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三重の織り姫  作者: 斗鬼悠道
12/13

独りと一人の初夜

「あれは、悠が大学辞めて一週間ぐらい経った頃。モデルの仕事で、撮影現場に行ったら芸能事務所の社員が俺の顔見るなり声を掛けてきたんだ。フリーなら、ウチに来ないかって…でも、俺そんな真剣にこの仕事やるつもり無いって言ったんだ。この仕事自体、カメラマンの梅元さんからの依頼がキッカケで梅元さん以外に仕事したこと無いし」

 宗二は、照全の屋敷で嘘病と並んで座り、悠の体から出た白斗と赫駿は縁側に、観言とチクゼンは部屋の端で退治する三人と一体を見つめていた。

「その日、梅元さんから飲み誘われて、店に行ったら撮影に来てた社員とそこの所属のモデル女優が居たんだ。俺『ウメさん、俺やだよ?』って言ったんだけど、その寺井って社員がー」

 店で着席した四人はぎこちない雰囲気で飲み物を待っていた。

「君の顔見て、絶対化けるって思ったんだ。才能なんてのは後からついてくるし、うちに入れば必ず業界でやっていくスタートダッシュになる。俺にマネージャーをやらせてくれないか?頼む!」

 必死に説得する寺井と困惑する俺に挟まれて、梅元さんも少し焦ったのか、

「寺井さん、宗二はそういうのほんとに興味無いんですよ。俺も過去に誘いましたけど、暖簾に腕押しってやつで…」

「いや、勿体無いって!君が本気になればここにいる美鈴なんてすぐに超える、一流になれる!」

 美鈴と呼ばれた少女の顔に緊張が走る。本人の前でいうか?普通。

「美鈴は顔で売ってるが、本人に演技のやる気が無くて今ひとつなんだ。これは本人も自覚してる!なっ??でも、君ならまだなんにも知らない染まってない原石だ。演技の面白さ知ったら必ず…君なら社長も二つ返事で所属させるって言ってるんだ」

 そう言うと、携帯を宗二に見せる寺井。そこには撮影中に盗撮した宗二の画像と、社長の言葉で手に入れろと言う言葉。

 梅元さんも宗二も不快感を感じていた。こんなに人の気持ちを理解せず、マネージャーをやってるのか、この人は。

「俺を見初めてくれたのは、梅元さんです。今日会っただけの人を信用するのは…」

「うちはハッキリ言って誰もが知る大手の芸能事務所だ。これまでのノウハウを君に施せば、確実に売れる!演技指導のレッスンや独り暮らしの寮だってこっちで支払う!良すぎる条件でしょ?!」

「いゃ…条件とかそういう話じゃなくて俺は…」

 少しの沈黙のあと、

「そうですか!…まぁ今日は親睦を深めましょう!君に出会えたこと、私は運命だと思ってる。この出会いは忘れません。又直ぐに会う気がするよ」

 寺井が言うのと同時に、お酒と料理が運び込まれる。

「いいタイミング!さぁさぁ、今日はありがとうございました。」

 食事会は続き、梅元さんと宗二は23時頃店を出て歩いていた。今思えば、店でお酒に何か入れられていたのだと思う。次に目を覚ましたとき、俺はホテルに居て、下着姿の美鈴とベッドにいた。

「なんだ…これ…?」

 微かに、部屋の外で揉める男達の声が聞こえる。まだ頭がボーッとしている宗二と目を覚ました美鈴。二人は顔を見合わせ、お互い慌ててベッドから離れる背中でお互いの混乱を肌で感じる。

「何か…覚えていますか?お店の後…」

「あの…憶えてなくて。皆さんと別れたあと寺井さんとも駅前で別れた筈で…記憶が」

 この時、ホテルの部屋内には隠しカメラがあり、音も録っていた。扉が開き、深刻な顔の梅元と寺井が入ってきた。

「こんなこと、許されない!幾ら芸能に興味がないからとはいえ、無責任だ!美鈴も、自覚が足りない!!!うちの事務所の次世代を担うべき女優をこんなことで、終わらせる気か!?」

 寺井は憤慨し、梅元さんは事態から目を背けるように、宗二と目を合わせない。

「待ってください。お酒もそんなに潰れるほど飲んでいないし、お互いお店を出て別れたことを覚えています。」

「だから無責任だと言っている!どう責任を取ってくれるんだ?!」

 寺井は焦っているようだった。煽るように感情的に話し、宗二は梅元を見るが一向に目が合わない。美鈴は、

「寺井さんすみません!私、憶えてなくて…でも、無理やりとかじゃないです!同意とかないですけど…」

「はぁ…?何言ってー」

 宗二は美鈴の言い方に引っかかる。

「将来有望な二人を守るのが俺の責任だと思ってる。小滝くん、うちに入れば今回の飲み会は新人の歓迎会になるし、ホテルのことは無かったことにできる。起きてしまった事実は逃れられないよ」

 これが寺井の狙いだった。人間の醜さで気持ち悪さが喉元にこみ上げてくる。全身の拒否反応は、冷や汗と表情の痙攣、視線の固定で隣にいる美鈴にも宗二の異変が伝わる。

 部屋の中の空気がどんどん悪くなる気がして、呼吸が浅くなる。その場に倒れ込む宗二をベッドの下から見る目が2つ。強い悪意と嫌悪感、虚しさや同情など折混ざった感情は、牛鬼を作り出し寺井に見えない病巣を植え付けた。

「大丈夫かい。落ち着いて、さぁ、水ならここに」

 寺井は宗二に水を差し出す。その顔は笑みで溢れ、寺井の後ろには、顔を背け居づらそうにする梅元、振り返ると美鈴は見下ろしながら同情の眼差しを宗二に向けた。

「わかった。演技すればいいんだろ。俺ならやれる。なぁ美鈴」

 立ち上がり、水を口に含む宗二は美鈴とキスをする。口から溢れる水。

「こんな小細工要らねぇよ」

 宗二が押すと、美鈴は従順にベッドに横たわる。

「さぁ、話をしようよ。寺井さん?いや、ヤクザっていうほうが正しいか?」

 宗二は気分が高揚し、まるで自分じゃないみたいに、自信に満ち溢れるのが楽しくなった。

「ヤクザって何の話?」

「とぼけるならいいや、で?俺で何したいの?俺でどれくらい稼げる?」

 宗二の変わりように、梅元は驚く。

「宗二、落ち着きな。現実逃避するな」

「現実は?何だったっけ?」

 宗二は睨むように寺井を見る。

「君が…美鈴と寝た?」

 笑みを浮かべながら話す寺井の目を至近距離で見つめた。

「今日であんたは終わる。俺は何も見ないし、梅元さんも知らない。さぁ、この部屋を出ましょう。」

 寺井は虚ろな目になって、ひとりでに出ていく。梅元は状況が飲み込めず、交互に宗二と寺井の背中を見る。

「馬鹿馬鹿しいと思ったんですよ。俺達も出ましょう。下着の女の子と同じ部屋なんて犯罪の臭いがしますから」

 部屋に残った美鈴は、ゆっくり瞼を開き周りを見るが部屋にはもう誰も居なかった。

「だから、あんなに人を動かせたのか糸かと思ってた。現世で追われたときのあれはウビの催眠能力ってことか。」

 納得するように、悠はウビを見つめる。

「そう。嘘は人を騙すため産まれた、それは自分自身も対象となる。実は嘘が現実として世の中まかり通ることは多々ある。だから…」

 少し前の現世に戻る。

「死んだんですか…寺井さん。」

 梅元が撮影現場で他事務所のマネージャーと話しているのが聞こえる。

「若手も多く抱えててこれからの人だったんだよな。まさか飛び込みなんて。」

 電車に人が飛び込んだニュースは、この国では珍しくない。死ぬ為に駅に来る人間が身分証を持ち歩くはずもなく。肉片になった人間を特定するのは難しい。

「然し、なにも自分が担当する役者の前で自殺しなくても良いのに。」

「え〜その場に役者がいたんですか?」

「ほら、イチオシの美鈴ちゃん。目の前で止める間もなかったって。」

 自分の名前が聞こえてきた。美鈴は耳を塞ぎたくなるのを堪える。

「美鈴ちゃーん?どうしたの、顔硬いよー」

 カメラマンに声をかけられ、一緒に撮影している全員が美鈴に顔を向ける。美鈴には、自分を蔑むような、嫌悪の目に見えた。

「ごめんなさい!曲が怖くて」

 撮影現場でカメラマンがモチベーションを上げるために、自分のプレイリストや人気のプレイリストをかけることが多い。

「あれ〜?フィーリングにしてるんだけどなぁ、暗いか。ごめんごめん!もっとノリノリの方がいいよね」

 アニメソングに変えると、他のモデルがザワザワする。

「古いよ〜タカさん」

 梅元がタカと呼ばれたカメラマンの肩に手を置く。モデルは笑い、

「今の曲、知らねぇもん。みんな教えて〜」

 ガチャっ、扉を開ける音が全員の視線を集めた。宗二がカフェの袋を持ってやってきた。

「おぉ〜やっぱり時間ぴったりだな。宗二、こっちの部屋だ。」

 梅元は宗二からホットコーヒーを受け取ると、別室へ入っていく。

「カッコイ。あの子誰?」

「ハイハイ!集合カットでみんなは終わりだから、すぐ済ませるよー。次があるからね」

 撮影終わり、みんなの興味は別室に向いていた。部屋の中では、

「宗二、ありがとう…また仕事受けてくれるとは、正直思ってなかった」

「梅元さんのせいじゃないし。あの人亡くなったんでしょ?じゃあまた変わらない関係に戻るでいいっす」

「すまん。宗二を護るのがこの仕事に誘った俺の責任だった。」

「いやいや。今日も飲み行きましょう!俺、最後なんですよね?」

「いつもそうしてるだろ?笑」

 二人がいる部屋にノックをする美鈴。帰ろうとしていたモデルも急いで部屋に近づく。扉が開き、宗二が全員を見回す。

「連絡先、インスタでいいから教えて!」

「私の事務所、スカウトやってて!」

「仕事終わったら遊びたいです!」

 口々に言いたいことを話すモデル達と、一番前で黙って宗二を見上げる美鈴。

「仕事が終わったら、帰るのがプロじゃない?俺は君達と一様にはならない」

 バタンとドアを締め、鍵をかける宗二。みんな静かに困惑した顔で現場を出る。

「あと、聞きたかったんですけど、今まで何人があの部屋に行ったんですか?」

 宗二の急な言葉に、梅元はコーヒーを落とす。

「あぁ、梅元さん何してるんです。」

 宗二が、落ちたカップを拾い片付ける。

「いゃ、悪い。…ありがとう。何人だろうな…俺も噂でしか聞いたことがなかったから」

 その日は、撮影を終えてスタジオを梅元と出た。すると、美鈴が路地から出てきた。

「あの、、少し話したくて」

「話すことはないから、関わらないが正解だよ」

 宗二と梅元は美鈴の横を通り過ぎ歩き始める。すると、もう一人さっきの撮影にいたモデルの一人だった。

「ねぇ、そんな子より私と遊びに行こ?会員制の場所だし、何かあっても事務所が守ってくれる。」

「興味無いんですよ」

「大丈夫!マネージャーも居ないから」

 この子は居ないというが、反対側の道の路地で隠れている男と、それに似た視線の強さを持った人が複数人。変なのも混じってる。

「今日は梅元さんと飲むんだ。君とは話も合わなそう」

「勿体無いなー。そんな顔なのに童貞なの?」

「ちょっと桐乃さん?失礼ー」

「品性が下劣な人と一緒には食事できない」

 宗二はそう言うと、美鈴の方を振り返り、

「おれ、この子と三人で飲みに行くわ」

 取り残された桐乃は、怒ってその場を離れるが、その後をつける男を宗二はわざと見逃した。

「で、話ってなんなの?」

 居酒屋に入るとあの日の当事者だけで個室に入り、宗二の雰囲気に二人は緊張していた。

「寺井さんが…亡くなったとき。ホームに倒れるように落ちる前に私に振り向いたの。凄い顔してた…わかんない感情の、その顔が忘れられなくて」

「同情した?」

 宗二の言葉に、梅元は驚いた。美鈴はポロポロ涙を落とす。

「寺井が何をしてきたか?君だけが被害者じゃないんだろ?同情するのは偽善だ」

「でも…」

「俺からすりゃ、もう既に忘れようとしてる忌み嫌う過去を君に突きつけられてるのが、とても嫌だ」

「ごめんなさい」

「俺は梅元さんと元の関係に戻った。それは、これまで仕事をもらったり色々教えてもらった恩があるからだ。君とは違うから。」

「宗二、まぁまぁ」

「依存してるんだろう?あいつに。悲劇のヒロインは理想的な下地だから。女優として成功したいから、で割り切ってきた?事務所は大手だし、ねじ込みもあった」

「私は…実力で売れたかった!なのに、なのにあいつは育てるんじゃなくて、交渉材料で消費した…」

「じゃあ、君に何が出来るの?」

「えっ…」

「俺と一緒だよ。なんにも持ち合わせてない。友人一人ロクに守れない」

 暗い空気が三人を包み込む。宗二は体が熱くなるのを感じる。その後、何を言ったかは覚えていない。

 それから、梅元さんとの仕事の時には美鈴が必ずいた。カメラアシスタントとして、宗二の現場には必ず来るようになった。

 引っ越したばかりのマンション、朝起きて上裸で歯磨きをしながらテレビをつける。


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