぶる奴が一番嫌いなのよ! 晴海を本当の意味で好きになりたかったから殺した? 馬鹿か! オナニーに使うオカズがほしくて殺しただけでしょうが!」

「そんなわけ――!」

「あんたが晴海を殺して得たものはそれだけよ!」


 違う。他にも、他にもある、はずなんだ。


「本当の意味で晴海を好きになりたかったら、付き合って、結婚して、何が何でも晴海より長生きすればよかったじゃない! そうすれば彼女の遺体を拝めた!」

「そ、そんなの、駄目だ。見れる確証が……」

「本当に! 一ミリたりとも! 今の案にそそられないわけ!? それならあんたは変わった性癖の持ち主じゃなくて、ただのクソ野郎よ!」


 ……晴海さんと一緒に暮らして、新しい家族ができて、彼女の最期を看取る。そんな空想が脳裏に現れた。それは、どれほど、幸せなことなのだろうか。

 明日馬さんが壊れた引き戸からひょっこりと顔を覗かせた。


「ようするに、同意の上ならオッケーってことだね」

「あんた耳おかしいんじゃない!? それとも頭がおかしいのかしら!?」


 明日馬さんの発言に桂川さんが全力で突っ込んだ。


「いやいや。究極的にはそういうことでしょ。結婚って、相手に先に死に顔を見せる了解を取り合う誓いじゃん」

「怖いわよ! あんたの結婚に対する認識どうなってるの!?」

「いやもちろん、見方によっては、ってことね?」


 同意の上で殺す……?


『わたし、そーくんになら何されてもいいって気がするの』


 あのとき、晴美さんは僕の殺意に気づいたはずだ。だからあんなことを言った。きっと、僕に訊いてほしかったんだろう。


『殺してもいい?』


 ……と。僕も訊こうとはした。けど、そうしたら彼女はきっとこう答える。


『うん。そーくんがそうしたいなら、いいよ』


 そんなことを言われると、僕はきっと、彼女を殺すことができなくなってしまった。どうしてかわからないけど、それだけは確かにわかる。だから同意を求めなかった。もしかしたら、それが――。


 選択肢はいくつもあった。それを知ったところで、もうどうしようもない。僕が選んだのは、その中で最低最悪のものだったのだから。


 後は、哀れで愚かな男の、情けない泣き声が響くだけだった。

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