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6-15 焦土

 小高く積み上がるスクラップの山々。その陰から現れた灰原はスーツの襟を正し、ふう、と息をついた。

 あたりを見回せばコンクリートに覆われた地表すら焼け焦げ、その中央に迦具土神かぐつちがただ一人、たたずんでいる。その肌は黒く沈んだ色をしており、姿は巨大化を始める前の大きさに戻っていた。


「毎度ながらこの技だけはいつも肝を冷やすな……さて、巫ごと消し飛ばしてしまったか?」


 そう灰原が口にしたと同時に、焼け焦げたスクラップの残骸から、せき込みながら玲仁が這い出る。


「ほう、悪運が強いな――少年」


 玲仁はあたりを見回した。少なくともここはまだあの世の光景ではなさそうだ。それが幸せなことかどうかわからないが――。

 さらに玲仁は足下に目をやると、そこに天照の体が横たわっていた。


「天照!」

「玲仁……様」


 攻撃を受ける瞬間、彼女が体で覆いかばってくれたことを思い出す。その体を抱きかかえ、仰向けにすると、せき込みながら、天照が薄っすらと目を開いた。


「大丈夫?」

「ご無事でしたか……よかった」

「僕は大丈夫。かすり傷が少しあるくらい……そうだ、素戔嗚は?」


 玲仁は顔を上げ、素戔嗚の姿を探す。が、周囲には見当たらない。安否を確認しようとスマホを起動しかけて、電池が切れていたことを思い出す。ヤオヨロズがなければ何もできないのか。巫など名ばかりで無力な存在だと痛感させられる。


「自分の身よりも神の身を心配するとは――全くもって理解に苦しむな」


 玲仁が灰原をにらみつける。灰原が呆れるように笑う。


「さて、そろそろ動けるだろう、迦具土神かぐつち。この女を始末しろ。そうすればこのガキの敗北は決まりだ」

「何言ってるの? まだ終わりじゃないわよ」


 突然聞こえたその声。玲仁が振り向くと、そこにはなんと菖蒲が立っていた。


「致命傷はまぬがれたみたいね」


 さらにもう一人、天鈿女が黒焦げた素戔嗚を背負い、ゆっくりこちらへと歩いてくる。


「素戔嗚!」


 玲仁のそばに到着すると、天鈿女は素戔嗚を地面に寝かせた。全身黒ずんでいるが、息はあるようだ。


「遠めから以心伝身で操作してなんとか致命傷は避けたけど……かなりのダメージを受けたことに変わりはないわ、ごめんなさい」

「そんなことないよ。あらためてこんな危険に巻き込んじゃって……ごめん。ここまで探しに来てくれるなんて、迷惑かけすぎだよね」

「あのさ、謝るくらいなら感謝してくれる?」

「……そうだね。ありがとう」

「別に……天照とあんたへの借りを返すためよ」


 すると菖蒲もまんざらでもない様子で、話題を変える。


「それにしても想定以上に広範囲で強力な攻撃だったわね。これが迦具土神かぐつちの力なの?」

「でも、素戔嗚が倒れている以上、私たちでやるしかないわね……」


 一方、灰原は慌ててヤオヨロズをのぞきこんでいた。バトル画面を確認すると確かに金山姫神かなやまひめのかみのHPがゼロになっている。


「貴様ら……まさか、金山姫神かなやまひめのかみを倒したというのか」

「当たり前よ。あんなおばさんに負けるわけないじゃない」

「ふん……まあいい。そんなことで形勢は変わりはしない。私には迦具土神かぐつちがいるからな」


 技を放った直後の迦具土神かぐつちの体に、再び橙色の筋が覆い始め、徐々に力を取り戻してきているようだ。


「再び空気を取り込もうとしてる? それはまずいな」


 玲仁は辺りを見回した。素戔嗚は倒れ、菖蒲と天鈿女も助けてくれたものの、疲弊がうかがえる。彼女たちも壮絶な戦いを経て今ここに立っているのだろう。あの技を食い止められるとは到底思えない。天照も手負いの状況で、とてもじゃないが逃げ切れる状態ではない。どのみち絶体絶命なことに変わりはないのだ。


「ふははは! それだよ! 人が絶望に満ちた顔。希望からの絶望。落差があればあるほど私の心は満たされる!」


 再び、迦具土神かぐつちの体が膨らみ始める。灰原は高らかと笑いながら叫ぶ。


「何あいつ……何が起きてるの?」

「またあの技がくる」

「マジ? どうする、みんなであのスクラップの裏に隠れ――」

「そんなことを繰り返していても意味がない」

「じゃあどうしろっていうのよ」

「奴を……倒すしかない」


 菖蒲が玲仁の顔をまじまじとのぞきこむ。玲仁は鋭い目つきで、迦具土神を見つめている。いつも頼りなさそうな玲仁とは思えない、決意にみなぎった表情をしている。


「……こういうときなんだ」

「えっ?」

「本当にもうダメで、攻略法なんて絶対ない。そう思うときにいつも……決まって一筋のが光がみえる。戦いっていうのは、そういうものなんだ」

「ただ向かっていったって、ただの無駄死にしかならないわ」

「無駄死になんかしない」


 玲仁がつぶやく。そして、振り向いて菖蒲、天鈿女、天照それぞれに視線を配ると、言い放った。


「みんな、僕に力を貸して欲しい」


 玲仁の目は、かっと見開いている。それは決して無謀なだけではない。確かな意志を宿した目だった。


「菖蒲、どうするの?」

「……もう、やるしかないじゃない」

「玲仁様。私はいつでも準備はできています」


 天照がゆっくりと膝をつく。息も荒く、もうほとんどHPは残っていないはずだ。普通なら勝ち目がないと思うだろう。だが、天照は玲仁のこの目をいつも信じている。

 彼自身がいかに平凡と言おうとも、天照にはわかる。玲仁の中に宿る、確かな巫としての才覚。それが彼女に確信をいつも与えてくれるのだ。


「必要なタイミングで指示を出すから、みんなよろしく!」


 そのやりとりの間にも、迦具土神かぐつちはみるみる大きくなり、周囲の山盛りに積まれたスクラップと同じくらいの大きさまで膨れ上がっていた。


 玲仁は、覚悟を決め、叫ぶ。


「じゃあ、行くよ?」


 全員がうなずく。すると玲仁は一歩踏み出した、叫んだ。


「出でよ……付喪神つくもがみ!」

「ツクモーーン!」


 返事があたり一面に響きわたる。灰原は一瞬何が起きるのかと警戒していると、やがて、可愛らしく小さい姿のあの付喪神が、灰原の足下からひょっこりと現れた。

 灰原と目が合い、慌てて逃げるように玲仁の下へ駆け寄っていく。

 正直言うと、菖蒲と天鈿女もその展開に少々驚いていた。だが玲仁を信じると決めた以上、ここは黙って見守ろう、と決意を固める。


「こんなチビが、迦具土神かぐつちを倒す切り札だと?」

「そうだ」

 

 玲仁の背後のスクラップの山から、付喪神が二匹、三匹と立て続けに飛び出した。それだけではない。周囲にあるありとあらゆるスクラップの山々から付喪神が現れる。さらにはコンクリートの隙間からも、湧き出るように次々と現れる。


 戸惑い見回す灰原に、玲仁が説明する。


「付喪神は()()と認知された物体から召喚される。そして何体現れようとも、デッキ上の扱いは『一体』だ」

「ツクモン!」

「ツクモン!」

「ツクモオオオンッ!」

「何――」


 いつの間にか大量の付喪神が玲仁の前に集まり、ひしめき合っている。

 苛立った迦具土神かぐつちが大きな足をあげ踏みつける。その足を再び上げようとするが、うまくいかない。


「ヅクモンッ……」


 大勢の付喪神が足に踏み潰されながらも、持ち応えていた。さらには一斉にカグツチの足に貼りついていた。


「グオッ」


 無理矢理付喪神をはがそうとして、カグツチがバランスを崩し、地面に倒れる。その周りをさらに大量の付喪神が取り囲んだ。アリが大きな獲物に群がるような迫力で、さらに付喪神がカグツチの全身に群がり、這い上っていく。


「これだけの量が呼び出せるなんて……」

「この場所だからこそできるんだ。大量の()()が埋もれている、この場所だからこそ」


 天鈿女も感心してただその光景を眺めている。


「ツクモーーァチャチャチャーーー!」


 突然、大量の付喪神が雲の子を散らすように逃げ惑い始めた。迦具土神かぐつちが全身から蒸気を発していた。体の表面の熱を高め、水蒸気を生み出して付喪神を追い払う手に出たようだ。


「コノ……虫ケラドモメ!」


 怒りに満ちた迦具土神かぐつちが、玲仁に進路を向き直す。指揮官を潰すのが手っ取り早い、と頭を切り替えたようだ。

 退いた付喪神が玲仁の前へと素早く集合し、体勢を立て直す。玲仁は既に次の策の準備に移っていた。


「……ってことなんだけど、できるかな?」


 玲仁が、菖蒲、天鈿女、天照に次の作戦を伝える。


「もう……玲仁、あんためちゃくちゃよ」

「いい案じゃない」

「やりましょう、玲仁様!」


 天照が最後にうなずいた。


「よし、じゃあ付喪神……いくぞ!」

「ツクモン!」


 すると、大量の付喪神たちが一斉に体を寄せ合いながら、どんどん上へと積みあがり始めた。


「何を――する気だ」


 不穏な面持ちでみつめる灰原に対し、玲仁がつぶやく。


「目には目を、巨大化には、巨大化を、ってね」


みるみるとその付喪神の集合体はひとつの塊になっていき、やがて――新たに大きな一体の付喪神を形づくった。


「な、なんだこれは……」


 灰原は見上げながら、ぼかんと口を開けていた。玲仁が見上げながら、つぶやく。


「そうだね。名付けて――『キングツクモン』、かな?」

「ツクモオオオオオオオンッ!」


 その声はまるで体全体から音を発するスピーカーのように、全方位に響き渡る。


「正直……全然オシャレじゃないけど、この際あいつを倒せるなんでもいいわ」


 菖蒲が見上げながらつぶやく。


「ふん、くだらん! ガキの浅知恵などあっという間に木っ端みじんにしてくれよう」

「グオオオオ……」


 迦具土神かぐつちがキングツクモンへとむかっていく。キングツクモンもゆっくりと一歩を踏み出す。だが、そのたびに上体がぐらついている。


「くく、まともに歩くことすらできないのにどう戦うというのだ……見かけ倒しだったな」

「……どうかな?」


 玲仁は動じず、その行方を見守っている。


「ツクモオオオン!」

「クオオオ!」


 迦具土神かぐつちが腕を振りかざし、キングツクモンの顔面(あくまで形作った造形)目がけ熱を帯びた【迦具爪】を突き出す。

 するとそれまで鈍い動きだったはずのキングツクモンの動きが一変し、素早い動きで体をかがめ、爪をかわした。


「何だと?」


 予想外の動きに動揺した迦具土神かぐつちがみせた隙を見逃さず、キングツクモンがその体を捻り、回し蹴りを繰り出す。


「ツクモンッ!」


 見事にカグツチの胴の中心をとらえ、迦具土神かぐつちが後方へと倒れた。

 まるで軽やかな人間さながらの動きに、灰原は唖然としている。


「なぜだ……あんな組体操で組み上がったようなハリボテでは歩くのがせいぜいやっとのはず……」

「確かに。動きが本当にバラバラなら――ね」


 天鈿女がそう言い放った。灰原がその様子をみて、声をあげる。


「まさか……その女が操っているのか?」


 天鈿女がポーズをとる。すると、付喪神が全く同じポーズをとり、身構えた。


「天鈿女の以心伝身で、バラバラの巨体を一人の人間として動かす――いちかばちかだったけど、うまくいってよかった」


 迦具土神かぐつちが再度キングツクモンに襲いかかった。だが再三の攻撃にも、キングツクモンは華麗にその攻撃を紙一重でかわし、攻撃を叩きこんだ。

 劣勢の迦具土神かぐつちに、灰原が苛立ちをみせる。


「おい! そんな寄せ集めの人形に負ける気か? お前の体はそんな物理攻撃でやられるような体ではないはずだ」

「ダメージ以上に、燃料切れですね。いくら空気中の酸素を利用するといっても、それを制御する力もあくまで神力。その巨体でまともに動き続ければ、消耗しても何ら不思議ではありません」


 天照が淡々と言い放つ。神力の扱いについてはさすが誰よりも詳しい。一方の灰原は唇を噛みしめ、怒りをあらわにしていた。


迦具土神かぐつち。もうまわりくどい戦法はやめだ! 再び『大熱波』で一気に消し飛ばせ!」

「グオオオ……!」


 カグツチが、再び力を込め始めた。既に全身の大きさは先ほど繰り出したときと同じ程度になっている。


「もう、いい加減にして!」


 菖蒲が叫びをあげる。天照が玲仁に尋ねる。


「このままだと倒し切る前に、もう一撃来るでしょう」

「ここまでうまくいったのに。やっぱり、そんなに甘くないか……」

「お姉ちゃんももう距離をとって隠れないと危ないわ」

「それには、この技を解かなきゃいけない。それをしたら、もう次の攻撃チャンスはないわよ」

「でも、このままじゃどのみち避けきれない」

 

 菖蒲と天鈿女が声を荒げている。今度は玲仁が語りかける。


「天鈿女さん、以心伝身を解いてください」

「なぜ――そんなことをすればもう対抗手段がなくなるわよ」

「はい。ただ、彼らが――付喪神たちが、そう言ってるんです」


 そう言いながら玲仁が見上げる先には、キングツクモンの背中がそびえたっていた


「どうして……何をする気?」

「ツクモン……!」


 いつになく、決意に満ちたツクモンの声。数千体もあろうかというその巨体から、静かにひとつの声へとまとまり、意志が伝わってくる。


「わかった。じゃあ……解くわ」


 天鈿女が力を解くと、すかさずキングツクモンはバランスを崩しながらも、まだ互いにしがみついたまま、勢いよく迦具土神かぐつちに向かっていく。


「一体何を――」


 キングツクモンは迦具土神かぐつちの体にしがみついた。


「グオォ」

「ヅグモンッ……」


 迦具土神かぐつちがもがいても、キングツクモンはぴったりと貼りつき離れない。だがやがて接している面から黒い煙がくすぶり始めた。


「付喪神……そんなことをしたら焼け死んじゃうよ!」

「まさか、私たちのために捨て身の覚悟で食い止めようと」

「ツクゥ……モンッ」


 迦具土神かぐつちが振りほどこうとするも、付喪神はますます密着する。だがその一方で、熱で黒焦げたツクモンが一匹、また一匹とはがれ落ちていく。


「カグツチ、さっさとそいつらを消し飛ばせ!」


 業を煮やした灰原が叫ぶ。迦具土神が体をよじると、ついに必死で喰らいついていた付喪神の体、一瞬、引き離された。そのわずかな瞬間に全身の穴に空気が入り込み、迦具土神かぐつちの全身が赤く染まっていく。


「ヅクモンッ……!」

「みんな、逃げて――」


 玲仁の叫びが仲間たちに届くその前に、辺りは再び光と灼熱に包まれた。

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