九話 ー手記ー 祭夜
夏祭り当日——
「裕司くーん」、「ゆう兄ー」
玄関の方から涼子と桜の声がした。
急いで向かうと、浴衣を着た二人が立っていた。
涼しげな水色の浴衣を着た涼子の姿は、とても綺麗だった。
しばらく見惚れていると、
「お祭り、お祭り〜」
涼子の横で、ピンク色の可愛い浴衣を着た桜が嬉しそうに言った。
はしゃぐ桜に急かされている気がして、私は慌てて靴を履いた。
いつもの通学路を越えて、しばらく歩いた頃、
「足いたーい」
慣れない草履を履いていた桜が声を上げた。
「もう少しだから、我慢してね」
涼子も自分の足を少し気にしながら、優しく言った。
神社の階段が見えると、さっきまで痛がっていた桜が、急に走り出した。
「ちょっと、待ってよ桜」
私と涼子は、慌てて桜のあとを追った。
息を切らせながら階段を上がり鳥居をくぐると、参道の両側に提灯と縁日が広がっていた。
普段は静かな島なのに、今日は人が多く、とても賑やかで驚いた。
「島のお祭りってこんなに人が集まるの?」
「うん、毎年こんな感じだよ。年に一度の夏祭りだからね」
私はそう言った涼子の横顔をしばらく眺めていた。
「かき氷〜、わたがし〜♪」
「あ、あれやりたーい」
前を歩いていた桜が、振り向いて射的の屋台を指差した。
五発のコルク玉を受け取ると、桜は夢中で景品を狙った。
だが、一つも当たらなかった。
「あー、全部当たらなかったー」
残念そうな声で桜が言った。
「うーん、次は〜、かき氷!」
屋台の方をしばらく見て考えていた桜が、かき氷の方へ走って行った。
「いちごを三つください」
かき氷を受け取って、三人で神社の奥へと向かうと、社殿の前の階段に腰を下ろした。
久しぶりに食べたかき氷は、冷たくておいしかった。
かき氷を口にした瞬間、ふと両親と行った夏祭りのことを思い出し、思わず鼻をすすった。
「…泣いてるの?」
隣に座った涼子が心配そうに聞いた。
「えっ、泣いてないよ!」
慌てて否定し、立ち上がった。
私は恥ずかしさから、二人から少し離れた。
そのままかき氷の残りを食べながら、神社の周りを見まわした。
『鎮魂碑』
そこに、ひとつの石碑が立っていることに気が付いた。
「……なんだこれ?」
見慣れない言葉が刻まれた石碑のことが気になって近づいていった。
『昭和◯◯年 ◯◯◯◯』
石碑には何人もの人の名前が刻まれていた。
しかし、不思議なことになぜか、どれも女性の名前ばかりだった。
「ねぇ、涼子、この石碑って何?たくさん名前があるけど……」
「……知らない」
涼子が小さく答えた。
「……え?」
「だから、知らないって言ってるでしょ!」
いつもの涼子からは想像できないくらい強い口調だった。
「桜、帰るよ!」
涼子はそう言うと、私を置いてその場から離れて行った。
「えー、やだー。わなげやりたいー。まだ全然お祭り楽しめてないよ」
急に帰ろうと言い出した涼子に、桜が不満をもらした。
「だめ!帰るよ!」
しかし、涼子は桜の言葉を聞かず、嫌がる桜の手を引いて、参道を歩いて行ってしまった。
「ちょ……まって……」
声をかけようとしたが、涼子のいつもと違う態度に戸惑っていた私は結局、何も言えないままその場に立ち尽くした。




