決意
店主はその男の子を目で追うものの、すぐにまるで何事も無かったかのように振る舞った。
「この透明の球体は水晶玉といって、異世界や時間を超えた空間を見ることができるのじゃ。
だが、最近の小説や漫画で描かれる水晶玉はちとおかしいのう。
あいつらは水晶に顔を近付けておるが、本当の使いかたは…」
そういって水晶を空中に放り投げる。
だがそれは当然のことながら再び手に収められた。
「おかしいのう…。ほれ、もう一度」
二度目も当り前のように戻ってくる。
「ほ、ほれ!」
店主は袖で汗を拭いつつ何度も挑戦するが、結局全て結果は同じ。
…あきらかに男の子を見て以降、動揺している。
なお水晶を投げ続ける店主の後ろ姿に声をかけた。
「あの男の子は…、誰なんですか?」
他人の事情に土足でズカズカ入りこんでしまうのは、梓の悪い癖だった。
幼い頃から何度怒られてきたことか分からないが、気になることは聞いてみたい。
ビクッと肩を踊らせた店主は、貼り付けたような笑顔で振り返った。
「き、気になさんな。親戚の子供じゃ。」
しかしふと、「いや…」と思い悩んだ表情になり、梓に尋ねる。
「でも、もしお前さんが本当に猫になりたいと言うのであれば、このことも話しておかなければならんのう。」
「このこと、って?」
「ということは本当に猫になる気があるんじゃな?」
店主と目が合った。
その視線を浴び、ふと今日の昼休みの悪夢が蘇ってくる。
「でさ、昨日ね」
「あはははは〜」
いつものように騒がしい教室。
しかしいつもはそこにあるはずの梓の姿は、今日は別の所にあった。
「昨日のテレビでね、モテる女子の髪型特集ってやっててね。」
「へぇー。」
「と、東真くんはどんな髪型が好き?」
東真くんこと、林 東真くんとの仲はただのクラスメイトだった。
サラサラとなびく髪に整った顔立ち。
その上、性格まで良いので、女子にモテないはずがない。
いつもは女子に囲まれているので、話かけたくても近付けないのだが
偶々、一緒になれた委員の月一回の委員会だけは思う存分二人で話せた。
そして….、私は東真くんに恋心を抱いている。
「俺が好きなのは、お前の髪型かな。」
そう言って梓の髪をくしゃり、と撫でる。
「ふふっ、なーんてな。」
顔を真っ赤にして立ち尽くす梓の手を「早くしなきゃ遅れんぞ」と笑いながら引っ張る。
私のことを好き、と言われたわけじゃないのに。
ただ、私の髪型が好き、と言ってくれただけなのに。
でも心とは裏腹に身体は固まって動かない。
ねぇ、神様。災難を振りかけるのは私のはずでしょう。
東真くんに引っ張られる手と固まる身体。そして運の悪いことにそこは階段だった。
「あぶな──!?」
落ちる瞬間に感じたのは東馬くんの手の温もりと、その繋いだ手をグイッと引き寄せられる強い力。
馬鹿だよ、東真くん。
誰かの叫び声が聞こえる。
まるでスローモーションのように、身体が階段の下へ落ちて行く。
だけどそう感じたのは一瞬で、状況を理解できないまま身体は空中に止まるのをやめた。
あれ、落ちたはずなのに痛くない。
そして私の下敷きになっていたのは痛みを堪え、眉間に皺を寄せる東真くんだった。
「だ……い…じょう……ぶ……か…。」
苦しそうな声に慌てて答える。
「っ!うん!」
「そう…か…よかっ…た」
そう言い終えると力ない笑顔で一瞬だけ微笑み、目を閉じた。
う、うそだよね?
「東馬くんっ!!」
助けを呼ぶべきだということは分かってるのに、身体が震えて、思考が停止して、私は狂ったように名前を呼び続けた。
いやだ、死んじゃいやだ。
私のせいだ。ごめんね、東真くん、ごめんね、ごめんね!
私がこんなにトロくなくて、鈍臭くなくて、俊敏で、もっと身軽に飛び降りることができて…。
もし、そうだったのならば、こんなことにはならなかったのに。
ごめんなさい…!
学校の昼休みだから、人通りは多い。
誰かが先生を呼びに行ってくれたんだろう。
「だれか、救急車呼んで。梓さん、東真くんを揺らさないで。手を離して。」
そう言われ、手を離しそうとしても身体がいうことを聞かない。
一瞬強張る私の顔を見た先生は、強引に私を後ろに引っ張る。
それからすぐに救急車はやってきて、東真くんを乗せて走り去っていった。
「お客さん、大丈夫かい?」
俯いた私の顔を、心配そうに店主が覗き込んでいる。
拭きなさいな、とタオルを差し出され、知らぬ間に涙が頬を伝っていることに驚いた。
「す、すいません…」
慌てて、ごしごしと涙を拭く。泣いてすむようなことじゃないのに。
本当は、まっすぐ病院に行って東真くんに会いたかった。
だけど会って何を言えばいいの?
それ以前に、私なんかの顔を見たくないだろう。
「あの、店主さん。やっぱり私、ねこに……なりたいんです………!!」




