弟、誕生! にぃ
明けまして おめでとうございます
本年も 『無自覚なオッドアイ』共々
よろしくお願いします
千椛
バンッ!
「アンジー!」
扉を開けた父さまの顔色は悪く、髪はグッシャグシャに乱れていた。
「父さま、連絡し忘れて、ごめんなさい!」
「あら、あなた。ずいぶん早かったのね?」
わたしと母さまの声が、重なる。だけど父さまは無言のまま母さまを抱きしめると、大きなため息と一緒に、つぶやいた。
「無事でよかった……」
父さま、母さまと赤ちゃんの事が、すごく心配だったんだ。ごめんよ、連絡し忘れて……。
その後父さまは、しばらくの間赤ちゃんを見つめ、産婆さんから母子ともに、なんの問題もないと言われて、ようやく安心したのだろう。こわばっていた身体から、力が抜けたように見えた。だけど。
「エミィ、ちょっといいかな?」
疲れた顔でわたしを手招きするから、うっかり近づいたら、そのまま腕を掴まれ、母さまの寝室から応接室へと連れて行かれてしまった。ちぇっ。もうちょっと、赤ちゃんを見ていたかったのに。 しかも、
「別に、エミィを責める気はないよ」
応接室の長椅子に座った父さまが、くたびれた顔で笑いながら言うけれど、コレって絶対『でもね』が続くヤツだわ。乙女は知っている。
「でもね……」
ほ〜ら来た!そして、ここからが長いから、まずは座ろう。
「送受信板を一番使い慣れているのはエミィだし、なにかあれば、僕に連絡するよう頼んでいたよね。だから僕はてっきり君が引き続き、報告してくれると思ってたんだよ。いや、まだ六歳の君にそこまで期待してはいけないというのも、わかっているんだ。弟が産まれて、浮かれる事も十分予測できた。でもこの数時間、僕は心配で頭が変になりそうだったんだよ。せめて、いろんな事が落ち着いた後でいいから、僕に連絡をとることを思い出して欲しかった。しかも―――」
延々クドクドネチネチと話が続いているけど、父さまが部屋に入ってきた瞬間、ちゃんと謝ったし反省もしたんだから、そろそろ終わりにして欲しい。
それに、わたしも朝から大変だったから、ちょっとくたびれている。このままだと、うっかり寝てしまいそうだ。だから。
「父さま、ごめんなさい。ところで、あの最高に可愛い天使の名前は、決まったんでしょうか?」
「えっ、いやまぁ、一応候補は幾つかあるが、まだ決定したわけでは……」
「だったら急がないと、そんなに時間はないですよ!」
赤ちゃんの名前は、生まれて三日以内に神殿か教会に届け出ないといけないから、期限は明後日だ。
「あっ、そうだったね。ちょっとアンジーと話し合わないと……」
**
翌朝。事務所に行く前に赤ちゃんを見ておこうと母さまの寝室に向かうと、そこにはすでに父さまがいた。
「ちょうど良い。今、エミィを呼びに行こうと思っていたところだったんだ」
おぉ!もしかして、赤ちゃんの名前が決まったとか?!
「さて、実は二人に知らせないといけない事があってね。お義父さんには昨夜のうちに伝えたのだけど、この度、僕は男爵位を叙爵する事が決まった」
「あら!それはおめでとう! で、いいのよね?」
「そうだね、一応」
なぁんだ。赤ちゃんの名前じゃあないのか。ちょっとがっかり。
それにしても、ジョシャクってなんだろう?二人とも、そんなに嬉しそうじゃないってことは、あまり良い事ではないのかな?
「父さま。ジョシャクって、なに?」
「国王陛下から、爵位を賜ることだよ」
「父さま、貴族になるの?」
「領地無しの男爵だけどね。でも、しばらくは公表しないよう、陛下にお願いするつもりだから、君たちも内緒にしておいて欲しいんだ」
「なんで?」
「今叙爵したことを公にすると、絶対に『トイレット男爵』と呼ばれる予感がするからだ!」
父さまが鼻の頭にシワを寄せて、すんごく嫌そうに言う。母さまが説明してくれたけど、平民が叙爵する場合、その理由となった物のあだ名が付く事があるんだって。
今回はダンジョントイレ絡みの叙爵だから、トイレとハウレットを掛け合わせて、トイレットかぁ。たしかに『トイレット男爵』は嫌だなぁ。乙女としては、ちょっとどころか、思いっきり遠慮したい呼び名だもの。
もちろん、わたしが作ったトイレは自慢でしか無いけど、それと呼び名は、また別の話だからね。
「だったら、どうするの?」
「後ニ、三年の間に、何か別の商品を大々的に売り出して、そのときに公表してもらおうと思ってる」
父さまは、何にするかは、全く考えていないけどねと、笑う。
「それが無難よね」
母さまも『トイレット男爵』は嫌らしく、すぐに賛成する。もちろん、わたしも賛成だ。
(もし、わたしに向かってそんな呼び方をしようものなら……)
ぐっと拳を握る。
「ところで父さま。貴族になると、何か得することってあるの?」
「うーん、特に無いかな。逆に、義務とか税金が増えて、面倒だし」
「義務と税金?」
「そう。まず義務だけど、領地を持たない貴族は税金とは別に、年収の一割以上の寄付が義務づけられているんだ。対象は病院や孤児院、救貧院なんかだね」
「でも、寄付なら今もしてるでしょ?」
ハウレット商会は毎年、王都にある孤児院5カ所のうち、神殿や教会の運営ではない2カ所に寄付している。
神殿や教会が運営する孤児院は、貴族からの寄付が集まりやすいからだ。特に神殿の孤児院は、王家や高位貴族からの寄付が集中するので、下手をすると貧しい庶民よりも、ずっといい暮らしをしているのではと、噂されている。
「だけど商会の寄付と僕の寄付は、別だからね」
寄付は、父さま個人でする必要があるらしい。
「あと税金だけど、こちらもこれまで収入に応じて払ってきたのとは別に、特別爵税として、金貨十枚を払う必要がある。もっともこれに関しては、五年間の免除をもらったけどね」
なんだか、聞けば聞くほど損しかないように思えるんだけど、気のせいかな?
「ねぇ。王さまに、爵位はいらないって言っちゃダメなの?」
「出来なくは無いけど、まぁ、いろいろな事情を鑑みて、今回は賜った方が良いと判断したんだ」
まぁ、お金を払うのはわたしではないし、父さまが納得しているんなら、いいか。
「それとあと一つ……」
しゃがんだ父さまが、わたしの耳元で教えてくれたのは……。
我が家の天使の名前! 『シルヴァン・ハウレット』だって! 愛称は、シルビーで決まりね!
見てて、シルビー! 姉さまは、稼いで、稼いで、稼ぎまくるからねー!




