077 暗闇の攻防
迎えた修学旅行三日目は電車とバスを乗り継いで、目的地である水族館に着いた。
修学旅行前は花音と付き合う前なので予定を立てている間は「(水族館デートとかしてみたいな)」などと考えていたこともあった。形は違えども早くもその希望が少しだけ叶う。
そうして水族館に着いたら、平日といえどもそこそこに人がいて、小さい子を連れた家族連れやカップルの一般のお客さんの他にも学生が多くいるのは遠足なのか、小学生や幼児の姿も多くある。
「あたし水族館とか小学生以来かな」
「俺もだな」
「私も」
懐かしそうに言っている響花と潤と花音、真吾と凜はデートで地元近くの水族館に行っていたらしいが地域ごとに特色があるのを楽しもうというつもりである。
そうして中に入り数十メートルある広く細長いトンネル状の廊下を歩いているのだが、床以外は水と魚が見える。天井の上を魚が泳いでいるのを初めて見た。
「凄いなこれ」
「うん、海の中にいるみたい。きれい」
いつの間にか花音と二人並んで天井の魚を見上げていた。それに気付いたのが数瞬あとなのだが、妙に緊張してしまうのは付き合っていることを隠しているから。慌てて真吾達を探してしまったが、真吾と凜と響花は少し先を歩き始めているのでそんなに気にすることなかった。そのため、一層に気分が高まる。
心を落ち着かせて冷静になって考えると、そもそも別に友達同士並んで魚を見ているのも普通にあるよなと。それでも心臓の鼓動が早くなる。隣にいる花音の横顔をただ見ているだけでドキドキする。
「どうしたの?」
「ん?(よしっ、これならどうだ)いや、俺はお前の方がきれいだと思ったからさ」
花音を照れさせようとまず最初に口にした言葉。近くに真吾達の姿がないから言える。その割には小さくだが、それでも堂々と口にできた。
「!? な、何をバカなこと言ってるのよ! ほ、ほら行くわよ!」
「――ぷっ!」
不意討ちが成功して見事に照れて進行方向に向かって歩き始める花音が面白かった。満足してその背中を眺めていると、途中で振り返り潤に向かって舌を小さく出して、べっ!っとした。
「(んなっ!)」と突然の出来事に驚いてしまう。花音はすぐに前を向いて凜のところまで小走りで追い付いていく。
「(くそっ!何だよ今の!可愛すぎるだろ!)」
先手を取って勝ち誇っていたのだが、その憎たらしい程の可愛さを目の当たりにして再び負けた気分になる。
覚えてろよと、小さく舌打ちして次の区画に進んだ。
そうして進んだ先は、ガラスケースに入った見たことのない生き物達。珍しい生き物が多数いて、それぞれ自由に見て回っている。そこは照明により十分な明るさがあった。
およそスーパーの水産売り場には並んでいるのを一度も見たことがない生き物達。タツノオトシゴならわかるがそれ以外は知らなかった。そんな珍しい生き物達でいくらか興味を引かれるのだが、それ以上に目を惹かれるのは花音の姿。不思議そうにガラスケースを覗き込む時に髪をかき上げるところもまた綺麗だった。
「(ダメだ、俺が一方的にやられてるだけじゃないか)」
別に花音の方から何かしてきたわけではない。潤が勝手に花音の姿を目で追って、その可愛らしさに勝手にダメージを受けているだけである。彼女だと思うと可愛さも数割増しに見える。
明るいその部屋では何かできるわけでなく、真吾の呼びかける声で次の区画に向かおうとしたところ、暗くなり始めている通路のところで響花が疑問を投げかけた。
「ねぇ真吾君?」
「なに?」
「これって、全員で一緒に行動しないといけないの?」
「あー、そうだな。見たいもんのペースはそれぞれだから、じゃあ自由行動にしようか」
「ありがと、集合時間と場所は?」
「それは、イルカショーの入場口で待ち合わせにしようか。元々予定にあったし、時間的にもイルカショー終わったら引き上げるし」
「わかった、じゃあそれまであたしは自由に見て回ってるね」
「ん。迷子にだけはならないでくれよな」
「大丈夫大丈夫!」
まだ二つ見て回っただけ。ここから先も通路はまだまだ続いている。響花の提案に真吾が答えるのだが、誰も止めはしなかった。別に敷地外に出るわけではないので、じっくり見たい生き物もいるだろう、どうでも良い生き物もいる。最後の待ち合わせだけ決めた。
相変わらず響花は自由だよなと思い見ていると、真吾が不気味な表情で声を掛けて来た。
「じゃあ俺も凜ちゃんと見てきていいかな?」
「ああ別に良いぞ」
「俺のファインプレーに感謝しろよな」
「あほなこと言うな」
真吾がにまにまとしているのでそっけない態度を取るのだが、内心は親友の行いに最上級の感謝をする。これで制服水族館デートが完成したのだから。
凜も花音に「じゃあまた後でね!潤に襲われないようにしなよ!」と軽口を叩いていたのを「ふふっ、大丈夫よ。楽しんできて」と返していた。
その冷静さに感心する。内心では花音も同じ気持ちを持ってくれているだろうと期待していたのだから。
そうして花音が潤のところにゆっくりと後ろ手に歩いて来た。
「ぐ、偶然とはいえ、早速、で、デート、だな」
「そ、そうね」
二人とも今の状況をわかっているのだが、いざ直面して言葉にすると妙に恥ずかしくなる。
「ねぇ?」
花音に小さく問いかけられたので、耳を傾けると、耳元に口を近付けて囁かれた。
「襲うの?前みたいに?」
「あほかっ!襲うわけないだろ!」
前というのが、どれを指しているのかは襲うという単語で連想するのですぐにわかった。あの誕生日の時に潤の部屋で強引に迫ったフリをした時の事だと。驚いて動揺しつつ少し大きめに声を出したら周囲の人の目が潤達に集まるのを感じた。視線を集める理由がその声の大きさと内容についてだとすぐに理解して恥ずかしくなる。
薄暗いので顔まではっきりと視認はできないはずなのだが、二人ともその場に居づらくなってしまう。
「も、もうばか!そんな大きな声だしたら恥ずかしいじゃない!」
「だ、だって花音がとんでもないこと言い出すから!」
「冗談に決まってるでしょ!もういいから早く次に行くわよ!」
そうして手を握られ進行方向に引っ張られていく。突然不意討ち気味に手を握られたことで再び驚き戸惑う。
花音が自然と何事もないようにして潤と手を繋ぐのだから。
「(ヤバいな、花音、付き合った途端こんなに自然に手を繋いでくるなんて、俺には絶対無理だわ)」
明らかに花音にリードされている現状。少し情けなくなるのだが、それ以上に手を繋いでいることが嬉しい。
そして同時に、水族館での目的、花音を照れさせるという目的が既に劣勢に立たされている。
「(くそっ、ここまで一勝二敗か)」
花音を照れさせるつもりが、潤が照れさせられていた。それも勝手に照れているだけなのだが。
しかし潤は気付いていなかった。手を引いてリードしている花音の表情もまた赤らんでおり実際は引き分けだったことを。




