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15 永友古書店です

 茉莉子は本棚にもたれて座り込んで、ずっと写真を眺めている。最初は俺にも見せてくれたけど、いまは、「恥ずかしい」とかなんとか言って見せてくんない。でもあの異様な光景は俺の網膜にくっきりと焼きついていた。

 写っている女性は確かに茉莉子によく似たきれいな人だった。カメラをまっすぐに見据えて、男の肩に頭をもたせて幸せそうに笑ってる。で、肝心の男の方はというと、これがまたとんでもないことになっているのだ。昔のスキーウェアみたいな柄のピチピチのライダースーツに身を包んで、黄色いキャップを後ろ向きに被っていて、フレームなしのあほみたいにバカでかいサングラスをかけてて、挙句の果てに口に迷彩のバンダナを巻いていた。そのうえ左手の親指を誇らしげに突き上げている。どっから見ても危ない奴だ。だせえ。てか怪しすぎ。なんでこんな変態の隣で素敵に笑えるんだろうな、大宮美奈子さんは。騙されてんじゃねえか。茉莉子の母親ってことは、やっぱ天然なんだろうし。写真の右下には日付が入っていて、十八年前の秋だ。てことはやっぱりこれが茉莉子の父親なんだろう。茉莉子も難しい顔して写真を見てる。うれしそうな顔をしているときはお母さんを見てて、隣の男に目を移すと、盛大に表情を曇らせる。で、幾度となくため息をつく。

「店長ー」

「あー?」

「野菜ジュースちょーだい」

「はいよ」

 すっかり力の抜けてしまった茉莉子を背に、俺は冷蔵庫に向かって、野菜ジュースを出してコップに注いだ。ちなみにこの野菜ジュース二本目だ。茉莉子がはまって飲みまくってる。さっきから茉莉子は携帯を開いたり閉じたりしている。写真の裏には茉莉子のお母さんの筆跡で電話番号がばっちり書いてあるみたいで、茉莉子はその番号を携帯に打ちこんで消してを繰り返しているのだ。そりゃためらうわな。俺は茉莉子にコップを手渡して、そのまま隣に腰を下ろした。

「店長、私ショック」

「察するよ」

「私のお父さん、これだよ?」

 茉莉子は顔をゆがめて膝の上に置いた写真を指差す。

「これじゃ変態だよー」

「変態の娘」

「やめてよ」

 茉莉子はくちびるを尖らせた。俺はその顔が見たかっただけなので、満足して口をつぐんだ。茉莉子はまたしてもため息。

「お母さんもなんでこんな人の隣で幸せそうに笑ってるんだろ」

「まあ、見た目はこんなだけど、実は案外いい奴なんじゃない?」

「店長みたいに?」

「うっせえ」

 って褒められたのか?

「んー、じゃあ店長、もし自分のお父さんがこれだったらどうする?」

「生きる気力をなくすかもしれない」

 俺は正直に言った。

「だよねー」

 茉莉子は野菜ジュースを一口飲んでうなだれた。

「店長―、電話したくないよー」

「いや、しろよ」

「するけどさー。なんか会いたくなくなっちゃった。もうちょっとスマートでかっこいい人想像してたんだけどなー」

「でもこれだって素顔わかんねーじゃん。これも素じゃなくて何かの罰ゲームでこんな格好してるのかもしれないし」

 茉莉子は、そうかなー、って言いながらまた携帯をパカッと開いた。

「俺はカウンターでタバコ吸ってるからさ、とっとと電話して居場所聞き出して、会いに行こうぜ」

「うん」

 茉莉子はちょっと微笑んでうなずいた。俺はカウンターの親父椅子に座って、タバコをくわえて火をつけた。いやそれにしても笑っちまうわ。笑い事じゃないんだけど、あんだけ真剣に探してて結果あれが出てくるってのが否応なくうける。なんだよあのサングラス。いまでかいの流行ってるけどさ、あのサイズはねえわ。頬肉もろ当たってんじゃん。あんなの刑事コントでしか見たことねえよ。しかも口に迷彩バンダナって。どこと戦争してんだよ。俺はカウンターの上に足を投げ出して、煙をひゅーっと吹き出しながら、デジャヴった。


『あんなの刑事コントでしか見たことねえよ』


 ………なんか俺、だいぶ前にこれと同じこと誰かに言った気がする。しかもそのときは『あんなの』じゃなくて『こんなの』だった。あれ?あれ?あれあれあれ?ちょっと待てよおい。いくらなんでもそれはねえだろ。でもたしかあれは―――。

 俺はタバコをくわえたまま慌ててしゃがんで、カウンターの最下段の引き出しを開けた。それは待ち構えていたかのように、一番上に乗っかってた。思わず吹き出してしまう。で、なんかドキドキしてきた。いや、ちょっと待ってくれよ。頼むから少しだけ考える時間をくれ。でもだめか。さっきから頭の上で電話がピリピリ鳴ってる。俺はあきらめて受話器を取った。

「はい、永友古書店です」

「え?」

 耳元と、前方からおんなじ声がする。後ろ向いて背中丸めてしゃがみ込んでた茉莉子がばっと振り返って、目をでっかくして、口をパクパクさせながらこっちを見ていた。

「あ………、あ、ごめんなさい。間違えました……?」

「はい」

「失礼しました………」

 茉莉子は電話を切って、何度も首を傾げながら、写真の裏と携帯の画面をしつこいくらいに見比べている。俺は最後の一口を吸い込んで、タバコを灰皿に擦りつけた。はー、視界が暗いわ。再度、電話が鳴り始めた。俺は煙をしっかり吐き出してから、受話器を取った。

「永友古書店です」

「……うそ?なんで?」

 茉莉子の視線は写真と携帯と俺の間をめまぐるしく動き回る。

「……そういうことかよ」

 俺は静かに受話器を置いた。それから親父のサングラスを外して、カウンターにカチャリと置いた。

「うそ、店長が………」

 茉莉子が胸の前で携帯を握り締めて、つぶやく。俺は軽く微笑んで、うなずいて見せた。

「お父さん?」

 あほか。

「お兄ちゃんだろ」

 ってマジか。



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