079 帰宅
想定外の事態は起きたが一通りイルカショーを観終わる。当然その短い時間では制服は乾かない。
多少濡れたまま水族館を出る通路を歩いて行く。
「これでもう終わりだな」
「そうだな、三日なんてあっという間だったな。響花もありがとな」
水族館を出るところで修学旅行を終える寂しさを実感して、あとは昼食を食べて新幹線に乗り込むだけになる。
ふとこれまであまり口を開かなかった響花にお礼を口にした。響花には色々と助けられた。
「ううん、あたしの方こそ、思った以上に楽しませてもらったわよ。こっちこそありがと」
響花の言葉を受けて凜がふと考えるようにして声を掛ける。
「響花ちゃん、修学旅行が終わっても友達でいてね」
「え?」
「だって、これきりなんて寂しいじゃない」
「そうよ、これからも友達でいましょうよ。また一緒にどこか遊びに行きましょうよ」
「あー、嬉しい申し出だけど、あたしってこんなだよ?人付き合いの仕方も忘れちゃったし」
「別にいいんじゃねぇか、そんなの気にしなくて」
少しばかり距離を感じさせる響花の発言に潤が背中を押すように声を掛ける。
「まぁそうね、潤君はずけずけと遠慮がなかったしね」
「おいおい、それは語弊があるぞ」
「そういえば潤と響花って最初から仲良いわよね」
花音が首を傾げながら質問をする。
「あぁ、なんか響花って遠慮なく話せるんだよな」
「仲良いかどうかはわからないけど、まぁ確実に言えるのは趣味の話が通じるってだけだけどね」
「その言い方ひどくね」
「えっ?そんなことないわよ」
「ふぅん」
潤と響花が軽妙なやり取りをするところで花音は少しばかりの嫉妬の色を滲ませた。
そうしたやり取りをしながら、水族館の外で記念撮影をする。日差しを浴びて多少制服は乾いたので助かった。
昼食は食事処横丁の人気中華店で食べて十分にお腹を満たした。そうこうしていると徐々に集合時間が迫るのでその後は新幹線に乗る駅に向かってバスと電車を乗り継いて移動する。
駅では続々と学生たちが集まって来ているのだが、この時一番大変なのは教師陣だろう。点呼表の確認をして、どこかに電話をしているなど右往左往しながら生徒の把握に務めている。
宿泊したホテルで両親や杏奈への土産は既に購入してあったのだが、時間も少しあったことで駅の土産売り場で適当に饅頭やクッキーも少しだけ購入する。
帰りの新幹線は花音とは別の席に座ることになるのは当然なのだが、一向に構わなかった。もうお互いの気持ちはこの修学旅行で伝え合っている。
先程の売店の土産の中で小さいものを食べながらのんびりと過ごしていた。
そんな中、新幹線の中で突然黄色い声が上がった。車両の後ろに座っている潤達の席からは前の方に位置しているところから。
「きゃー!」
「嘘!?ほんとに!?」
「凄い凄い!やったじゃん!」
声を上げていたのはクラスメイトの女子達。
「なんだなんだ?」
「さぁ、様子を見る限りなんか良いことでもあったんだろう」
潤はほとんど話したことないので気にしていなかったのだが、真吾が野次馬根性丸出しで女子達の近くの男子に聞きに行っていた。
帰って来る表情は納得の表情をしている。
「で?なんだって?」
「いや、うちのクラスの田中と隣のクラスの加藤がこの修学旅行で付き合ったんだと」
「あぁ、なるほど」
それは盛り上がるはずだ。ただ、やはりまだ真吾や凜に言わなくて正解だと思った。タイムリーで盛り上がる話題なので、学年全員生が一同に会している修学旅行ではこの手の噂はすぐに広まる。ましてや花音は超が付く美少女だ。そんな花音に彼氏が出来たと聞かれたら噂の広まり方など一瞬だろう。
「(まぁ明日にでも話したらいいか。丁度バイトもあるしな)」
「あー、けどさ、盛り上がってるのはそこじゃなかったぞ?」
「ん?」
真吾が何を指して言っているのか理解できない。
「いや、もちろん付き合ったことだけどさ、ほら、修学旅行で付き合ったら結婚するっていうジンクスあっただろ?あれだよ」
「あっ…………」
「ん?」
「いや、なんでもない。そっか、じゃあ田中と加藤は結婚するってことか」
「まあそんなことになれば面白いけどな」
横で全く信じてない真吾がいるのだが、潤も別に信じていない。むしろ今の今まで忘れていたのだから。しかし、条件が整ってしまったカップルがここにもいる。
ただ、花音がどう思っているのかわからない。聞こうか聞かまいか悩んでしまう。思わず手に持つスマホに力が入るが、確認することを躊躇する。
結局タイミングがある時に聞ければいいかという結論に至るのはまだ付き合ってたった一日だ。結婚だなんだと話すには気が早いにも程があるだろうと。
そうして新幹線は潤達の地元に向かって走って行く。
花音達もまたその話を聞いており――――。
「やっぱ修学旅行で付き合うカップルいるんだねー」
「そうね」
「大丈夫?花音ちゃん顔赤いけど?疲れて風邪引いたらダメだよ?まぁ明日から三日間は休みだけど」
何故赤くなっているのかを凜は全く気付いていなかった。
それからしばらくして地元の最寄りの新幹線が停まる駅に着く。潤と花音と真吾と凜も帰る方向が同じなのでそこから先も途中まで一緒に帰る。響花は沿線が違うのでそこで別れた。
「それじゃまた月曜日」
「うん、凜またね」
「俺は明日バイト入っているから明日会うけどな」
「えっ?せっかく明日休みなのに入ってるの!?お父さん厳しいね」
「いや、俺からお願いしたんだ。最近色々と出費がな」
「ふーん」
真吾と凜とも一緒なのは途中までなので、簡単に挨拶をする。
そしてそこから先の数駅は潤と花音の二人になる。電車の中の椅子はちらほらと席が空いているにも関わらず、二人ともドアの出入り口に立ったまま。座らない理由は気恥ずかしさから。
「…………」
「…………」
二人きりになった途端、沈黙が襲って来たのはお互いに何を話したらいいのかわからなくなってしまうから。潤は何か話そうかと思うが何から話そうか迷う。
「……明日」
「えっ?」
そうして少しの間を置いて、口を開いたのは花音の方だった。
「明日、バイト入ってたんだね」
「そ、そうなんだよなー……休みだったら、一緒に遊びに行けたのにな」
「うん、私もそれ言おうとしたんだけど、仕方ないね。バイト頑張って!」
「おぅ、もし良かったら食べに来てくれよな。って今思い出したんだけど、あのさ?」
「なに?」
話の流れでふと疑問が浮かんだ。
「いや、もしかしたらだけどさ、去年クリスマスの時店に買いに来たのって?」
潤がそこまで口にして、花音も潤が何を言おうとしているのかを察した様子で、微妙に慌て始める。
「あ、あれはその…………はい。凜から潤がアルバイトに入ったって聞いて見に行きました。ごめんなさい」
突然の来訪で驚き、まだ距離があるので少しの会話しかしなかった昨年の出来事を謝罪した。電車はもうすぐ駅に着こうとするところ。
「いや、改めて考えるとすっげぇ嬉しいよ」
花音のその行動原理を考えるだけで嬉しくなる。抱えていた自分に向けられていた好意を実感する。花音は恥ずかしさと申し訳なさから俯いてしまう。
「お兄さんに感謝しないとな」
「別にお兄ちゃんに感謝なんてしなくていいわよ」
「そうか?」
「そうよ、たまたま上手くまとまっただけで、あんな余計な事言って。下手をすればどう転んでいたのかわからないのに」
「それはまぁ確かにそうだけど」
花音が言わんとしていることはわかる。きっかけにはなったとはいえ、余計なことといえば余計なことだ。だがやはり、今の関係になれたことを思えば感謝せずにはいられない。
そうして駅に着くと手前のドアが開いて潤は花音の手を握る。
「ちょっとここ」
「ごめん、俺が繋ぎたかったんだ」
「もう仕方ないわね」
照れながらも受け入れてくれる。こんなに可愛らしい花音が彼女になったことが嬉しくて仕方なかったので手を繋いだまま改札に向かった。
浮かれてしまったことで、結果それが幸か不幸か今の事態を説明するきっかけになってしまう。
「潤にぃおかえりー!可愛い妹が迎えに来たよー!それとお土産ー!」
改札の外では杏奈が潤の帰りを待って迎えに来ており、潤の姿を見つけると隣には花音がいる。視線の先は当然繋がれた手に向けられた。
「えっ? 潤にぃそれどういうこと?」




