16 超優しかったね
俺と茉莉子は変態の子どもらしい。
さっき立花さんから電話があって、うちに来るのは三時くらいって言ってた。俺は三日ぶりに制服に着替えた茉莉子を助手席に乗せて、バンを出した。
「店長ー」
「んー?」
「私まだ信じられないんだけど」
「俺もだよ」
俺はタバコを吸いながら、左車線をゆっくりゆっくり走らせる。茉莉子はちょっと開けた窓におでこをくっつけて、前髪だけ外に出している。何がしたいのかよくわからん。でも今日もいい天気だ。
「だって店長ってゆうかお兄ちゃんだよ?」
「なー」
「ありえなくない?」
「ありえねえよ」
前を走っていたバスが停留所で止まった。なんか抜くのもめんどくさくて、バスが動き出すまでそのまま後ろで待ってた。バスから降りてきたいかにも学校ふけました的な茶髪腰パンが二人、ティーンエイジャー特有の生々しくてねたつく視線を茉莉子に向けた。でも運転席の俺と目が合うと『そんなににらむんじゃねぇーよ』みたいな感じで、不愉快そうに顔を背けた。あるいは『そんなににらむんじゃねぇーよおっさん』みたいな感じだったかもしれない。俺が彼らと同じくらいの頃に抱いていた二十歳の印象を踏まえると、たぶん後者が正解。茉莉子は窓を閉めて座りなおした。俺はタバコを消して、ダッシュボードからブラックガムを二枚抜き取って、一枚を茉莉子に渡した。すげー眠そうだからほんとは寝かしてやりたいんだけど、もうちょっとだけがんばってもらおう。
ありえない、とかうそぶきながらも、実のところ俺は完璧に確信しきっていた。あんな写真とメモだけでそこまで飛躍するのは馬鹿げている。三日前の俺ならたぶんそう思っただろう。今の俺はそんなふうには思わない。だってそう考えてみれば、いろんなことに説明がつくんだ。最初から不自然なくらいにフィーリングが合ったこともそうだし、茉莉子の情緒不安定っぷりなんか特にそうだ。しょっちゅう感情暴発するところとか、すぐ泣くところとか、思えば親父にそっくりなんだ。でも、なあ。
「にがーい」
茉莉子は顔をしかめていた。
はあ。
妹って。
親父の墓、というかうちの墓は遠縁の寺の敷地の中にある。俺は寺の庭に車を停めて、住職に見つからないようにこっそりと墓地に向かった。灼熱ギラギラのバーニング・サンがほとんど火炎放射に近い日差しを容赦なく俺たちに浴びせかけてきて、しかもセミがうっさい。茉莉子は黙って俺の後ろをついてくる。茉莉子は寺が近づくにつれて次第に表情を硬くして、ほとんど口も利かなくなった。まあ、いろいろと思うところがあるのだろう。俺は墓地の入り口で手桶にたっぷり水くんで、ひしゃくを突っ込んで歩き出した。うちの墓は墓地の一番奥にある。平日の昼前、墓参りをしている人は誰もいなくて、途中で太った黒い猫とすれ違っただけだった。茉莉子がなんか反応するかと思ったけど、シカトしてた。『永友家之墓』って書いてある苔のこびりついた墓石の前に立つ。俺は隣に並んだ茉莉子を見た。
「これ」
茉莉子は墓に目もくれず、下を向いて黙り続けていた。ったく、ほんとに感情の起伏の激しい子だよ。
「もし親父と二人で話したいこととかあるんなら、離れてるよ」
茉莉子はぷるぷると首を振って、「近くにいて」って言った。
それでとりあえず俺はひしゃくに水をすくって、てっぺんからかけてみた。真夏に墓石に水をかけるのってけっこうな快感だ。じゅわーってもんじゃみたいな音が聞こえるような気がするし、しかも先祖孝行な感じもする。俺は満遍なく墓石を濡らして悦に浸り、墓の前に設置してある親父が生前から愛用していた『親父』って彫ってある湯飲みにもなみなみと水を注いだ。それからひしゃくを手桶に戻して置いて、うつむいて突っ立ったまんまの茉莉子の斜め後ろに下がった。にしても暑い。パンツの後ろポケットに両手突っ込んで墓を眺めて、花とか買ってくるべきだったかなとか思った。そういや線香も持って来てない。なんだかんだで俺もかなり取り乱してるんだ。あーあ、いま墓の中でどうなってんのかな。この親父、ちゃんと茉莉子が娘だってわかってんのかね?
「親父」
俺は後ろから茉莉子の両肩を掴んでぐっと前に突き出した。茉莉子はきょとんとした顔で、首をひねって俺を見上げた。
「茉莉子だ。俺の妹で、親父の娘」
ああ、これで墓の中の永友家大騒動だね。母さん、怒ってるだろうな。じいさんとか、先祖代々が親父を総すかんの図が目に浮かぶ。でも俺のそんなくだらない妄想をよそに、茉莉子はこのクソ暑い中で、シリアスに震えてる。
「……大宮、茉莉子です」
それ以上、言葉が出てこないみたいだ。俺は茉莉子の震える肩に手を置いたまま、茉莉子の丸い頭越しに、さっそく乾き始めた墓石を見ていた。
「店長」
「うん」
「ずるいよ、店長」
「え、俺か?」
「なんでこの人死んでるの?」
茉莉子はくるっと振り向いて、俺の胸を強く叩いた。叩いた手を開いて俺のシャツを握って、そのまま俺に身を預けてくる。俺はどうしようかなって思ったけど、茉莉子のちょっと汗かいてる白い首筋に手を当てて、ぽんぽんぽんと叩いてやった。茉莉子が、呻きだした。
「店長、私ね……」
「大丈夫」
茉莉子はもう片方の手にも俺のシャツを握らせて、大きく息を吸い込んだ。
「私…、本当はお父さんのこと、ずっと、めちゃくちゃ恨んでて……」
「うん」
「…お父さんは私の存在すら知らないんじゃないかって思うと、悲しくって、悔しくって、寂しくって…、仕方なくって……、私のこと知ってますかって、どうしてお母さんを捨てたんですかって、聞きたくって………」
「だよな」
茉莉子は俺の胸に頭をこすりつけるように、何度も深くうなずいた。俺は茉莉子の髪の毛の中に指を入れた。茉莉子の背中がまた膨らむ。
「それでね…、どんなに立派な人だったとしても、会えたら文句言って、殴って、またひどいこと言って、人生めちゃめちゃにしてやろうって……、ほんとはずっと、ずーっと、そう思ってたんだよ……。なのに、もう死んでるなんてさぁ…、しかも店長のお父さんだなんて……、こんなの、卑怯だよ………」
「もう死んでるけど、怒りたいだけ怒れよ」
茉莉子は背伸びして俺の肩に頭をのせた。
「店長のお父さんにひどいこと言えるわけ、ないよ……」
肩が熱い涙で濡れて、まるで麻酔を打たれたようにふやけてくる。俺は茉莉子の背中に手を回して、遠慮がちに抱き寄せた。
―――なあ親父。知らねえだろ?あんたの娘はすぐ泣くんだよ。
茉莉子の頭を撫でながら、心の真ん中で静かにつぶやく。俺はひしゃくを抜いて高々と掲げ、墓石めがけてまっすぐに振り下ろした。ぱかん、と乾いた音が響き、茉莉子が顔を上げて俺を見て、墓を見る。俺は構わずに何度も何度も、俺がいつか入ることになる墓を殴り続けた。金属製のひしゃくはへこみ、墓石のカドが欠けて弾け飛んだ。茉莉子は涙も拭わずに、俺の手を抑えた。
「店長やめて…。そんなことしても意味ないよ」
そんなことはわかってる。
「気が済まねえんだよ」
茉莉子がふるふると首を振る。泣いてる顔で笑ってくれる。
「いいよ。私はその気持ちだけでうれしいから。ね?」
違う。これは俺と親父の問題でもあるんだ。
ひしゃくの柄がボキッと折れた。俺はそのことについて激怒して、墓に思いっきり投げつけた。
「っんだよこのクソ親父!」
俺は靴底で墓石を蹴りつけ、卒塔婆をへし折り、親父の湯飲みを踏み砕き、水の入った手桶を墓に叩きつけた。水は俺と茉莉子を少し濡らし、桶はバラバラに砕け散った。茉莉子が短い悲鳴を上げる。
「クソみてえに勝手に死んでんじゃねえぞおい!ちゃんと茉莉子に謝れや!」
「店長…、もういいから、もう、やだよ……」
俺は、シャツの背中ひっぱってぶらさがるみたいになって泣きすぎでもう何言ってるのかもよくわからない茉莉子をひきずりながら、墓石に組みついた。このまま真上に引っこ抜いて、バックドロップかましてやろうって、真剣に思った。でも墓石なんてそんな簡単に抜けるはずないし、茉莉子はとうとう座り込んで泣くし、住職がタコみたいな顔して走ってくるから、仕方なくやめた。
墓石にマジギレした奴も俺が初めてかもしれない。
めちゃめちゃ怒ってる一応親戚な住職には、「家庭の問題と心の葛藤です」とか適当なこと言って謝った。茉莉子はずっと泣き止まなくて、住職も茉莉子のことが相当気になってたみたいだけど、例によって母方の親戚ってことにしといた。で、いま車の中。エアコンかけてアイドリングさせながら窓に肘ついてぼーっとしてる。なんかまだ気持ちが落ち着かない。墓石殴ったってことは母さんとかも殴ったってことだよなーっとか思ったら急に気が重くなってきて、俺は周り気にして車ロックして一人で降りて、もう一回うちの墓の前に立って、さっきはごめんなさいって素直に謝った。もちろん親父は対象外だ。あんな親父はあの世で村八分くらえばいい。俺は親父に失望してるし、これからは軽蔑することにした。母さんと三歳かそこらの俺をほっぽり出して、気持ち悪い変装して大宮美奈子さんと会って、子どもまで作って。それって家庭のある男のすることかよ。そのくせ作った子どものことはほったらかしで。しかも大宮美奈子さんがうちに本売ってるくらいなんだから、親父は絶対茉莉子のことも知ってたんだろ。なのになんで茉莉子も俺も何にも知らなかったんだよ。どんな事情があったのかなんて知らないが、家庭のある男としてっていうか、もう人として完璧におかしい。あんな奴が父親だなんてマジで恥ずかしい。でも、それでもだ。悔しいけどやっぱり俺はそれ以上に親父に感謝もしていて、それはもちろん茉莉子のことだ。そして茉莉子を永友古書店に導いてくれた大宮美奈子さんにも同様に感謝してる。二人揃って家族をなくした俺たちを出会わせてくれたのは大宮美奈子さんで、そのきっかけというか、諸悪の根源というか、すべての大元はやはりあのクソ親父なんだ。いまはまだ混乱しててまともに考えらんないけどさ、俺に茉莉子を残してくれたってことだけは、圧倒的に感謝してる。今日のところは、それでいいか。
俺は踏み潰した湯のみのカケラを拾い集めた。これはさすがにやりすぎだったな。親父が毎日洗ってお茶飲んでた湯のみだし。いまさらながら自分でもひくわ。まあ、これも元は俺が小学校の修学旅行の土産であげたやつなんだけどさ。今度違うの持ってこよう。俺愛用の『息子』って書いてあるやつを親父に捧げることにしよう。
「そのうち美奈子さんの墓にも行ってくるわ」
俺は欠けた墓をぺたんと叩いた。
車に戻ると茉莉子は助手席におとなしく座っていた。もう泣き止んではいるが、もはやトレードマークみたいになった赤い目をして遠くを見てる。
「暑くないか?」
茉莉子はほんのわずかに微笑む。
「寒いくらい」
俺は窓を開けてタバコをくわえて火をつけた。茉莉子も助手席の窓を全開にする。それからダッシュボードに手を伸ばし、俺がしまったばかりのタバコを出して、くちびるの端にくわえて、何の断りもないまま火をつけた。
「無理すんなよ」
「―――ん、意外と平気」
「そっか」
俺は苦笑する。ヘビースモーカーの血統なんだ。
車内に二人の吐き出す煙が充満する。いつの間にかセミがぴたりと鳴き止んでいた。静かだった。どことなく居心地が悪くて、何か音楽をかけようと思った。でもiPodを持ってくるの忘れてた。今日はそこまで気が回らなかったんだ。ラジオはだめだ。この車はAMしか入らない。俺は親父の遺品であるカセットテープを適当に選んでデッキに差し込んだ。ノイズ混じりに流れるのは、親父のメインBGMだったボサノヴァのスタンダード。俺はボサノヴァは興味ないんだけど、でもこの演奏はわりと気に入ってる。一番有名なスタン・ゲッツがやったやつ。てゆうかゲッツが好きなんだ。
「イパネマの娘」
変態の娘が煙と共につぶやいた。
「知ってんだ」
茉莉子はサイドミラーを見ながら目を細くした。
「お母さんがいつも聴いてた。お葬式のときもね、出棺のときにかけたんだ」
「合わねえだろ?」
茉莉子は失笑して、小さくうなずく。
「微妙な感じになったよ。私もそのときだけ泣き止んだ」
茉莉子がずっと泣いてる葬式なんてたまんねえな。
「親父も、毎日聴いてたよ」
俺と茉莉子は同じタイミングでため息をついた。
「なんか、やだね」
「あいつら気持ち悪いな」
俺と茉莉子はカーステレオに耳をそばだてる。寺の庭で、親父の車で、親父の、たぶん、親父たちにとっての大切な曲を、十七歳の妹にタバコを吸わせながら、聴く。何千回も聴いてとっくに聴き飽きているはずの古い曲が細長いワイヤーみたいになって、俺の愚かな心臓に絡み付いて、ほどけなくて、息が詰まって、また涙が出そうになった。
「お兄ちゃん」
茉莉子がいやに熱っぽい声で言った。
「お兄ちゃん言うな」
「なんでー?勇気出して言ってみたのに」
「きめえ。鳥肌たったわ」
「ひどーい」
茉莉子はくちびるを尖らせたままタバコを灰皿に押し込んで、靴を脱いで、シートの上で膝を抱えた。
「てかお前スカート」
「見えてもいいやつだもん」
女子高生文化はよくわからん。ちょうど茉莉子の携帯が鳴った。メールっぽい。
「だれだ?」
別に興味なかったけど、茉莉子の真似して聞いてみた。
「ん、学校の友達。私が学校サボったの初めてだから、びっくりしてるみたい」
「えらいじゃん」
「忌引き以外で休んだのも初めてだよ。皆勤賞なくなっちゃったー」
茉莉子はメールを打ちながら残念そうに言った。こいつ優等生なのな。
「そういえばお前、一人暮らし?」
茉莉子は携帯をパタンと閉じた。
「うん、賃貸マンション。でもおばさん、お母さんのお姉さんがおいでって言ってくれてるんだけど、そこって県外なんだよね。そしたら学校も変わらなくちゃいけなくなるから、ちょっと迷ってて。しかも大学生のいとこが二人いるんだけど、二人とも男だし、なんか苦手でさ。それに私っていままでお母さんと二人で暮らしてたじゃない?だからいきなり五人とかでひとつの家に住むのは抵抗があるっていうか、なんか嫌かなーって。たぶん肩身狭いし」
茉莉子は肩にあごをくっつけて、俺を見ながら話してたけど、俺は茉莉子を見なかった。
「そっか」
「あと、おじさんも怖いし」
「それは、嫌だな」
「…うん」
茉莉子は顔を戻して携帯を開いた。でも何もせずにすぐ閉じた。
ゲッツのテナーとジョアンのボーカルと俺たちの沈黙がぼろぼろのバンを包み込む。このじれったい沈黙を作り出しているのは俺だ。茉莉子はもう、言うこと言ったみたいな顔してる。でもさ、相手が期待してることが丸わかりなこの状況で、それをそのまま言うのって、芸がないっていうか、恥ずかしいっていうか、なんかすごく嫌じゃないか?
茉莉子は半袖ブラウスの胸ひっぱって、ぱたぱたさせて風を送ってる。両側のウインドウ全開だからさすがに暑くなってきた。
「窓閉めるぞ」
俺と茉莉子は同時に両サイドの窓のハンドルを回した。また車内が冷えてくる。俺はステアリングに両腕を置いてあご乗せて、ゲッツのサックスに聴き惚れているふりをした。茉莉子はシートに身をもたせて、いきなりバタンと後ろに倒した。で、またバタンと戻ってくる。どうやらイライラしておられる。
「店長ー」
「なんだよ」
「さっき、住職さんに私のこと妹って言ってくれなかったね」
「いや、だってあのタイミングでそんなこと言ってもめんどくせえだけじゃん」
でもそのうちちゃんと親戚周りもしなきゃだな。なんて言えばいいんだろ。『妹できました』。頭おかしくなったと思われそう。
「店長、ほんとは私のこと妹だって思ってないんじゃ……」
「思ってないわけないだろ」
「私のDNAを採取して、怪しい機関に調べさせようとか考えてるんじゃ……」
「だから、疑う余地ねえだろが」
つか、疑いたくもねえ。
茉莉子はくちびるを尖らせて、俺を睨みつけてくる。俺はシートを倒して逃げた。案の定、茉莉子もシート倒して追いかけてくる。あーもう。
「スーパーの飯がさ、」
俺はところどころ破れた天井を見ながら言う。
「うん」
「すげー、まずいんだわ」
反応がない。
それどころか、きょとん、へぇー、みたいな空気。
え、これでオブラート巻きすぎか?それこそ勇気出して言ってみたのに。でも言い直すのはマジできっついな。渾身のボケ説明するみたいでさぶすぎる。
「私、作るよ」
でも茉莉子は唐突に、さも当然というふうに言った。俺は体ごと茉莉子のほうに向けた。こっち見て、笑ってた。
「…勝手に風呂のお湯抜くなよ」
「抜かない抜かない。てか、店長が毎日先に入ればいいじゃん。私、本当はお風呂長いよ?」
「じゃあ、そうするわ」
「ありがと、お兄ちゃん」
「だから、お兄ちゃん言うな」
「いいじゃん。私、お兄ちゃんって呼びたい」
「だったらうち来んな。おばさんち行け」
俺はぐーっと伸びをして、反対方向に身を転がした。茉莉子が何も言わなかったから、気になって後ろ見てみたら、なんか寝たままあご引いて、口ぴったり閉じて、スカートぎゅって握ってた。息止めてんのか?
「それ、何してんの?」
「………泣くの我慢してるの」
「ごめん茉莉子」
茉莉子はぷはーっと息を吐いて、目をこすった。って我慢できてねえじゃん。
「ひどいよ。さっきの言い方、すっごい冷たかった……」
茉莉子は目の上に手首を置いて鼻をすんすんさせている。あー、なんかすげーめんどくせえ。妹ってこんなにめんどくせえのか?
「『おばさんち行け』って、ひどすぎるよ…。やっぱり私のこと嫌いなんだ……」
だから好き嫌いの話してねえだろが。
「嫌いじゃないから。うちで俺と暮らそう」
「お」
茉莉子が手首下げたら笑ってる目が出た。こいつどこまでが計算だよ。
「今の言い方は超優しかったね」
「でもマジでお兄ちゃんは勘弁な。なんかほんとにかゆいんだよ」
「わかったよ、店長。ちょっとずつ慣らしてくからね」
ちょっとずつってなんだよ。でも見たら茉莉子はすげーうれしそうな顔してた。また頭撫でてみたくなって、手を伸ばしかけたけど、変な理性が邪魔したから自分の頭かいた。兄妹ってどこまでセーフなんだろな、とか。はは。
「店長」
「んー?」
茉莉子は倒したシートはそのままで、体を起こして、その場にきちんと正座をした。で、三つ指ついて、「ふつつかな妹ですが……」とかやり始めた。
俺はシート起こしてサイドブレーキ下ろしてギア入れて、思いっきりアクセルを踏み込んだ。茉莉子が、「きゃー」って言いながら、貨物シートに吹っ飛んだ。
もううちに帰ろう。