1.特異点
「ガイウスだ…」
その名を言っただけで、両生類の顔を持つ店主は人間の俺を、安い酒場から奥の別室に通した。
「先の人魔大戦で、大変な功績を残したとか…ヒッヒッヒ」
「そんな事どうでもいい…これ、どう選ぶ?」
右目と左腕を失い、鉄の鎧で重武装の俺は…わずかに残った感覚神経で、目の前の無数のモニターに映し出される半裸の女達の映像から、人を探していた。
「お気に入りの娘がいましたら、画面にタッチして下さい」
(キリカ、妹はどこだ…)
曖昧になっている記憶が途切れない様、胸元のペンダントの中の写真と、照らし合わせながら探してみたが…見つからない。
(ん?コイツは)
ひとつの映像が気になる。この世界に来る前から知ってる顔だ…
(赤い髪…目の下のホクロの位置も一致する)
ほぼ裸で鎖に繋がれ蠢いている女…その画面に触れる。
女は娼館の男に引きずられ、カビ臭い俺のベッドの前に連れて来られた。
「ガ…ご主人様…ギギ…なんなりとご命令を…」
喉を少し切られているのか、喋りにくそうだ。
「俺だ…ユイカ」
女は、上目遣いの涙目でこっちを見つめる。
「レ、レイ…ジ」
「酷い格好だ。ま、人の事言えんがな」
肘から前の無い左腕を見せてやる。
「あの時、以来だな…」
そう、俺はこの女とちょっと前までパーティを組んでいた。もうひとりの男、コイツの彼氏ゴウと三人で…
(回想)
この異世界に同時転生した設定になっている、このゲームアトラクションの中で…俺達はあの頃、まだ気楽に楽しんでいた。
「あ〜あ、まだモンスター出ね〜かな。運営の怠慢だな」
ぶつくさ文句を言っているのは、この部隊のリーダーで勇者様のゴウだ。金持ちであるのをいい事に、課金しまくり…最強の剣と最強の盾に守られ、俺の重装備と違い軽量で防御力の高いプロテクターに身を包んでいる。
「ゴウ、ずる〜い。自分だけそんな装備で…なんで私だけ、ビキニなのよ」
この娘は、俺の幼馴染のユイカ。ゴウの彼女で、ヤツの趣味の半裸スタイルに肩のみの鎧で、魔法の杖を持っている。
「いいじゃん、ユイカ…カワイイよ」
「ふん、知ってるし」
こんな風に露骨にイチャつかれると、若干イラつく。て言うのも、俺は一度ユイカに告白しフラれ、大金持ち超美形のゴウに奪われ…さらに金で雇われ、コイツらの小間使をさせられている現状だ。
「おい、レイジ…周り見張っとけよ」
「あ、あぁ」
(エラそうに…)
「返事はハイでしょ」
(ユイカまで乗っかってきやがる…)
「ハイハイ…ハイは一回、自分で言うなっ!なんちゃって…」
(定番のひとりボケツッコミ。受けるやろな)
「(ふたり)シ〜ン」
(しまった、外した…)
妙に明るい、魔物の登場音がダンジョン内に響く。
(親切設計のゲームだ)
「行くぞっ!」
剣を構えて、俺の背後に回る勇者様。
(って、おい…)
「さっさとバリア張って、ガードしなさい」
同じくさらに後に回る魔法使い。
「量子防壁!」
言葉に反応する、運営から借りた安装備のブレスレットから、青い光の壁を展開し…まだ姿の見えない相手を威嚇する。
「ゴゴグァ…」
(マズイ、前からじゃなく天井だ)
頭上の岩にへばりついていたのは、緑のカラダの一つ目一角四つ足ゴブリンだった。一体と言えど、その大きさは俺達三人分以上だ。
「気持ち悪っ…何このヌルヌル」
ヤツの唾液が垂れて、その一部がユイカの防具にかかる。
「おいっ、何とかしろ!」
ゴウが、背中を押す。
(イヤイヤ、最強装備があるだろ)
「ま、どうせゲームだし…何とかなるっしょ。魔弾光子砲!」
俺は余裕しゃくしゃくで、またブレスから光弾を敵目掛けて発射した。
「キシィ〜!」
断末魔の声と、鈍い音を立て…頭の消し飛んだゴブリンが地面に落ちる。
(ヤベ…今日の使用エネルギー、あと少ししかねえや。課金したくないしな)
「よくやったぞ。その調子で後も頼む…」
珍しく礼を言うゴウとユイカは、一目散にダッシュし…俺を置いて能力韋駄天を駆使し、入口方面へと消えて行った。
「えっと…」
「グルルルル…キシキシキシッ…」
三つ首の狼、四本鎌の巨大カマキリ、さらにその奥から地響きと声が…
「うまそうな人間だな」
身長は三メートル程だが、大きな羽根と二本の尻尾を持つドラゴンの下半身に…額とこめかみに長い角が生え、三つ目で口が耳まで裂けた、黒く燃えるその男のオーラに只々圧倒されて身動き出来ない…
と、その時背後で爆発音が。
「逃げろ…死ぬぞ」
頭をフードで覆った黒装束の男が手にダイナマイトを持って、所構わず爆破している。
「何して…運営に怒られますよ」
俺は、このゲームから一旦リタイアするつもりだったので、この救援は迷惑だった。
「お前こそ何言ってる、ここがゲームだつって?」
「そうですよ、テーマパークのアトラクションで、ただのお遊びじゃないですか…」
「バカか?コレは現実だよ」
煙にむせながら、敵から離れた場所まで連れて行かれた俺は、その言葉にイライラしていた。
(そんなはずあるかよ…だって今朝、このイベントに妹とふたり来たばかりだ)
「コレ…知り合いか?」
男が手にしていたのは、見覚えのある折れた剣の柄を握るちぎれた右腕で、切断面から大量の血が…
「ご、ゴウ?」
その薬指にある指輪には、見覚えがあった。




