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名も知らぬ星

 {―}


 {―}


 {―――}


 {―――}


 {──────────―再起動完了}


 巨体から、足がギチギチと伸びる。足からは、チェンソーやドリルのような機構が見え隠れしている。


 {ポッド:大破している}

 {航行継続:ほぼ不可能}

 {活動:本体に異常なし。可能}


 足を使って、ギシリと巨体を起こす。


 {航行データ:破損、よって現在地不明}

 {データ復元………不完全。だが、太陽系外惑星であることは確定}


 『GPSC835型』、それがこの機械の型名であった。



 蜘蛛。


 その異質で生命から隔絶した体躯を一言で形容するならば、まさに『鋼鉄の蜘蛛』であった。


 体長はおよそ2m、8本の作業用アーム、蜘蛛のような胴体、そして8つの目。その無機質な眼差しが周囲を隈無く見渡していた。動くたびに金属同士が擦れ合い、ぶつかり合う音が響く。


 姿勢を制御し、立ち上がる。ポッドの外壁をこじ開け────―




 ()があった。




 835が、動作を止める。


 {──────────―航行データの再復元────―現在地は太陽系外}


 835が見つめる先には『森』があった。広々とした青空の下に、鬱蒼と茂った森林がカーペットのように地平線の向こうまで続いている。ポッドが不時着した衝撃で折れている木々もあるが、間違いなくそこには生態系が存在していた。



 どうやって?



 835は、内部に搭載された演算装置をフル稼働させて、現状に対する最も合理的な説明を試みた。


 {演算装置:すべて異常なし}

 {カメラ:すべて異常なし}

 {センサー:すべて異常なし}



 {最も合理的な説明:太陽系外で生態系を(起こりえないことが)持つ惑(起きた)星}






 ***






 『当たり』を引いたのだ。


 835は、そう結論付けるしかなかった。



 再び周囲を見渡す。


 {──周辺環境に樹木に酷似した構造体を大量に発見}

 {生命の存在:確定}

 {太陽系に対して迅速な報告と生命サンプルの輸送が必要。より詳細な情報を収集}


 835がそう思考した直後、彼の胴体に穴が開き、内部から羽虫が飛び出してきた。いや、羽虫ではない。およそ1cm程の大きさであり、一見しただけでは普通の虫と何ら変わりはない。しかし近づいてよく見れば、その虫も蜘蛛と同様に金属とセラミックから作られている。


 小型のドローンであった。


 {上空からの眺望を行う……………}


 ドローンが、空高くまで飛んでいく。見えなくなるほどまで小さく、高いところまで。






 雄大で、美しい景色であった。


 森林はカーペットのように地平線まで広がり、山々を覆い隠していた。その更に向こうには山脈がそびえ、白い雪がまばゆい昼の光を照らしている。



 これほど『植民と開発』に適した星はない。



 ビュウッと強い風が吹き、木々が揺れる。森の遥か先に、ドローンは木ではない何かを捉えた。



 集落。



 835の持つデータの内、最も特徴が一致しているのがそれだった。再びありえないことが起きている。


 {信じがたいことだが、知的生命体の存在が疑われる}


 つねるための頬はないが、835は自分の頬をつねりたくなった。しかし夢を見ているわけではない。現実に起きていることを認めれば、そうなる。


 {現在の目標を設定する。目標:周辺環境の詳しい探索および、集落に酷似した構造物の調査}


 {──―行動開始}


 




 ***






 スパッ。


 子気味いい音とともに、835のアームチェンソーが木の枝を折り取った。表面構造と、断面を詳しく観察する。


 {…特徴的にはブナによく類似している}

 {ここまで特徴が一致している以上、化学的な組成も同一であると考えるのが自然}

 {セルロースやリグニン、有機資源としての利用が考えられる}


 メシャ。


 今度は地面の土や小石を掘り起こし、観察する。


 {土は適度な粘性がある}

 {豊富な腐植}

 {サンプル採取のために、固有種の管理栽培を行うこともできる可能性が高い}

 {小石は形が丸みを帯びている。雨風による風化だろう。気象サイクルも含めた環境まで地球のそれに酷似している}


 ブチッ。


 木の幹に生えているキノコのような何かをちぎる。


 {これは…菌類なのか?}

 {見た目だけならツキヨタケに似ているが、青色とは…}


 瞬間、マイクが音を捉える。自分が出した音ではない。木々のざわめきでもない。


 {―――固有種の動物か?}


 835は身をかがめ、周囲をくまなく見渡す。右後方で何かが動いた。


 しかし、835は動かない。どのような生物かは不明だが、下手に刺激することは避けたい。しかしデータの収集はできる限り行いたい。


 {ドローンを使用する}


 先ほど周辺環境を見渡すために用いた小型ドローンを再び展開する。音を全く立てず、大きさも小さいことを活かして木の後ろから回り込む。そして―――



 {――――――――――――}



 835は、本日何度目かわからない硬直をした。


 それは『光る小さな翅つきの少女』としか形容できない生物であった。835の持つデータの中で最も適切な単語を選ぶとすれば『妖精』だった。


 {………光っているのは何だ?}

 {鱗粉のような物が出ている。ホタルのように体内で化学発光を起こせる生物なのか?}

 {そもそもここまで人間に姿が酷似していることは偶然なのか?}

 {体長に対してなぜあの大きさの羽で羽ばたいて飛行できている?}

 {知能はどの程度だ?}

 {この生物は―――}


 謎の生物は、人間が怯えるのとまったく同じ仕草で木の陰からこちらを除いている。感情表現を人類のそれと同じように行うと仮定すれば、異質な存在である835を警戒しているのだろう。835にしてみれば、謎の生物もまた奇妙で異質な存在であるのだが。



 835は、なるべく気づかない振りをする。


 謎の生物は、身を乗り出してこちらを観察する。


 少しの間、奇妙な沈黙が続いた。しかし、


 「…わっ!」


 どうやらドローンが近づきすぎたようだ。謎の生物は背後のドローンに気づき、どこかへ飛んで行ってしまった。


 {―――ひとまず、あの生物を『妖精』と呼称する}


 これ以上追いかけて刺激する事は止めておいた。






 ***






 気づけば、墜落地点からかなり離れたところまで移動している。


 木漏れ日が木々の葉を透き通るその下で、835はその巨体にも関わらず、音をほとんど立てずにゆっくりと村の方向へその目を向けていた。


 {驚くべきことに、住民は人類に外見が酷似している。しかし…}


 835はその目だけでなく、飛ばした小型ドローンを介して村の様子を内部からさらに詳細に観察する。


 集落に、冷たい風が吹き通る。一言で説明するならば、荒れ果てていた。怪我をしているような個体も見られるが、これが異常事態なのかそうでないのかまだ判断がつかない。


 マイクから、村人たちの会話に耳を立てる。



 村人の横には、死体が、積まれていた。



 「…###こんな####…」


 {…こんな…}


 「あいつ#####行##!###!」


 {あいつ…行…!…!}



 {…解析不能:データが圧倒的に不足}


 何もかも情報が足りない。だからこそ、この集落はある意味都合がよかった。


 835の目的は『植民と開発』。そしてこの村は、()()()()()がある。


 {情報の収集と並行して、この村の植民を検討する}



 835は村に一体だけドローンを残し、音もせずに森の中へ消えていった。






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