4 もうご飯食べていいですか?
散々御託を並べたところで女の子と二人きりでいるときに泣かれようもんなら問答無用でどうにかしようとするのが男という生きものであり、そうしないやつにはきっと赤い血など通っていないはずだ。で、問答無用な俺がとった行動はというと、女子高生をおんぼろライトバンの助手席に乗せて駅前のデパートに連れてった。九時までやってるし。女子高生は下着とかTシャツとか短パンとかバスタオルとか歯ブラシとかをマッハで買い揃えていたみたいだけど、くっついて回るのもなんなので俺はトイレの前のベンチでなんだかなあとか思いながらぼーっとしてた。せっかく出てきたんだし飯ぐらい食って帰りたかったんだけど、女子高生が、「時間がもったいない」って言うから食品売り場で弁当買って帰った。なんだかなあ。
「店長」
車に戻ると女子高生がすぐに俺に声かけた。てかこの呼ばれ方、一瞬誰のこと言ってるのかわからなくなるな。
「なに?」
「私、もうご飯食べていいですか?」
帰ったらすぐに本探し再開したいんだろうけどさ、
「いいけど、お茶ないよ」
「……やっぱり帰ってから食べます」
俺はそれなりに急いで帰ってやろうという気にはなっていたので、とっとと車を出した。道は結構すいてる。しばらくして信号待ちで女子高生が口を開いた。
「店長」
だから俺はお前のバイト先の店長とかじゃないんだが。
「なに?」
「これって、誰の曲ですか?」
女子高生は車内BGMについて言及している。このライトバン、いまどきカセットしか聴けないからipodを接続して聴けるようにしてあるのだ。
「ハービー・ハンコック」
「の、なんてアルバムのなんて曲ですか?」
「スピーク・ライク・ア・チャイルドってアルバムのスピーク・ライク・ア・チャイルドっていう曲」
女子高生は、「ふうん」と言いながら腕を組んだ。
「店長ってジャズとか聴く人なんですね。結構意外です」
だろうな。信号が青に変わる。
「つまんねえだろ。ミスチルとかに変えるか?」
「や、そんなことないです。すごくいい曲だなって思って聴いてました。いろいろな音が複雑に折り重なってて、見逃せないサスペンスドラマみたいです」
「ほう」
味なことを言う。
「はい。今度借りてこようかな。ツタヤとかにありますよね?」
「あー…、そこそこ大きいとこならあるんじゃね?」
CD貸そうか、って言いそうになったけど、やめた。
次の信号待ちで俺は窓を全開にしてタバコに火をつけた。パワーウインドウじゃないから手動回転。前の車のブレーキランプが消えて、俺は腕を車外にぶらんと出したままアクセルを軽く踏む。
「店長」
「なに?」
「店長って、ヘビースモーカーなんですか?」
「たぶんね」
何か小言を言われたら、「お前に文句言われる筋合いはないわ」って言おうと思っていたけど、女子高生はそんなことは言わなかった。その代わり、俺が車内の灰皿にタバコを捨ててウインドウを閉めた後に、「私もタバコ吸いたい」とかなんとか言った。
「だめ」
「けち」
月極の駐車場に車を置いて、女子高生と家の脇道に入ると裏口の前に人影があって、まずいなーと思ったらやっぱりそれは脩平で、さらにまずいことに未来までいた。
「おー、こーたろー」
俺の姿を見つけた脩平はぶんぶん両手を振り回す。道幅狭いんだから壁に手当たってるの気にしろよ。引き返したいけど無理だな、これは。
「おー。どしたの?未来まで」
俺は右手を上げて、普段通りの調子で返事をする。
「今日はアタシ休みだから、久しぶりに三人で普通に飲みに行こうと思って」
「そーいうことよん。電話ぷるぷるしてもこーたろーでてくんないからきちゃったよー」
あ、あと脩平は終始こんな口調です。
「わりい。携帯置きっぱだったわ」
「てか、それももういいわ。その背中に隠れてる子はどこの子?見たところ高校生だけど」
未来がにたぁっと笑って俺の後ろで小さくなってる女子高生を指差した。
「こーたろー、どこから持ち帰ってきたんよー?」
「あー、親戚の子。ちょっと遊びに来てるんだ」
「親戚ー?でも親父さんの葬式のときにはいなかったよねー?」
脩平って女のことになると無駄に目ざとくて、ちょっとうざい。
「あのときは、ほら、ちょうど修学旅行とかぶってて―――、な?」
俺は苦し紛れに女子高生に振っちゃって、女子高生はあたふたしながら素早く二回うなずいた。
「親戚って、どういう親戚?」
依然にやけてる未来が言う。
「あーと、母さんの妹の娘?」
語尾上げちまった。
「てことは、いとこだ」
「そう、いとこ」
「名前は?」
えー、名前、聞いてねえし。まずいな、なんか適当に名付けるしか―――。
「茉莉子です」
女子高生がちょい大きめの声で言った。それから斜め前、俺の隣に歩み出る。
「こーたろーくんのいとこの、大宮茉莉子っていいます」
うーわーあー。女子高生改め大宮茉莉子とやらは未来と脩平に笑いかけてるけど、俺の名前ちげーから。墓穴掘ってますから。
「茉莉子ちゃんは、こーたろーと仲いいんだ?」
未来お姉さんが勝ち誇ったように笑っています。
「はい」
もう余計なこと言うな、茉莉子。
「茉莉子ちゃん、かぁいぃねぇ」
よだれ垂らしそうな脩平に首を傾げて微笑みかける茉莉子。俺はもう気が気でなくて、早くうちに入りたい。
「茉莉子ちゃん、気をつけてね」
未来が茉莉子に視線を注いで、続いて俺を見る。
「こーたろーお兄ちゃんは茉莉子ちゃんにいやらしいことするかもしれないよ?」
「しねーよ」
俺は半笑いで否定する。
「そうですよー。こーたろーくんと私は兄妹みたいな関係ですから」
また余計なことを言った茉莉子も俺にならって半笑い。
「でも、いとこって合法だよ?」
なんか未来、マジで怖い。
「……未来やめろ。この後まったく無意味に気まずくなる」
現に茉莉子は隣で引きつった笑みを浮かべてたり。
「そうだよねぇ?ごめんねぇ。脩平、行こ」
未来は通りのほうに歩き出した。俺と茉莉子は壁に寄って道をあける。
「えー?茉莉子ちゃんもいっしょに飲みに行きゃいーじゃーん!」
「うっさい!あんたアタシと二人じゃいやなの?」
「やなわけないじゃーん!」
脩平は変な走り方で未来の後を追いかけていった。あー疲れた。とりあえずどうにかなったけど、後日突っ込まれるの確定だわこれ。
「こーたろー!」
行ったと思った未来が角から顔を出してる。
「晴香に言っとく」
そう言って未来は顔を引っ込めた。脩平の奇声が段々遠くなっていく。俺は壁にもたれてため息をついた。って、そういや晴香ちゃんにメール返してねえな。
「ナイス演技だったでしょ?」
茉莉子は得意気な顔で俺見てるけど。見てるけどさ。
「……中、入るぞ」
俺は鍵を開けて扉を引いた。




