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第1話 目が覚めたら異世界の森、でも最高のマイルームスキル

 ピー、チチチ……。


「……ん」


 森の中で風が木々を揺らしているような、さわさわという優しい自然の音の中から耳へ届く心地よい小鳥のさえずり。


 寝坊しないために異様に大きく設定してある、いつもの耳障りなスマホのアラーム音じゃない。


(あれ……? 私……昨日、何時に帰ってきたんだっけ……)


 地面にうつ伏のまま、覚醒しきっていないぼんやりとした頭で朧げな記憶をたどる。


 昨日は確か、日付が変わる直前の終電で帰宅し、お風呂も入らずにそのまま玄関で力尽きた……はず。


「……ふあぁ」


 大きなあくびを一つ。

 少しずつ意識がしっかりとしてくると、ごろんと仰向けになってゆっくりと目を開ける。


「は?」


 視界に飛び込んできたのは、見慣れた賃貸マンションの天井ではない。

 どこまでも高く広がる吸い込まれそうなほどの青空と高くそびえ立つ木々の葉っぱたち。


「……どこ、ここ?」


 寝ぼけているのだろうか。

 それともまだ夢の中なのか。


 上体を起こすと、カサリと乾いた音がして、自分が森の中の落ち葉と草むらの中で寝転がっていたことに気づく。


 衣服に視線を落とせば、帰宅してからそのままの会社のスーツに、足元は靴だけを脱ぎ捨てたストッキング姿だ。


 訳も分からずフリーズしていると、しっとりとした森の空気が肌を撫でた。

 微かな風と共に香る、瑞々しい土と緑の匂い。


 自分の置かれている状況がまったく理解できず、パニックになりかけたその瞬間――。



 ぴこんっ!


 目の前の空間が輝いて、半透明の淡いブルーに光る『画面』が軽快な音と共に現れた。



『チサ様。長年の過酷な社畜生活、本当にお疲れ様でした。

 あなたの限界を迎えた魂を保護し、こちらの世界アルカディアへ転移させていただきました。

 第二の人生はどうかご安全に、ご自身のお好きなようにお過ごしください。

 特典として、あなたの望みを叶える”固有スキル”を授けます。――カミさまより』



「……えぇ?」


 呆然としながら、空中に浮かぶ画面と文字をまじまじと見つめる。


 魂の保護? 転移?

 よくあるWeb小説的な展開……?


 ていうか、神様!?


「痛っ……!」


 試しに右頬を強くつねってみる。普通に痛い。

 どうやら夢の中でも、仕事のストレスで見ている幻覚でもないらしい。


 私は本当に、異世界とやらに来てしまったのだ。


「第二の人生って言われても……。こんな森のど真ん中で、手ぶらでどうしろって言うのよ。それに、私の望みは……」


 毎日終電、休日出勤当たり前。

 有給休暇? なんですかその都市伝説は。

 平均睡眠時間は5時間で、栄養補給の殆どはゼリー飲料か栄養バーだ。


 そんな生活を送っていた私が、いつも願っていたことなんて、一つしかない。


「会社に行きたくない……! 誰にも邪魔されず、あったかいお風呂に入って、ふかふかのベッドで、一生引きこもっていたい……!」


 心からの願いだった。

 それはまさに、ブラック企業の暗黒に染まりきった私の魂の叫びそのもの。


 その瞬間、私の頭の中に、ひとつの”スキル”の使い方が、濁流のように一気に流れ込んできた。



『固有スキル:マイルームを発動しますか?』


 目の前の画面に、『Yes/No』の選択肢が浮かび上がる。



 私は迷うことなく、Yesへと指を突き出し叫んだ。


「はいっ(Yes)!」


 指が画面に触れると同時に、目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。

 キィィィン、と小気味良い電子音が響き、光の粒子が猛烈な勢いで一箇所に集まっていく。

 眩しさに目を細め、やがて光が収まったとき――そこには、ぽつんと小さな木造の小屋が佇んでいた。


「え……、これ?」


 見た目はどう見ても、小さなログハウスだ。

 年季が入っており、まるで元々そこにあったかのように周りの風景に溶け込んでいる。


 恐る恐る近づき、真鍮製の丸いドアノブに手をかける。

 カチャリ、と小気味いい音を立ててドアを開け、一歩中へ足を踏み入れた。


「な、何これ……!? 嘘でしょ!?」


 あまりの衝撃に、開いた口が塞がらない。

 外見は間違いなく、少し寂れた木造小屋だったはずだ。


 なのに中に広がっていたのは、驚くほど広々とした、デザイナーズマンション風の1LDKのモダンな空間だった。


 しかも、広さだけじゃない。

 リビングの大きなガラス窓。外から見れば木造の壁なのに、中からは外の景色がはっきりと見えている。

 さらには家具家電までも、私の理想を完璧に具現化していた。


 外界から完全に遮断された、完璧なプライベートスペース。

 カタログを眺めてはため息をついていた、最高級ふかふかダブルベッド。


 キッチンに目を向ければ、一人暮らしには贅沢すぎる3口のグリル付きIHコンロ。

 カプセル式のエスプレッソマシンに多機能オーブンレンジ、2ドアの大型冷蔵庫。


 エアコンからは、心地よい26度設定の冷気が静かに吹き出している。

 さらに、バスルームのドアを開けると――


「広っ!……それに、お湯張ってある!?」


 そこは、高級ホテルのような大理石調のラグジュアリーなバスルームだった。

 湯気がモウモウと立ち込める広々としたバスタブには、まさに今、自動で適温のお湯が注がれている。


 終電帰りの深夜に、湯舟に浸かれずにシャワーだけで済ませていた社畜生活を思い出し、不覚にも目頭が熱くなる。


 異世界、万歳。 温かいお湯、万歳。


 これだけで、私はこの世界に骨を埋める覚悟が決まった。


 リビングに戻ると、ガラステーブルの上に、私のスマートフォンがぽつんと置いてあることに気づいた。


 画面を点けてみるが、アンテナマークの横には、当然のように圏外の二文字。


 けれど、見慣れたアプリたちに混ざって、ひとつだけ異彩を放つ『知らないアイコン』が存在していた。


 買い出しカートのマークに、『異世界ネットスーパー』という文字。


 試しにタップしてみると、通信エラーになることもなく、画面が切り替わる。


 そこには、「即時配送!タッチひとつでその場へお届け!」といった文言と共に、『生卵(6個パック)』『最高級ホテル食パン』『板チョコレート 』『緑茶』等々の見慣れた日本の食材や日用品が、ずらりと画像付きで並んでいた。


 画面の端、所持金やポイントが表示されるであろう場所を確認すると、そこには『∞(無限)』の文字。


「む、無限……。つまり、無料で頼み放題ってこと……?」


 ゴクリと、生唾を飲み込む。


「……決めた」


 私はよれよれのスーツを脱ぎ捨て、バスルームへと駆け出し、そのまま最高の湯加減のお風呂へと飛び込んだ。


「私はもう、絶対に働かない! ここから一歩も出ずに、一生引きこもってやる……!」


 クソみたいなサビ残も、理不尽な上司も、ここにはいない。


 温かいお湯に肩まで浸かり、極楽の吐息を漏らす。


「あ゛~~~。生き返るぅ~~~」



 こうして、”元”お疲れOLチサの、命を賭けた(賭けない)快適で自堕落な異世界引きこもり生活が、盛大に幕を開けたのである。

※この作品はaiちゃんとの共同作品です。

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