翡翠さん、ナウシカアの背中を少しだけ押す
しばらく更新が滞っていましたが、「オデュッセイア」への介入です。まだしばらく介入する機会はありませんので、神話の進行にお付き合いください。
「ほほう、魔法屋で買った土魔法が役立ったな。フランス国王夫妻をアメリカに連れて行ったときも、西部劇介入のときも、土魔法が役立っていた。」
「穴に落としたり石の雨を降らせる程度なら命に関わることはないし、敵の足止めにも役立つからな。風で切り刻んだり火で燃やすのとは違う。」
「しかし、あの下郎ども、むかつくやつらだったな。なんで人の屋敷で我が物顔で飲み食いしてるんだ?」
「古代ギリシャにはクセニアといって来客をもてなすルールがあったんだよ。無下に断れない。」
「だからといってだな。」
「そう、だからといってもだ。ホメロスはそこに目を付けたのだろう。ホメロスというともう作家という範疇に収まらない感じだが、きっとクセニアを良いことにのさばる無礼者たちに腹の虫が治まらなかったのかもしれない。」
「あいつら、オデュッセウスが死んだのだから、妻ペネロペーは新しい夫を選べと迫ってきてるのだろう?たとえ夫が死んでも再婚する義務はないのでは?」
「オデュッセウスはイタカの領主だから、領主不在は認められないということなんだろ。」
「ほう、欲しいのはペネロペーという女ではなくて領主の座か。」
「そういうことだ。つまり王位簒奪をもくろむ輩たちだ。」
「物語のスタート地点にこの状況を置いたのはさすがだな。早く帰郷しないと家と国が奪われる。読者は最初からハラハラでオデュッセウスの冒険を見守らなければならない。」
「読者っていうか、聴衆だけどな。リラを弾きながら歌い語るラプソドスという吟遊詩人の物語を聴衆が聴いていた。」
「それはなかなか私と相性が良い文化だ。個々人が孤独に黙読するのと違って、語りと音楽で文化が共同体を豊かにまとめる。みんなが私をたたえるべきだ。」
「まあ、そう、なのかな。」
「翡翠も介入の行動にリラの伴奏が付いていることを自覚して行動すべきだな。」
「リラってどんなのか知ってるか?」
「誰に向かってそれを言ってる?私は悠久の時を生きる女神だぞ。ギターだけじゃなくてリラも弾けるわ。」
「お、珍しく違和感のないコスプレ...」
「コスプレ違うわ!これは私自身だ。」
「なるほど、思えばおまえってもともと古代ギリシャ風の衣装だもんな。」
「アフロディーテをもギャフンと言わせる最強の女神だ。敬え!」
「と油断したところにマシュマロを放り込む。」
「あ、“敬え”の“え”の口にマシュマロを入れおったな。」
「ところで最強の女神よ、おまえパリスの審判って知ってるか?」
「おう、ヘラ、アテナ、アフロディーテで誰が一番美しいかをトロイヤの王子パリスが決めさせられるやつだな。あやつ、見かけに欺されて、いや違うな性欲に駈られてだ。パリスが選んだのはアフロディーテ、その褒美が世界一の美女。」
「そうだ。ちなみにヘラは権力と王位、アテナは知恵と戦の勝利を約束した。」
「アホな男だ。戦に勝利し権力を手に入れれば美女など思いのままであろうに。」
「そんな身も蓋もないことを。ところでおまえだったら何を約束するんだ?」
「試練の女神だからとびっきりの試練を与えてやるよ。」
「そんなものを欲しがっておまえを選ぶ人間なんておらんわ。」
故郷イタカを出奔したテレマコスは、ピュロスに到着しネストール王を訪問した。王は戦友オデュッセウスの息子を歓迎し、宴を開いた。ネストルー王自身も、トロヤ戦争のあとの帰還の旅で、ポセイドンへの祭祀をおろそかにした罰のため艱難辛苦の航海を余儀なくされたという。ネストールは戦友にしてギリシャ軍の総大将アガメムノンが、その妻と不倫相手によって謀殺されたことを告げ、息子オレステスが見事に仇を討った話を聞かせ、テレマコスに奮起を促した。この言葉はテレマコスに、イタカで求婚者たちに執拗に言い寄られている母ペネロペーの身の上を想起させ、一刻も早く父オデュッセウスを探し出してイタカに帰還しなければという気持ちを強めたのだった。
ネストール王はオデュッセウスの居場所を知らないが、アガメムノンの弟メネラオスなら何かわかるかも知れないということで、立派な馬車と息子を随行させてメネラオスが治めるスパルタの王都ラケダイモンへテレマコスを送り出した。メネラオスはトロイヤ戦争のきっかけとなった人物である。というのも、ヘラ、アテナ、アフロディーテの三女神のうち誰が一番美しいか選ばされることになったトロイヤの王子パリスは、世界一の美女を与えると約束したアフロディーテを選び、その結果、メネラオスの妻だったヘレナがパリスに奪われることになってトロイヤ戦争が始まったのだった。いったんはパリスのものになってしまったヘレナは、戦争が終わって再びスパルタに戻り、メネラオスと再び夫妻になったが、いったん別の男のものになった女をメネラオスがどんな気持ちで受け入れたのか、そこには様々な伝承が生まれる余地が残った。
テレマコスからイタカのペネロペーが求婚者たちの群れに苛まれていると聞いたメネラオスは、自分自身も艱難辛苦の船旅でなかなか帰還できないでいたとき、プロテウスという海の神からオデュッセウスが存命であるという情報を得たことを告げた。ニンフのカリプソの元に留め置かれているという。カリプソは彼に恋してしまい、永遠の命と快楽を約束して島に留まるよう懇願したのだ。懇願、いや強制だ。オデュッセウスは故郷イタカと妻ペネロペーを思い、涙に暮れる日々を過ごした。テレマコスはこの話を聞くと、一刻も早く父と再会しなければならぬとの思いを新たにするのであった。
オリンポスで神々の合議が開かれ、カリプソに留め置かれているオデュッセウスを解放してやろうということが決まった。オデュッセウスを案じるアテナが父ゼウスに進言したのである。ゼウスはヘルメスに、カリプソを訪れオデュッセウスを解放するよう説得することを命じた。サンダルに翼を付けたヘルメスは一瞬にしてあらゆる空間的距離を飛び越えることができる。命を受けてすぐさまカリプソが住む洞窟に到着し、ゼウスの意向を伝えた。天帝ゼウスの意向に逆らえるはずもなく、カリプソは泣く泣くオデュッセウスを解放することを決意したのである。カリプソとオデュッセウスはネクタルとアンブローシアで夕餉の宴を楽しみ、かりそめだが深い愛の絆を確かめ合った。美しいアーチを描いたグロッタで2人は愛し合い、並んで眠った。カリプソは、別れが確定した夜にその男に抱かれたのである。
島を出る筏が完成した。カリプソは食料や衣類などできる限りの支度を調えてくれた。帆に順風を得て筏は海を進み、とりあえずの目的地であるパイエケス人の国を目指した。しかし、その光景を上空から観察している目があった。海神ポセイドンの目である。罰を与えたオデュッセウスが筏で海を渡ろうとしている。ここでおめおめと無事に逃がすわけにはいかない。海神は愛用のトライデントで暴風雨を引き起こし、オデュッセウスの筏を破壊し、彼を海に放り投げた。アテナの、そして精霊イノの助けがなければ、オデュッセウスの命運はそこで尽きてしまっただろう。
だがアテナの加護を得ているオデュッセウスは瀕死の状態で艱難から逃れ、陸地にたどり着いた。パイエケス人の島である。流れる川の神に礼を尽くして祈り、何とか受け入れてもらい、オデュッセウスは川辺で気を失った。
女神アテナは、この国の王女ナウシカアの夢枕に立ち、車を仕立てて川に洗濯に行くように促した。川辺で倒れて眠るオデュッセウスに救援の手を差し伸べるためである。ナウシカアは女神の思惑通りに車を仕立てて川へ洗濯に出かけた。しばらく車を走らせると、貴族の衣服を身につけた黒髪の少女と出会った。
「こんにちは。この島の方ではありませんね。」
「はい、私はパルテノンの巫女イアスピア、きれいな島なのでしばらく散歩しようと船を下りました。船は夕方に迎えに来ることになっています。」
「まあ、女神アテナ様の。」
「はい、この島に降り立ったのも女神様のお導きだったのかもしれません。女神様は決して直接語りかけることはありません。夢や心のさざ波でそのご意向を伝えるのです。」
「では私がぜひ川で洗濯をしなくてはと思うに至ったあの夢も....」
「はい、何かをあなたに託すつもりだったのかも知れません。この先で出会いがあればそれは女神様が仕向けたものである可能性があります。」
「なるほど、心しておきましょう。私はこの国の王女ナウシカア、どうぞお見知りおきを。」
ナウシカアは翡翠と別れて川に到着し、連れのメイドたちと洗濯を始めた。4人がかりなので仕事は順調にはかどり、洗濯を終えた少女たちはボール遊びを始めた。少女たちの嬌声が平和な河岸に響き渡る。草むらで気絶していたオデュッセウスはそれを聞いて目覚めた。
「お、ここは...?そうか、荒れ狂う海から逃れて私はここへ流れ着いたのだ。」
「あら、男の人が!」
泥水で汚れた半裸の男性を見てメイドたちは恐れおののいた。だがナウシカアだけはたじろがずオデュッセウスに近づき声をかけた。
「もしかして船が難破してこの島に流れ着いたのですか?」
「はい、どうやら海神の怒りを買ったようで、あやうく死ぬところでした。」
「まあ、こんなにボロボロになってしまって。ちょっとお待ちください。」
ナウシカアはメイドたちに命じて衣服と食べ物を用意させた。メイドたちは衣服と食べ物を持ってオデュッセウスを風が当たらない場所へ連れて行き、身体を洗ったらこれを塗りますようにと壺に入ったオリーブオイルを差し出した。
「これでずいぶんご立派になられました。我が居城にお連れしたいと思います。ただし、町に近づいたらいったん離れてください。ナウシカアが美しい男性を連れてきたと口さがない人々の噂になるわけにはいかないのです。私たちと別れてしばらくしてから、パイエケスの町の人にアルキノオスの屋敷を尋ねてください。領主の館ですから誰でも知っています。館に通されたら私の母に会ってください。」
オデュッセウスは、町に入ってナウシカアたちと別れると、パラス・アテナに呼びかけた。
「ゼウスのご息女であるアテナ様、どうか私の願いをお聞きどけください。これから参るパイエケスの人々に私が快く迎え入れられ、故郷への帰還への援助が得られますように。」
ナウシカアはオデュッセウスに一目惚れしたみたいです。知将にして超絶モテ男、人間を超えた存在まで虜にしてしまうオデュッセウス。成人したテレマコスの父親ですから若者ではありません。超強力なイケオジなんですね。




