従魔紹介
まず私がモモ以外の声が聞こえるかわからないので、ミアさんの従魔から試してみる事にした。というかミアさんの笑顔にみんな黙ったのだが…彼女は怒らせたらいけない人なんだろうな、きっと。
「お、大きいんですよね…?私この位置で大丈夫ですか?」
モモが軽自動車並だから、ミアさんの従魔もてっきり巨大なんだと思って聞いただけだった。野生の兎も大きかったし。けれど、
「いいえ、私の従魔はまだそれほど大きくないわ。契約出来たのが最近なのよ」
「…?契約した日が浅いと何か関係があるんですか?」
「………そうだったわ…エルイットさんから、貴女はとんでもない山奥から来たから常識を知らないと聞いていたんだった…」
…エルイットさん。説明してくれていたのはありがたいけど、とんでもない山奥から来たと思っていたんですね…?いや間違ってはいないけど。それに近いくらい何も知らないけれど。逆に山の中の知識を求められたらどうしよう。
「いいかしら、サシャちゃん。従魔は全て大きいわけではないのよ」
「え、そうなんですか?!」
ミアさんや他の団員曰く。
魔獣は元々小さい、というか本来の種族の大きさで生きている。ただなんらかの方法で人間が魔獣に認められ、従魔契約を交わす事が出来れば魔獣から従魔となる。
そして従魔は普段の食事とは別に主人から少しの魔力を貰い栄養とし、成長する。
魔獣は本来自然界の魔力を取り込み生きているが、従魔となる事で人間の魔力を取り込む事が出来るようになるそうだ。
その人間の魔力が従魔にとって相性が良ければすぐにでも巨大になるし、魔力量も増える。逆に相性が良くなければ魔力量は増えるがいつまでたっても大きくはならないらしい。相性が良い従魔と出会えるのは、稀だそうだ。
ちなみにエルイットさんが追いかけられていた兎は、従魔として飼っていた人が逃して野生化したものだろうという事だった。なるほど…そういうパターンもあるのか。
「だからサシャちゃんとモモは相性が良かったのね。こんなに大きくて立派なんだもの」
「いえそんな…」
言えない。気付いたら巨大化してましたなんて、言えない。
大きくないならいつでもどうぞとモモの横に立てば、一際可愛かった小屋から一匹の黒猫がするりと出てきた。ただし自転車くらい大きい。や、山猫サイズ…!
「紹介するわ、私の従魔のカトリーヌよ。種族名はラリアンユールというの。美しいでしょう?」
「にゃあん」
確かに美しい。真っ黒い毛並みはツヤツヤで、しなやかな体。黄金の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。うん。美猫だ。
残念ながら、カトリーヌと呼ばれた猫の言葉はわからなかった。普通ににゃあと聞こえたし。やっぱりモモの言葉しかわからないらしい。
「私にカトリーヌの言葉はわかりませんでした。モモは?」
(…ここのオヤツは美味いらしい)
「…んん?なんて?」
初めまして、新人さんね?話は聞こえてたわ。あたしはカトリーヌ。ここのオヤツは美味しいから、楽しみにしてるといいわ。
ー…以上が、モモの通訳である。なんかモモからその口調が出ると鳥肌たつなぁ…!
「だそうです。通訳は出来ました」
「あらカトリーヌ、オヤツをそんなに気に入っていたの?いつも少しずつ食べているから、あまり好きじゃないのかと思ってたわ」
(勿体ないからだそうだ)
「勿体ないみたいです」
モモの言葉を復唱すれば、なんていじらしい子!とミアさんはカトリーヌに抱きついていた。カトリーヌ…今更だがすごく豪華な名前である。
「じゃあ次は俺でいいだろ?団長だもんな?」
「仕方ないっスね。後回しにした方がうるさそうだし、いいっスよ」
「よし!サシャ、こっちだ!チャトラー!」
走り出す団長を見て、さっき簡単に自己紹介受けといて良かったと胸を撫で下ろした。なんて呼んでいいかわからないのが一番困るもんなぁ。
従魔騎士団団長であるガイリス団長は、まぁ、いい人だ。ちょっと猪突猛進っぽいが。筋肉馬鹿っぽいが。いかつい見た目にそぐわずよく笑うので、最初程恐怖は感じていない。
いや、嘘だ。
にっこにっこ笑いながら団長の後ろを歩く巨体に、私は口元が引き攣り足がガクガクと震え泣きそうになった。
虎が。
虎が、出てきたっ…!
「相棒のチャトラだ!種族名はシュバルツイェガ!いやぁ、魔力相性が良かったみたいでな、大きいだろう?戦いとなると凄まじいが、普段は昼寝が好きでよくそのへんでゴロゴロしてるから構ってやってくれ!」
そんな事出来るかーっ!!!
…と、叫びたいが黙っておく。刺激はしたくない。
なんなのもう、チャトラとか言うからめちゃくちゃ猫想像してたのに…!めっちゃ虎!モモより一回りも大きい虎っ!顔の毛繕いしてるけど食べる準備とかじゃないよね…?!
内心憤りながらも私なんか一飲みだろうな、と現実逃避をしていれば、モモの口から有り得ない言葉が聞こえた。
(あらやだぁ!可愛い子達じゃないっ!ワタシはチャトラよん、よろしくねっ!今度一緒にお昼寝しましょうね、ちゅっ!)
「…モモ……通訳させて、ごめんっ………!」
(こいつの通訳は二度とやらねぇ。絶対にだ)
なんでよ、と言わんばかりにチャトラは巨体をクネクネさせモモに擦り寄った。あ、モモの毛が逆立ってる!うわぁレア…じゃない!
チャトラ、なんて恐ろしい子…!まさかのそっち系だったとは。知らない方が良かったかもしれない。
団長が何と言ってるか知りたいとしつこいので、お昼寝大好きだと言ってますと投げやりに答えた。嘘は言ってないはずだ。ただ一刻も早くこの場から離れなければ、モモのメンタルが危うい。
次お願いしますとたまたま近くにいたオッド君の背中を押す。
彼は気が弱そうな喋り方と表情だが、結構常識人だと思う。今日だって真っ先に謝ってくれたのはオッドさんだ。弓が得意だから武器にするならと誘ってくれたが、もしそうなったらオッド君に頼もう。年も近そうだし優しそうだし。
おっとりした笑顔に癒されかけたが、
「僕の従魔はルルガブルルって種族で、トトって名付けてるんだ。相性が良くないようでとても小さいままなんだけど、付き合いは長いから魔力量は多いんだよ」
一気に警戒した。
彼等の大きい小さいはあまり信用できないからだ。さっきもチャトラという可愛い名前に騙されたばかりだし、どんな生き物が出てくるかわからない。
小さいままとか言ってるけど、私はもう騙されないぞ。どうにもこの世界の人達と私の基準はズレてるようだから、どうせー…
「キキッ」
「………………あれ?」
可愛い、猿だ。
しかも本当に小さくて手乗りサイズ。よっ!と言わんばかりに片手をあげ、私の頭やら肩やらを駆け回る。ええぇ、逆に騙された…!
(よぅ新入り!初対面で悪いが俺の言葉がわかるんだろ?オッドの奴に、いつ今日のオヤツをくれんのか言ってくれないか?)
「…だそうですよ、オッド君」
「うわぁ、ごめんねトト…!今すぐ持ってくるからね!」
どうやらオッド君はおっちょこちょいらしい。
相変わらず肩乗りしているトトを指でちょいちょいしていれば、言葉がわかるのは便利っスねぇとベルさんがしみじみしていた。
特徴的な喋り方のベルさんは、少々お喋りだった。けど気軽に話しかけやすい雰囲気と、笑ったら糸目になるのが猫みたいで可愛かったりする。
彼はどんな従魔を連れているのだろう。こうなったら楽しみになってき、
「じゃあ俺のリンリンを紹介するっス!ザオルベルグって種族で、果物が好物の優しい女の子っスよ!」
(い、いじめない?お姉ちゃん達、リンリンの事いじめないよね…?!)
「………………もう、驚きたくない」
(俺は昼寝がしたい)
ちょっと待ってとモモに抱き付き、チラリと様子を伺う。そこには虎と同じくらい危険度が高い熊がいた。
ただし両手で顔を覆っている。
「リンリンは恥ずかしがり屋なんス。リンリン、サシャは怖くないっスよ。今日から仲間っス!」
(仲間…?じゃ、じゃあ、リンリンにリボン結んでくれるの…?)
「…リボン、好きなんだね………いいよー。いつでも結んであげるよー」
やったぁ!と両手を上げ喜ぶリンリンは可愛い…のかも、しれない。いやみんな牙と爪を出さなければ可愛いのだ。基本動物はなんでも好きだから、触れるのも嬉しい。
けどやっぱりちょっと…いや、かなり怖いなぁ…!
早速結んでほしいらしいリボンを取りに行ったリンリンを見送っていれば、僅かに地面が揺れモモの足にしがみつく。今度はなんだろう怖いっ…!
「ドラメニアのムムスケだ。気に入ったものを頬袋に隠す癖があるから、気をつけるんだな」
元コックで台所の全権を握っているらしいジルコットさん。年齢的には団長と同じくらいだろうか?ぶっきらぼうな口調に思えるが、今のところ彼に怖さは感じていない。むしろ何かあったら頼れそうな気がしてくる。
だかしかし。ジルコットさんの後ろに見えた巨体に、私は一瞬固まった。モモは毛繕いしている。なんてマイペースな!
(物資運搬はお手の物!そしてそしてーっ!皮剥きのプロとは俺の事!ムムスケ様を呼んだかーっ?!)
「…………ハムスター…」
思わず呟いてしまうのも仕方がない。だって、信じられないくらい大きなハムスターがいるんだもの。
モモと同じくらいの巨体だが、ハムスターの元の大きさを考えると胃がキリキリする。嘘だろう…最早怪獣レベル…
「……物資も、運べるんですね…?」
「おぉ、聞いたのか。そうだ。だがあまり重い物はムムスケじゃなくリンリンだな」
重たさを気にしたわけではないのだけれど。
とりあえず曖昧に笑っておき、ずらりと並んだ従魔達を眺める。
圧巻ー…その一言に尽きた。