第103話 巨大な川と二本目の橋
王都で動きがあることも知らず、その頃のカオルはオーロイス伯爵とクワイエ子爵をとともに、まずはミリスリーナ伯爵の街へとやって来る。
橋を渡った対岸であるので、必ず寄ることになるからだ。
街に到着したオーロイス伯爵は、まずはミリスリーナ伯爵に面会を持ちかける。川の両岸の領主同士、さすがに無下にはしない。
「また急な訪問ですね、オーロイス伯爵」
「すまない、ミリスリーナ伯爵。今回はちょっと用事があってやって来た」
「とりあえず話を聞きましょう」
ただならぬ雰囲気のオーロイス伯爵を見て、ミリスリーナ伯爵は話し合いの場を持ってくれた。
ちなみにルーシャも一緒にいるのだが、ミリスリーナ伯爵は彼女はただのメイドだと思っている。
それというのも、カオルのような魔物から変化した存在がほいほいといてはなにかと問題になると思われたため、ルーシャに変化を突き詰めてもらったのだ。
ルーシャに限って言えば、元の姿といったり来たりができるわけだ。それを突き詰めれば、完全な人型になれるのではないとかと睨んだわけである。
結果は、成功。
今のルーシャは頭の角も見えなくなっており、見た目は完全に人間になっている。
それができたことで、カオルはなんともうらやましがっている。どうやら、魔法に関してはルーシャの方がレベルが高いようだ。
「それで、お話とは何ですかな、オーロイス伯爵」
テーブルを囲んで、ミリスリーナ伯爵は単刀直入に用件を尋ねてくる。
「うむ。今回のイダンカ帝国の襲撃で、このサズー川にかかる唯一の橋が大ダメージを受けた。そこで、もう一本橋を架けようではないかと思うのだよ」
「……正気ですか?」
オーロイス伯爵の切り出した内容を聞いて、ミリスリーナ伯爵の表情が歪んでいる。それだけ思ってもみなかった内容なのだ。
しかし、ミリスリーナ伯爵の方だって、サズー川に架かる橋に何かあればすべてが滞るのは重々承知のはずである。だというのに、なぜこんな反応をしているのか。
理由としては、サズー川の川幅だ。
なんといっても馬車ですら渡り切るのに、明るい時間の半分近くかかってしまう。しかも海から遠い中流域でこれだ。河口付近ともなれば、どれだけの幅があるのか分からない。
ちなみに、伯爵邸にあった古い文献には、常識的な川幅だったという記録があった。何かしらの原因で、ものすごく広がってしまったと考えられる。
そんなサズー川に唯一架けられているのが、この二人の伯爵の治める領地を結ぶこの橋だ。川幅が常識的な頃にも架けられていたので、その時のことを踏襲して、ここに橋が架かったままというわけだった。
「それで、橋の候補地はどこなんですかね?」
「私の領都の西側だ。ちょっと理由があって、その地が選ばれた」
ミリスリーナ伯爵が問いかけると、クワイエ子爵が答えている。自分のところの話なので、当然といえば当然の反応だ。
「それと、その話に付随して、国王陛下に報告しなければならないことが出てしまってな。そういうわけで、ミリスリーナ伯爵もご同行を願いたい」
「うーむ……」
さすがにミリスリーナ伯爵は唸りながら悩んでいるようだ。
橋が一本であれば、王国の東西の行き来はここだけになるわけなのだから、通行料などでたくさん潤えるのだ。それを思うと、安易に利益を削るような話に乗れるわけがない。
しかし、この間のイダンカ帝国の襲撃のことを思えば、有事の際には自分たちのところが占領されるなどすれば、簡単に王国を真っ二つにできるというリスクがある。ならば、秘密裏に橋をもう一本架け、リスクを分散させるということは十分に意味のある話なのである。
「分かりました。私も当事者ですから、ご同行いたしましょう」
ミリスリーナ伯爵が同行に同意してくれたことで、この橋のプロジェクトは間違いなく前進した。
ただし、その話を詳しく聞かせるようにとせがんでくる。そこで、オーロイス伯爵は現時点では話せないことをうまく隠しながら、橋を架ける計画をミリスリーナ伯爵へと話したのである。
大体の話を理解したミリスリーナ伯爵の心は変わらなかったので、翌日、すぐに王都に向けて出発することに決定した。
そんなわけで、今日のところは準備があるためにカオルたちはミリスリーナ伯爵邸に宿泊することになった。
「うう、疲れたのです」
体をベッドに放り出したルーシャは、角を隠す魔法を解除してしまった。同時にブルシャーフの立派な角が出現する。
「おい、ルーシャ。ベッドが破けるから角には必ずカバーを着けろよ」
「面倒です」
「面倒でも着けろ。ベッドがズタズタになったら、どう言い訳するつもりだよ」
「うう、仕方ないです……」
カオルに強く言われたルーシャは、荷物の中から角カバーを引っ張り出して装着している。
ブルシャーフはバッファローのような立派な角が、オスメスにかかわらず生えている。なので、放っておくと引っかけたり、破いてしまったり、貫通してしまったりと大変なのである。
カオルは前世の手先の器用さで、ルーシャの角を覆うカバーを一晩でこさえていた。
ご主人様としてカオルのことを慕ってはいるものの、角を隠すのはどうも恥ずかしいようなのである。
なんとか角カバーを着けたルーシャがごろごろとする様子を眺めながら、王都、特に王族の前でルーシャはどうなるのか、今から心配になっている。
自分の時はなんとかなったものの、幼い性格のルーシャだからこそ、気になって仕方がないのだ。
(ふぅ、こんな状態ではたして国王たちとの交渉はうまくいくんだろうかな)
心配になるカオルだったが、その目の前ではすでにルーシャは寝息を立てて眠ってしまっていた。
この神経の図太さがあるのなら、なんとかなるかな。根拠はないものの、そう思うカオルなのである。
明日は王都に向けて出発ということもあり、カオルもやることをそこそこに、早めの就寝にするのだった。




