078 攻防の結論とイルカショー
水族館内で自由行動をすることとなり意図しない形で花音と二人きりになった。手を繋がれたまま進んだ先は大きな水槽が通路沿いに続いている。水槽は途中で区切られており、次の生き物に替わっていた。
通路の照明も足元を照らすだけの最低限しかない上に、そこそこに人がいるので手を繋いでいても周囲には気付かれにくい。それどころか今居る場所は遠い土地で周囲は知らない人達だらけ。手を繋いでいる高校生カップルがいても何ら不思議はない。そのため繋がれた手は自然とそのまま繋がれたままだった。
最初は手を繋いでいることにドキドキとしていたのだが、徐々に慣れてくる。だが、こうして手を繋いでいるだけで付き合った実感が再び湧いてくる。
そうして水槽を順次見て回っている。
アザラシが泳いでいる水槽があればへんてこな人間よりも大きな魚、深海魚がゆっくりと泳いでいる水槽もあった。イワシが円形にひたすら泳ぎ続けている水槽はずっと見ていられる気がするぐらいどこか引かれたりもする。
そうして立ち止まった先は、ペンギンが飼育員に餌を与えられている場面だった。
数多くのペンギンがちまちまと歩いているかと思えば、急に水に飛び込んで見た目からは想像がつかない素早く優雅な泳ぎを披露しているのを花音が嬉しそうに見ている。
そこで思い立った。
横を歩いている間ずっと繋がれた手を、おもむろに指を絡めるようにして繋ぐ。一瞬びくっとする花音の振動を感じるのだが、すぐに大人しく受け入れられる。
だが、横を見るとむすっとした表情をしている花音がいるので、ニヤッと返した。花音はその潤の意地悪い表情を見ただけで指を絡めてきた意図をある程度感じ取ったのだろう。
しかし、それだけでは終わらせない。
「可愛いな」
「またすぐそんなことを言う!」
「えっ?ペンギンだぞ?可愛くないか?」
「ば、バカッ!」
花音の仕草と表情から完全に勝ったなと確信する。
だが、次の瞬間にはそれが覆らされた。
肩に少しばかりの重みを感じる。見なくても感覚でわかる。花音の頭が肩に乗せられているのだ。
「もう、意地悪なこと言わないでよ」
「す、すまん」
さらに手を繋いでる腕を絡ませ二の腕をくっつけてくる。
悶え死にしそうだ。
しかしそれだけでは終わらない。
「あっ!見て、あのペンギン小さくて可愛い!身体がもこもこしてる!」
少し時間を空けた後、潤側にいる赤ちゃんペンギンを反対の腕で指差しながら、そして微妙に潤の前に入ってくるように身体の位置をずらした。
密着した状態からそうすることで腕の柔らかさとは違う感触、胸の感触が肘に訪れる。
なんだこれ?わざとやってんのか?無警戒のただの天然なのか?
堪能するどころではない。困惑する。どちらにせよ、ペンギンの可愛さなんてもうどうでも良かった。意識がそこにしか向けられない。
そうしてペンギンの餌やりを見終わるまで悶々とさせられた。
そこから先の通路は少し明るくなり始めたので、自然と手を離すのは念の為なのは理解している。多少名残惜しかったのだが、手を離す時に掛けられた花音の言葉「次は休みの時のデートだね」とはにかんで言われることで今名残惜しくても無理に引っ張る必要がないと安心させられる。
「(だめだな、全然勝てないわこれ)」
そこでもう勝つことを諦めた。
「どうしたの潤?」
「いや、なんでもないよ。次なんだろな?」
「えっとぉ……えっ!?すごい!エイやサメを触れるんだって!」
「ほぉ、それは凄い」
楽しそうにしているこの笑顔を堪能することに切り替えた。
それから散々笑顔でエイやサメを触って臭って嫌そうな顔をして、それでいてまた笑う。他にもドクターフィッシュの水槽に手を入れてショックを受けて、潤にも手を入れさせて集まる量を見て指差して笑っていた。
こんな調子が続くので心臓はずっと高鳴っているのだが、その頃にはもう自然といつもの掛け合いができるほどに慣れてくる。やはり一緒にいるだけでかなり居心地の良さを感じさせた。
そのあとも巨大な水槽、マンタやジンベエザメに小魚が多く泳いでいる水槽を見て回り感嘆する。
そうしているともう終着点に着いた。
「(いつかまたここに来ようかな)」と思うのは、地元の水族館よりも大きな水族館、それに旅行の気分も相まってただただ楽しかった。
「あっという間だったな」
「うん、楽しかった。また来れたらいいね。次は学校の旅行じゃなくて――って、ち、違うからね!」
「いや、違わないよ」
「えっ?」
「またいつか二人で来れたらいいな」
そうして花音にはにかんだ。照れがなく言えたのは花音も同じ気持ちだったことが嬉しかったから。いつになるかわからないが、昨日一緒に回れなかった分も含めて旅行で訪れたい。
「う、うん。けど気が早いわよ!」
「わかってるって、俺達付き合ったばかりだからな。けど、約束するぐらいはいいじゃん」
「う、うん」
花音が動揺している姿が面白かったが、小馬鹿にする気にはならなかった。真剣さが薄れるのはわかっている。
「さて、じゃあそろそろイルカショーに行こうか」
「そうね」
二人でイルカショーが行われる会場に足を運ぶと既に真吾と凜と響花は待っていた。
「こっちこっち!」
「ごめんね、お待たせ」
「ううん、大丈夫だよ」
花音はすぐに凜の下に向かう。すると真吾に肩を組まれる。
「おい、どうだった?ちゃんとエスコートしたか?」
「当たり前だろ」
軽く一言だけ返す。本当はもう昨夜に付き合っているのだということをきちんと真吾にも伝えようと思ってはいるのだが、それはまたゆっくりした時に伝えたい。それに響花がいることも気になった。カップルが二組に響花一人。別に気にしないのかもしれないが、気を使わせるかもしれない。
そうして響花を見ると何故見られているのかわからずに首を傾げている。
「とにかく入ろうか」
イルカショーの会場に入ると、もう人が多く座っており正面の見易い良い席はとても座れそうになかった。
「どうする?」
「前の方空いてるじゃないか」
「けどあそこ濡れそうだけど?」
真吾が指す場所、前方の席はオレンジの長椅子が設置されている。青の長椅子に対して明らかに強調している場所は会場のアナウンスが示すようにイルカの行動如何によっては濡れる可能性のある場所。
「けどせっかく観に来たのに後ろで観るの嫌じゃないか?」
「そうか?濡れること思えば後ろで良いけどな」
「大丈夫大丈夫、行こうぜ!」
「本当に大丈夫よね?」
疑心暗鬼に駆られながらも真吾を先頭にしてオレンジの席に座りに行く。
オレンジの席の周辺のカップルはポンチョを着ている人もいる程に警戒している。潤は本当に大丈夫かと思うのは、制服はシャツを着ているので濡れると透けてしまうことが気になった。自分が濡れる分は多少気にはなるが、気温もそこそこに高いので外にいればすぐに乾くだろう。となると、もちろん濡れることを気にする相手は花音になる。
そんな中、響花はそそくさとポンチョを着ている。凜が「準備良いねぇ」と声を掛けると「だって本が濡れると嫌だから」と簡潔に答えていた。
少しの不安に駆られながらイルカショーが幕を開けた。
イルカは調教師の指示に従いながら見事なまでのジャンプを披露する。まだ距離があるので水飛沫をあげても客席までには届かず、客席はそんなことを気にせず歓声を上げている。
潤も段々とイルカショーの凄さに魅了されていき、いつの間にか見入ってしまっていた。
その後はイルカ専用の浮き輪やボールの遊具を使った調教師との連携を披露して、次には調教師がイルカの背に乗り会場を回遊する。
会場は再び大きな歓声に包まれるのだが、イルカは客席側に猛然と迫って来た。
嫌な予感がする。
そして潤の予感が的中することになった。イルカは潤達の目の前で急停止して眼前には大きな水の塊が降り注いできた。
客席には悲鳴とも取れる声と一部では笑い声も上がっている。更に、おぉっ!といった感心するような声も上がっていたのだった。
進行をしている司会のお姉さんがマイクで実況をする。
『おおっと、これは素晴らしい!イルカが向かった先は学生達が集まっていた一画。たくさんの水飛沫を浴びたのですが、女の子達の被害は軽微で済んだようですね。それでは会場のみなさん、あの男前の学生に拍手をー!』
会場からは大きな拍手が巻き起こった。会場の注目を一心に浴びることになり恥ずかしさが込み上がるのだが、それも仕方ないと諦める。
「じゅ、潤大丈夫!?」
「ああ、いや、さすがにびしょびしょだな」
「もう何してるのよ!」
花音の目の前には潤がイルカに向かって背を向けて立っていた。水飛沫から花音を守るために立ち上がったのは会場の誰もが一目見てわかる程の行為。
「あのさ、潤?できれば私ももう少し守って欲しかったな」
「無理言うなよ。これが限界だっての。文句は横で爆笑している彼氏に言ってくれ」
凜のことも出来る限り身体を使って守ろうとしたのだが、二人分も覆えない。真吾は水飛沫を浴びて爆笑していた。
「ほら、早く拭いて!」
「おう、ありがと」
「ううん、こっちこそ守ってくれてありがと」
花音は隣に座る潤を鞄から取り出したハンドタオルで肩や顔を甲斐甲斐しく拭いている。真吾はにまにまと見ているのに対して、凜は「ん~?なんか二人とも良い雰囲気ね」と声を掛けられると内心ではドキッとする。
しかし花音は「当たり前でしょ、守ってくれたんだからこれぐらいするわよ」と冷静に対応しているのを見て「(さすが花音は対応が慣れている感じするな)」と感心した。
そんな花音だが、潤を拭きながら「凜には近い内に話すわよ?」と呟かれる。
潤も「ああ、もちろんだ」とだけ小さく返した。




