95 過去と結論3
「私は一度死んだの。そして気づいたら時間が遡って五歳になってた」
息をのむ流雨とユリウスに、私は続けた。
前世では第四皇子のルドルフが後継争いの末、皇帝となったこと。第一皇妃がレベッカで、第二皇妃がユリア、そして貧乏だったがゆえに私が第三皇妃になったこと。また、私が臨月だった時に、レベッカに階段から落とされ死んだこと。死んだはずなのに、なぜか時間が遡ったこと。
流雨もユリウスも、私が突飛な話をしているとは思っていないようで、嘘とは思わずに受け入れようとしてくれている。流雨が思案しながら口を開いた。
「時間が遡ったのは、どうして?」
「……るー君は建国貴族であるリンケルト公爵家だから、石の力は聞いたのでしょう。ユリウスは聞いたことくらいはある?」
「建国貴族がどういう存在か、くらいしか知りません。石の力の継承の話は聞いたことはありますが……」
「うん。私もすべてを知っているわけではないの。ルディに聞いたことくらいしか知らないのだけれど、ユリウスの父は建国貴族のハイゼン侯爵だし、少しは知ってても問題ないと思うから。もちろんこの話はここだけの話にして欲しいんだけれど」
建国貴族が使うと言われる石の力。家によって多少の違いはあるが、帝室で言えば、一つ目は『皇帝石』としての力、二つ目は『再生力や治癒力』と呼ばれる力、そして三つ目が――。
「帝室の場合は、時間の逆行だと聞いていたの。その力の世界に対する影響力が大きいからか、使用者に代償があると聞いていた。だから絶対に使わないでとルディにお願いしていたのだけれど」
「……紗彩が死んだのを再生力で治癒しても生き返らなかった。だから時間を戻したというわけか」
私は頷いた。
「私がいない世界なら、ここまで大きい話にはならなかった。この世界の時間だけ戻せば済む話だった。でも、時間を戻したかった起因が私で、私が死神業をしていたから、地球にも影響があった。地球に影響あると、私以外の死神業が関係している別の異世界にも影響があった。そのすべての異世界の時間を戻す必要があったから。そう考えると、どれだけ私はルディに代償を支払わせたのかと思うと、怖い」
もう二度と、他方に影響のある時間の逆行はごめんと、神カーリオンにルドルフとは関わるなと釘を差された。それがとにかく辛かったけれど、兄と話し合い、方向性を決めたのだ。
「お兄様が言うには、一目惚れされたというなら、また同じことが起こりうるって。だからルディにできるだけ会わないよう過ごして、会ってしまっても顔を隠していれば一目惚れされることはないでしょう。でも、ずっと顔を隠すわけにはいかない。私は次期伯爵なのだから、いずれは顔出しの場、デビュタントがやってくる。だから、それまでに婚約者を作ればいいと思ったの。前みたいに貧乏ではないから、借金の肩代わりのように無理やり婚約破棄させられてルディと結婚することにはならないと思って」
「婚約破棄って?」
「ルディと結婚する前に婚約者がいたの。デニスなのだけれど」
「……デニス・ウォン・アデルトン?」
「うん」
「なるほど……」
何がなるほど? 流雨の納得がよく分からず、首を傾げる。
「紗彩がボルト公爵令嬢と第四皇子を避ける理由は分かった。第一皇女を避ける理由は?」
「第一皇女は……私には今のところ何もないかな?」
「え、でも、かなり徹底的に避けてるよね?」
「だ、だって、怖いもん……。ティアナの婚約者を奪ったのは第一皇女だし、他にも婚約者のいる男性と関係を持っては問題を起こしているもの。私が気に食わないって思われて、私をいじめるためにユリウスが第一皇女に奪われたら嫌だ」
だから、第一皇女の目に入らないよう、いつも気を付けている。ユリウスにだって、第一皇女とは関わらないでほしいとお願いしている。第一皇女は唯一の皇女だからか、父である皇帝も甘い傾向にあり、多少問題を起こしても皇女の可愛いわがままだから許してやってくれ、という風潮がある。そんなものに巻き込まれたら、たまったものではない。
「姉様、いつも気にしていたのはそれだったのですね。ボルト公爵令嬢や第四皇子のことも、僕には言って欲しかったです」
「ご、ごめんね……。ユリウスは同じ世界のことだから、影響がありすぎると思って言えなかったの。それに……前世では、私はユリウスを放っておいた悪いお姉ちゃんで、なのに、都合よくユリウスを巻き込むなんて、悪くて」
「前世での姉弟仲など、関係ありませんよ。今は互いに支え合って生きているでしょう。僕をもっと頼ってください」
「……ありがとう、ユリウス」
うちの弟は、なんていい子なのだろう。嬉しくて涙が出る。
「そうだね、紗彩にはもっと俺も頼ってほしい」
「ありがとう、るー君」
「今の話を聞いた限り、俺との結婚は問題なさそうだよね。だから、俺と結婚しようか」
「え!? ……るー君とは、結婚できない……」
「どうして?」
どうしてって、それは。やはりこれも言わないとダメなのか。
「だって……るー君が死んだのは、私のせいなの」
「……? 死んだのって、東京で俺が死んだ話?」
「うん……。るー君が死ぬちょっと前に、るー君が好きだって話をお兄様としたの。そしたら、るー君が死んじゃったから」
「……実海棠とそんな話を? それは男として俺が好きっていう意味?」
「うん……」
いきなり流雨が立って私を抱き上げた。
「るー君!?」
「やっぱり紗彩は兄としてではなくて、男として俺を好きなんじゃないか!」
かあと顔が熱くなる。
「今重要なのは、そこじゃないでしょ!?」
「そこしか重要じゃないよ!」
何を言っているんだ。死がかかっているのに。
「私が好きになった人は、不幸になるの! るー君はまた、死ぬかもしれないのよ!?」
「紗彩はユリウスや麻彩や実海棠だって好きでしょう。みんな不幸じゃないと思うよ」
「それは兄妹だから!」
「兄妹への好きだったら問題ないってこと? 男として好きな人にも問題はないと思うよ。姉弟への好きと、男性への好きを、誰がどう判断しているの? 神とか? 神が紗彩の『好き』という感情の種別を判断して、紗彩が好きになった男を不幸にしているってこと? それはないんじゃないかな。第四皇子が時間を巻き戻したことで代償を受けたのは、時間を巻き戻した本人の責任だよ。俺が事故にあったのは紗彩のせいではない」
「……そう、かな……?」
流雨は私を抱いたまま、椅子に座った。膝から下ろしてくれませんかね、恥ずかしくて落ち着かないんですけれど。




