25 夏休みの終わりに
窓の外でツクツクボウシが鳴きだした。
この声を聞くともう夏も終わりなんだと思う。
「瑠璃、河野君が見えたわよ」
「は~い」
「お母さんは、もう行くからあとはよろしくね」
「いってらっしゃーい」
銀座のビルでの事件以降、高津家には行っていない。高津君のお兄さんがチラッとインタビューに出たせいで、家の周りに色々な人が来ているんだって。
あの後、ジョン・スミス氏の暗殺を未然に防いだとして、政府からお祖父ちゃん宛てに感謝状が届けられた。警察からは高津君のお兄さん宛だ。
野球帽をかぶっていた警備の人が主犯格で配達の2人に指示を出していたらしい。黒幕はまだ調査中だ。
それが新聞に出たものだから、連日マスコミが、
『謎の中学生、機転を利かす! いったい誰だ?』
なんて騒いで、追いかけているらしい。
高津君のお兄さんは『本当は瑠璃ちゃんなのになっ』って、売られていく子羊みたいな目で私を見る。その視線に申し訳ないなってちょっと思う。
「兄さん、年上だろっ」って高津君が肩を叩いていた。お兄さんって大変なんだな。
そんな訳で、皆が、毎日なぜか我が家に勉強に来る。お兄さんまで……。
「瑠璃、今日はゼリー持ってきた」
「ありがとう。冷やすね」
河野君はもうすっかり慣れたもので、キッチンに入るなり冷蔵庫を覗く。
「麦茶、もらうぞ」
「うん、高津君達はもう勉強しているから静かにね」
「ああ、わかった」
そう言うとリビングに皆で集まった。
「高津君の家はまだ人が来るの?」
冷えた麦茶をみんなに出すと、高津君が顔をあげた。
「兄さんの友達や知らない人まで家の周りをうろうろしているんだ」
高津君は嫌そうに眉を寄せた。
「そのうち熱も冷めるだろう」
高津君のお兄さんは他人事のように言う。
「兄さん、僕もいい迷惑だよ……」
高津君のあきれた声に思わず笑いがこみ上げた。いつも完璧な高津君だと思っていた。テストは満点でかけっこも早くて逆上がりも出来るしね。
「瑠璃、学校が始まったら、家庭教師が午後になる」
河野君が深刻な顔で切り出した。
なんだと思えばそんなことか……。
もう、我が家には来れないっていうことかな。
それはそれで寂しいな。なんてわがままなんだろう。私って……。
「だから家庭教師が、ここに来ることになった」
黙って聞いていると河野君が続ける。
「はぁっ? 家庭教師がどこに来るって?」
高津君が驚いたように聞き返した。
んっ? 河野君の顔を見てから高津君の顔を見る。
んんっ?
ちょっと待って! なぜ高津君が驚くの? 驚くのなら私でしょう!
「母と相談したら、瑠璃と一緒に習えばいいんじゃないかっていうしな」
「えっ?」
そうなの? 私聞いていないんですけど……。
「大地の母さんが言うのか。それなら僕も相談してみようかな?」
ちょっと、高津君! あなたのお母さんに何を聞くの?
「私はまだお母さんに聞いていないし、家庭教師なんて無理だと思う」
「何が無理なのかな?」
えっ? 高津君当たり前でしょう。お値段も、学力も無理だと思うわ。
「学力が違うし、出来なくて飽きられちゃうかも」
「それはないな。専門の先生だから。心配しなくていいよ」
河野君が得意げに言う。
「大地の先生なら僕も塾より良いな」
高津君のお兄さんまで話に加わりだした。
いつの間にか、私を抜きにして、3人で日程や時間をどんどん決めていく。
お母さんがダメだって言っても知らないからね。
その夜帰ってきたお母さんは開口一番、
「高津君のお母さんから連絡貰ったわよ。瑠璃も家庭教師頑張りなさいね」
まじ? 連絡いってたんだ。でも、何故、高津君のお母さんから?
「いいの? 高いでしょう?」
「なんか、かなりお得だったわよ」
そう言うとさっさと、着替えに行ってしまった。
家庭教師からは逃げられそうになかった。でもまた3人で勉強できると思うとすこし嬉しかった。
「瑠璃、落とし物を預かってきたんだが」
帰ってきたお父さんがカバンをごそごそと探っていた。
お父さんが持ち帰ってくるような落とし物には心当たりがなかった。
カバンから紙袋を出すと私に渡してくる。いったいなんだろう?
中を見ると見覚えのあるポシェット。
息をのんだ。まさか……。
「これお前のか?」
私が頷く。
お父さんが持って帰ってきたのはあの黒い機械が入ったポシェットだった。
「私の……。でも……どこで?」
「やっぱりそうか。この間のビルに落ちていたらしい」
「拾ってくれたの? どうして私のだってわかったの?」
「田中瑠璃って名前はそういないだろう? 今度お礼言わなきゃな」
「名前……? って?」
幼稚園生じゃないんだから名前なんて書いていない。
「出ていたらしいぞ。そこのモニターに」
えっ?
私の名前が出たの? どういうこと?
ポシェットから黒い機械を出すと、手に取って黒い機械を眺めてみる。
すると機械がまた光った。
『ルリ』
……。
――おしまい――
♢ ♢ ♢
――おまけ――
時は少し遡り、桜が舞い散る4月。
新学期が始まったばかりの頃だ。
「幸助! 見たか」
向こうから元気よく大地が走ってきた。
うちの小学校は2年に1回クラス替えがある。この間5年生になって、大地とはまた同じクラスになった。
「何をだ?」
「ポメがいたよな」
「ポメ?」
こいつ何を言ってるんだ? 首をひねっていると大地がランドセルから1冊の雑誌を出してこちらへ放り投げた。
机の上に落ちたそれを拾い上げると愛犬愛好家の雑誌だ。「もふもふライフ」今月の表紙はポメラニアンがカメラ目線のドアップで写っている。
そう言えば大地は動物が好きだったな。
「ポメラニアンのことか……、それがどうした」
僕が聞くと大地は嬉しそうに目を輝かせた。
「今度のクラスにはポメがいた」
はぁ?
いや、クラスに犬はいなかったぞ。
誰か内緒で連れてきたんだろうか……。
それはそれで学級委員として見過ごせないな。
「大地、それは誰だ。誰が連れてきていた?」
「お前は見ていなかったのか?」とでも言うように僕の顔の前で手を振った。
「田中……。だったかな?」
「田中さんが?」
記憶にある限りおとなしそうな女子だった。いや、あまり記憶にないか。犬は連れていなかったように思う。
「いやぁ、もう、たまらないよなぁ~。小さな顔に大きな目をうるうるさせて、おどおどしながらこっちを見るんだぜ」
こいつの犬好きには構っていられないな。
「わかった。田中さんには、明日、犬は連れてこないように言おう」
「んっ? お前何言ってんだ? 犬はいないぞ」
「犬はいないって……?」
しばし頭をひねった。
『何を言ってんだ』はこっちのセリフだよな?
「ほら、田中だよ。ポメラニアンにそっくりだろう?」
はぁっ? 田中は人間だろう? ポメラニアンってお前はいったい……。
残念な目で大地を見てしまった。
それ以来、田中さんを見ると、大地の言葉を思い出す。
小さな顔に大きな瞳。あたりの様子をうかがう感じが小動物の動きだ。
落ちた鉛筆を拾ってあげると、おどおどした瞳で僕を見る。
……確かに、似ているな。
by 高津 幸助
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
「未来受信機」は、夏休みのある出来事から始まりました。瑠璃たちの夏休みは終わってしまいましたが、最後まで楽しく書くことができました。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
また別のお話でお会いできたら嬉しいです。
いつか、大人になった瑠璃たちを書きますね!
「かぼちゃのパンツはもういらない~弱みを握ればこっちのもの!」連載を再開しました。ぜひご覧ください。




