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捨てるって言ってない  作者: 岩崎都麻絵
3/3

その後

 お袋は綺麗好きと先に言った。だから自宅に近所の同年輩の女性を招いてのお茶を飲みながらの世間話をしない。客の帰宅後の掃除を始めるような性格では、お互いに家を行き来してのお茶会ができないのだろう。その所為か、家族と話をしたいようなのだが、先に述べた通りで、オレもヨメもお袋に用事がない限り話し掛けないし、向こうから何か言われても最低限の返事しかしないので、会話が盛り上がらない。すぐに終わる。

 朝のニュースを観て、「変な事件」と言い、夜のニュースでもその「変な事件」を繰り返し報道するのを観て、「この頃は変な事件ばかりあって嫌だね」と、お袋は言う。一日の内に何回か報道される事件があるものだが、お袋はそれを記憶しておらず、毎回新しいニュースだと聞いているのかと、言いたくなるが、お袋に言えない。近い時間帯のことを忘れがちなのは、年を取るとありがちなのだと判っていながら、それを指摘するのは、年寄りの自尊心を傷付けるし、面倒臭くてやっていられないと感じるからだ。

 子どもたちも幼児期を終え、大きくなって、それなりに友だちとの遊びや勉学や部活に忙しい。おばあちゃんと散歩し、遊んでいるチビではなくなった。もう親にも反抗し始め、ロクに口を聞かない年頃になってきたのだから、やたらと世話を焼きたがるおばあちゃんに冷たくしないまでも、言うことに耳を貸さなくなる。

 ヨメが風邪をこじらせて高熱で寝込んだ時、お袋が家事を一手に担ったが、「豚児はトン子さんばかりに気を遣って、わたしを気にしてくれない」と言ってきた。

 そんなつもりはない。だが、お袋の言い分は違う。

「三日も寝込まれて、こっちも具合悪くなりそうだ。それなのに、豚児も子どもらも何も手伝わない」

 うっ、それを言われると弱い。しかし、子どもらが家の中のことをしないのは、おばあちゃんの甘やかしの結果のような気がする。十を過ぎた奴らにいい子、いい子、めんこいと言っているのじゃあ、家の中で大人扱いされてないのだから、自然、遊ぶの優先になっちまうだろう。

「具合が悪いなら、オレがやるから。じゃあ寝てればいいじゃないか」

 と強引に夕食の片付けを交代した。一人暮らしの経験があるのだから、それなりにできるんだ。

 しかし、翌朝お袋はまた不満を言い出した。

「豚児、台所が水浸しのままだったじゃないの」

 食器を片付けただけで終わりではなく、その後の台所をちゃんと拭いておかなければならなかったのだ。具合が悪いと言うから交代したってのに! 褒めてもらわなくてもいいが、感謝するくらいしても罰は当たらないじゃないか。

「文句ばっかりで面白くない、もうやらないからな」

「お陰様ですっかり良くなりましたから、わたしがやりますから。あなたもそんなに怒らないで」

 ヨメが余計な口出しをした。

 そんなのだから、人のやることの粗ばかり見て、良い所を見ないのだ。

 相も変わらず、我が家は会話の弾まない家族だ。

 お袋は家族から無視されていると感じているらしい。休みの日に用足しに行きたいから、車に乗せていってくれないかと頼まれても、オレは休みの日くらいきちんと休ませろと、つい語気強く言い返してしまうことがあった。

 ヨメはそれなりにお袋に気を遣っているのだが、オレはつい、「いいから、お前だって仕事があるのだから休日はちゃんと休めよ」と横から口を挟んでしまう。

 良くない状態だった。

 冬の日にお袋が突然いなくなり、次の日凍死体で見つかった。物忘れは多くなっていたが、認知症ではなかった。徘徊して家に帰れなくなったことなど、それまで一度もなかった。書置きはなかったが、事件や事故ではなく、自殺だと断定された。

 孤独にして、追い詰めてしまったと、後悔したが、遅い。世間的には迷子になっての凍死と見られるような死に方を選んでくれたお袋に感謝するしかない。

 オレとヨメは悲しみにくれ、葬儀を済ませた。

 だが、初七日を終えた頃、変事は起こった。

「何を暗い顔をしているの」

 と、声がする。顔を上げれば、お袋の幽霊がいる。

「暗いも何もお袋が死んだからだろう。なんでここにいるんだよ」

「わたしは死んだ覚えないわ。酷いじゃない」

 どうやらお袋は自分が死んだことを忘れているようだ。

「これはどうしたらいいんだろう?」

 ヨメは諦めきった様子だった。

「四十九日までには成仏するんじゃないかしら。それまで体がないとか、食事が摂れないと気が付くでしょう」

 ヨメは念仏を唱え始めた。

「トン子さん、流しに洗い物がありますよ。茶碗が沢山。お客さんでも来ていたの?」

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