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黒く光る苦手な生き物 (正大 継之介)


 そんなわけで、何とか掃除を終えた俺は、公人の部屋の前にいた。一応、綺麗になった事務所の画像は送っているが、写真だけでは許してくれないらしい。

 公人は怒ると意外に面倒くさいのだ。

 ただ、謝るだけでは許して貰えない。


「そう言えばさ……。名古屋、どうだった……? 〈悪魔〉は見つかったか?」


 話題を変えることで公人の気を反らそうとする。

 なんだかんだ言っても、公人は仕事に真面目な男だ。質問すれば、機械的な口調で自分の成果を報告してくれるだろう。

 しかし、俺の期待に反して公人の声は小さかった。


「…………ああ。恐らくは」


 潜もった声を返す公人。『報・連・相』は、早く端的に分かりやすく。そう掲げる『明神興信事務所』だが、今日の公人は違っていた。


「恐らく……? なんだよ、公人にしては曖昧な返事だな。……早く帰ってきたから、なにか手がかりをつかんだのかと思ったぜ」


 公人が守るのは『報・連・相』だけではない。

 時間に関しても同じで、仕事に設けた時間を破ることはない。あるとすれば、仕事を早く終わらせたから。

 そう思っていた俺だったが、どうやら違っていたようだ。


「その逆だよ。なにも掴めなかった」


「なに……? なら、なんで――」


 手掛かり一つ掴めず、手ぶらで帰ってくるなど公人らしくない。

 扉の中に閉じこもる公人は今、一体、どんな表情をしているのだろうか。長い付き合いであるはずの俺でも、全く想像できなかった。


 公人は何故、依頼を達することなく帰ってきたのか、その理由を言った。


「その、言いづらいのだが僕の苦手なアレが大量発生していて。いや、それが依頼だったんだけど――」


「そんな依頼だったのか。なんだよ、言ってくれれば俺が代わりに行ったのに」


 公人が名古屋に依頼で出向いたことは知っていたが、その理由までは知らなかった。苦手なアレが相手だったのであれば、公人が行かなくても良かったではないか。



「そう言う訳には行かないさ。『明神興信事務所』としての仕事だ。継之介に迷惑をかけるられないからね」


「べつに迷惑じゃないけどな……」


〈悪魔〉を見つけることは、俺にとってもプラスになる行為だ。それを全て、『明神興信事務所』に任せる方が心苦しい。

 それは、俺がこの世界に来てから常に感じていることだった。

 俺は、日々考えていることを口にする。


「なんだったら、俺も『明神興信事務所』で働くぜ?」


 バイト先である誠子の父が経営する洋食店に不満はない。むしろ、料理のできない俺を雇って貰っているので、あるのは感謝だけだが、俺だけが楽しく働くのは公人に申し訳が立たない。


『明神興信事務所』で働かせてくれという俺に答えるためか、閉じていた部屋を開いた。

 中から顔を覗かせた公人は儚げに笑う。


「それは無理だよ……。継之介」


「なんでだよ! 確かに現実世界じゃ、俺は普通に働いてたけどよ、でも、この世界なら構わないだろうが」


 手に職を持っていた世界とは違い、俺はこの世界では自由の身だ。だから、『明神興信事務所』で働けると訴える俺に、


「……そう言う問題じゃないんだ」


 と、公人は言った。

 なんで俺が『明神興信事務所』で働けないか――その理由を続けて口にする。


「継之介。君は陰でコソコソできる性格じゃないだろう?」


 問題なのはどこで働いているのかではないと。

 確かに、そう言われると俺は陰で動くタイプではない。探偵のような淡々と裏で探るのははっきり言って出来ない。

 何かあれば、本人に聞いた方が早いと思ってしまう人間だ。

 それは依頼人に失礼か。

 たまに、公人と行動するからこそ、バランスよく活動できる。公人の言葉に相槌を打つ俺に公人が小さく頭を下げた。


「まあ、昼間のは言い過ぎだ。その、大量発生したという場所で気を張っていたから。つい……」


 安定の地である事務所に帰ってきても、部屋が汚されていれば、公人が怒るのも当然のこと。謝るのは、片づけをしていなかった俺の方だ。

 悪かったと俺も頭を下げた。

 そして、視線が下がった位置で、俺と公人は互いに顔を見合わせて笑う。


「きゃああ!!」


 和解した俺達を引き裂くような悲鳴が一階から聞こえてきた。それは、純さんの叫び声だ。

 なにごとだと俺達が駆け付けると、


「た、助けて……」


 純さんが指差すのは、シンクの上にいる昆虫だった。髭を揺らして動きを止める物体は、ゴキブリ。動きの速さと気味の悪い触覚が特徴の、人間の天敵とも呼べる存在だった。


 興奮させないように静かに動きながら、俺は机に置かれていた新聞紙を丸めて武器を作る。ゆっくりと純さんの横に並び、停止しているゴキブリに狙いを定める。

 止まっている今がチャンスだ。

 俺は目を見開いて、新聞紙を振り下ろした。新聞紙で叩かれたゴキブリはダメージを受けた手足を動かす。

 しかし、最も脅威である機動力は見る影もなく、歩くというより、のたうつように移動していた。


「良かった。やっぱり、この時期は多くなるのよね」


 梅雨時期で温かくなる6月は自然的に増えてしまう。それは、〈悪魔〉がいる〈並行世界(このせかい)〉でも同じようだった。

 純さんが、止めを刺すようにして殺虫剤を吹きかける。

 俺は動かなくなったゴキブリをティッシュに包んでトイレに流した。

 キッチンに戻ると、純さんと公人が話していた。


「公人さん……、やっぱり、苦手なんですね」


「はい……。昔から何故か駄目なんですよね」


 純さんがそう言って笑っていた。

 そうか。

 こっちの世界の公人もゴキブリが苦手だったのか。

 並行世界の公人と純さんは、所謂(いわゆる)、夫婦の関係にある。籍は居れたが名字を変えないのが、どこか公人らしくもあるが――それでも、並行世界の公人と、俺の知る公人は別人だ。純さんだって、この世界に来るまで会ったこともなかった。


 しかし、こうやって二人の話している姿を見ていると、互いに敬語で話しているのに、なんとなく夫婦のように見えるから不思議である。


 公人はおぼつかない脚で部屋に戻ろうとする。

 純さんが心配そうに寄り添う。

 親しい夫婦のような姿に、俺達がこの世界に来なくても、公人と純さんは結婚する運命にあったのではないだろうか。

 二人の背中を見て、少しだけそんなことを思った。

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